《三話》立花センセ、ファンクラブ!?01

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『チョコレート』
 チョコレートはカカオの種子を発酵・焙煎したカカオマスを主原料とし、これに砂糖、ココアバター、粉乳等を混ぜて練り固めた食品である。
 いつものごとく『Wikipedia』より引用。
 カカオには鉄分が含まれているから貧血予防にも役立つようだよっ!……だからって、食べすぎには注意☆
 それで「食べすぎると鼻血が出るよ」と言われていたのかしら……?
 昔はチョコは貴重品だったから子どもにあまり食べさせたくなくて大人がそう言っていさめていた、という説もあるみたい。
 あとは食物繊維も多く含んでいるから、ダイエットにもいいとか。
 ダイエットにはストレスは厳禁だから、イラッとしたらリラックスするためにチョコレートを一口、でもいいかもね。
 以上はソースを示すことの出来ない雑学でしたっ!
 話し半分に聞いておいてね。
 みんな大好きチョコレート、ってことよね!




「千代子さま、お食事の時間でございます」

 少し遠慮がちな声と手に、目が覚めた。目を開けると、薄暗くて寝ている間に夜になってしまったことを知った。
 それよりも……。このテノールの声、だれだっけ? 寝ぼけた脳みそで布団の中でまだまどろみながら考える。

「チョコちゃん、起きないの? 襲っちゃうよ」

 その言葉と同時に、あたしの上になにかがのしかかってきた。

「!?」

 薄暗闇の中、人のシルエットが目の前に浮かびあがり、ものすごくあせった。

「な、なにするのよっ!」

 目の前になぜかナッツさんの整った顔があり、心臓が口から飛びでそうになった。

「なかなか起きないから、襲っちゃおうかなぁ、と」

 そうしてナッツさんはあたしの身体の左右に手を置き、その腕で身体を支えた状態で見下ろしていた。

「寝顔もかわいいけど、寝起きのちょっとボーっとした顔もかわいい」

 にっこりと微笑まれ、頬が赤くなるのが分かった。

「照れてる。やっぱりからかうと楽しいなぁ」

 先ほどのセリフはからかいのために言われたものだと気がつき、ムッとして布団の中からナッツさんの身体をぐい、と押し上げる。

「ナッツさん! 起きますから布団から降りてくださいっ!」

 ナッツさんは素直に布団から降りてくれた。こういうところは意外に素直なのよね、この人。そんなことを考えながら身体を起こし、ベッドから降りる。

「夕ご飯、出来てますよ。冷めないうちに食べましょう」

 チョコレートがとろけそうな笑みを向けられた。だいぶ耐性がついてきたようで、これくらいなら頬が赤くなる、ということはなくなってきた。なんだかこの人、二重どころか三重人格っぽいのよねぇ。短い付き合いだけどなんとなくそれは分かってきた。
 足を踏み出したのを見て、ナッツさんは前を歩いて部屋のドアを開けてくれる。廊下に出ると、電気がついていて少し眩しくて目を細める。
 キッチンに向かうと、橘さんが立ってなにかを味見しているようだった。

「よし、完璧だ。あ、おはよう。よく寝ていたみたいだね」

 大きな瞳を少し細め、橘さんは笑顔を向けてくれた。

「すみません。甘えて眠っちゃって」

 お手伝いをしようと橘さんのいるところに向かおうとしたら、ナッツさんに腕を掴まれた。

「千代子さまはこちらへ」

 椅子を引かれて、座るように促される。座らないとなにかしてきそうな目をしていたので、お客さんに昼食のみならず夕食まで作らせてしまったことに罪悪感を覚えつつも椅子に座る。
 目の前のテーブルにはすでにほとんどの料理が出揃っているようだった。
 サラダに焼き魚、小鉢が何品か。

「あのっ、お客さんにご飯を作らせるのは」

 そこまで言ったあたしの言葉に橘さんは目を丸くして、

「チョコは本当に雅史さんからなにも聞いてないんだ」

 面白そうな表情であたしを見ている。
 そういえば、お昼寝前にもそんなことを言っていたような気がするけど……。

「さっぱりなんのことか見えてこないのですけど?」

 橘さんは笑みを浮かべたままご飯と汁物を装ってお盆に乗せてテーブルまで持ってきた。

「まあ、そのうち分かるよ」

 楽しそうな響きを乗せて、橘さんは目の前にご飯とおみそ汁の入った器を置いてくれた。

「じゃあ、食べようか」

 橘さんの笑みを合図に、あたしたちはご飯を口にした。

。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。:+* ゜ ゜゜ *+

 ご飯もしっかり食べて、お風呂に入っても橘さんとナッツさんのふたりは帰っていく気配がまったくなかった。それどころか、あろうことかふたりともお風呂に入ってくつろいでいるではないか。

