《二話》イケメン執事登場01

0 目次   <<前話*     #次話>>


『マドレーヌ』

 マドレーヌは、フランス発祥のお菓子で、無塩バター、小麦粉、卵、砂糖、ベーキングパウダー、香料を入れて混ぜ合わせてオーブンで焼いたものを指す。
 マドレーヌの発祥については諸説があるが、マドレーヌという名の女性が作ったという説が有力のようである。




「はぁ……」

 あたしはため息をつきながら、家庭科室横の先生控室を出た。なんだかよく分からないけど、ものすごく疲れた……。とぼとぼと靴箱に向かい、履き替えて校門に向かう。
 校門にたどり着いたところで、目の前にスーッと音もなく一台の車が現れ、目の前に止まった。
 ……長い車体っ!ということは、これは……う、噂のリムジン、というやつですかっ!? 呆然とその黒光りするボディを見つめた。
 ああ、人生で一度だけでいいからこの車に乗ってみたいと思っていたのよねぇ。こんな車に乗ることができる人、だれなんだろう。
 あこがれの視線でリムジンを見つめながら歩くために足を上げようとした瞬間、リムジンの扉が開いた。開くとは思っていなかったので驚いて片足をあげたままの恰好で固まった。
 扉が大きく開き、中からひとりの人物がゆっくりと降りてきた。紅黒色のつやのあるさらさらと流れるような髪、鉄黒色の吸いこまれそうな美しく太陽をきらきらと反射している瞳。普通なら浮くような光沢のある黒いシルクのロングタキシードを完璧に着こなしていて、リムジンをバックにして一枚の絵のようだった。
 うっわー。世の中にはこういう人がいるんだ……。
 先ほどまで一緒にいた立花先生のダサくてイケてない恰好を思い出し、あまりにも対照的すぎてぽかん、とまた間抜けに口を開けてしまった。そしてその人物は扉の横にピンと背筋を伸ばしてこともあろうことかあたしを見て、とろけるような極上の笑みを浮かべ、にっこりとほほ笑んできた。
 あたしは一気に頭に血が上ったのを自覚した。そして、顔がとんでもないほど真っ赤になっているのも分かった。
 わっわっわっ! そ、そんな素晴らしい笑みで見ないでっ! 恥ずかしいじゃない。
 恥ずかしさのあまり、思いっきり顔をそむけ、歩き出そうとして片足を上げたままになっていることに気がつき、前に踏み出そうとしたその時。

「千代子さま、お迎えにあがりました」

 紅くつややかな唇からテノールの声が発され、右手をおなかの前九十度で折り曲げ、深々とお辞儀をされてしまった。
 すごーい、お迎えだって。
 だれを?
 きょろきょろとあたりを見回したけど、下校の波はすでにおさまっていたようで、周りにはだれひとり、いなかった。
 ……ん? 今、「千代子さま」と言われなかった?
 千代子……。
 ああ、あたしか!
 普段、「チョコ」と言われているから下の名前できちんと呼ばれ慣れてないから一瞬、だれかと思っちゃったー。あはははは。
 って。

「ええええええっ!?」

 ちょっと待って! お迎えって、だれをっ!?

「千代子さま?」

 周りから見ても笑えるほどあわててわたわたとかばんを持っていない左手を振りまわした。

「あああああ、あたしですかっ!?」

 こんなリムジンにイケメンなんて知らないよ!? どちらさまですかっ? というよりも、人間違いではないのかしら?
 そうか! 間違ってるんだ、この人。

「あ、あの。あたし、確かに千代子ですけど、間違いではないですか?」
「都千代子さま、ですよね」

 深々と下げていた頭をあげ、またあのとろけそうな笑みを向けられた。紅い唇から発せられた名前はまぎれもなくあたしの名前、ですけどっ!

「たしかにあたしの名前は都千代子ですけど……。ど、同姓同名のどなたかと間違えてないですか!?」

 都、なんて名字が珍しいのは知っているけど、それでもそうとしか思えなかった。ましてやあたしの年代で「子」がつく名前の子なんて「生きた化石」レベルの珍しい名前なのも知っている。

「お父さまは雅史まさしさまでいらっしゃいますよね?」

 間違いなかったので無言でうなずく。

「それでは、間違いではありません。千代子さま、ご自宅までお送りいたします」

 そうして再度、美しい動作で深々とお辞儀をされてしまった。……えーっと、誘拐、っていう線はなし?
 あたしの父・都雅史は『橘製菓』という大手のお菓子メーカーに勤務していて、若くして部長の座についたほどの切れる人、らしい。ライバルがその父を蹴落とすためにあたしを誘拐……って、どこの社長令嬢よ、あたし。たかが部長クラス相手にそんなこと、しないよねー。
 そんなくだらないことを一瞬で考え、こんな金と手の込んだことをたかだか部長クラスの娘にするわけないか、と思い至り、リムジンに乗ってみたい、という誘惑に勝てず……扉を開けてどうぞ、と中に乗るように促され、素直に乗り込んだ。




0 目次   <<前話*     #次話>>





しおりをはさむ


Twitterでつぶやく。

webclap 拍手返信
inserted by FC2 system