「おふたりは……家に帰らなくていいんですか?」

 どこから出してきたのか、ふたりともパジャマに着替えてリビングのソファでくつろいでいる。

「本当に知らないんだ」

 橘さんは少し気の毒そうな表情であたしを見ている。ナッツさんはくすくすと笑っている。ふたりのその様子が面白くなくて、思いっきりしかめっ面をした。

「あたし、隠し事、嫌いなんです。はっきり教えてください」

 橘さんは目をまん丸くしてあたしを見て、ふっと肩の力を抜いて微笑んだ。

「からかって悪かった。気分を害したようだったら申し訳ない」

 そうしてあたしに向かって頭を下げた。そこまでしてほしくて発した言葉ではなかったので、ものすごくあせる。

「や、いや。た、橘さんっ! そこまで気にしていませんから!」

 あわてて橘さんに向かって頭を上げるように言った。ちらり、と橘さんはあたしを見て、

「チョコ、結婚したらきみも『橘』という姓になるのに未来のだんなさまを名字で呼ぶのはどうかと思うんだが」

 け、結婚っ? 未来のだんなさまっ!?
 さらりととんでもないことを言われ、顔は熟したトマトより真っ赤になってしまった。婚約者、という言葉は確かにそういう意味のものなんだけど……。
 日常的に男の子と言葉を交わすことがない、と言い切っていいくらいの状況のあたしには刺激が強すぎた。

「で、では、下の名前でお呼びすればよろしいのでしょうか……?」
「ケイでもケーキでも圭季さまでも好きなようにどうぞ」

 赤墨色の瞳を細めてにっこりと微笑まれ、あたしの顔は完熟トマトを通り越してなんだか変な色になっているのではないか、というくらい顔に熱を持っていた。
 とりあえず圭季さま、はあり得ないわよね。そうしたら……チョコにケーキ。なんだかお腹が空きそうだわ。
 よし、圭季さん、と呼ぶことにしよう。心の中でそう決めた時、圭季さんはさらに頬を緩めて、

「チョコがどう思っているのかはともかく、おれはチョコだからこそこの婚約話に乗ったんだ」

 意味が分からなくて首をかしげた。
 あたしだから? 聞き返そうとした時、圭季さんは赤墨色の瞳を細めてあたしを見ながら、

「改めて自己紹介をしようか?」

 と聞かれた。圭季さんのことは名前しか知らなかったので、素直にこくり、とうなずいた。

「名前は橘圭季。雅史さんが勤めている『橘製菓』の世間的に言えば御曹司になる」

 そこまで言って、圭季さんは大きくため息をつく。
 今の圭季さんの言葉に少し疑問を抱く。世間的には? 実際は違うの?

「……まあ、違わないか」

 自分の言葉に苦笑しているようだった。

「あの、ところで……」

 聞いていいのかどうか悩んだけど、ここで聞いておかないとと思い、意を決して口を開く。

「なんであたしだったんですか……?」

 あたしは早生まれということもあり、十七になったばかり。結婚可能年齢ではあるけど、それは法律上では可能なだけで、結婚したいなんて思ってもいない。ましてや、どちらかというと男の子が苦手、なのである。
 圭季さんやナッツさんを見てかっこいいと思うし確かに胸がドキドキとはするけど、それは慣れていないだけでそこに『恋愛感情』なるものがあるか、と聞かれると、たぶんない。
 一方の圭季さんは、明らかにあたしより年上。しかも橘製菓の跡取りっぽい。そんな人があたしの婚約者、だなんてナッツさんが執事、というのと同じくらい……ううん、それ以上、なんの冗談かと聞きたくなる。
 圭季さんは『あたしだから』と言っていた。圭季さんともなれば、あたしなんかではなくてもっとずっとすごい人を選び放題のはずなのに。

「そうだね……。おれはチョコの作るお菓子に惚れたんだよ」

 圭季さんの言葉に、どきり、と心臓が高鳴った。
 だけど。あたし自身ではなくて、あたしが作ったお菓子に惚れた、のか。というがっかり感もあった。『あたしだから』というから……圭季さんの中にあたしに対する感情がなにかあったのか、と期待してしまっていたから。あたしの中でドキドキとした気持ちとずきずきとした痛みが同居していた。
 そう、よね。こんな恋愛の「れ」の字も知らないような小娘に圭季さんが惚れるだとか、ありえないわよね。あたしはなにを期待していたんだろう。

「あはは。……え? お菓子?」

 圭季さんはいつ、あたしが作ったお菓子を口にしたんだろう?
 父が会社にお菓子を持っていく、ということは有り得ないから……。

「あたしのお菓子、いつ食べたんですか?」

 あたしの疑問に圭季さんの表情が明らかに変わった。

「え、あ。うん」

 圭季さんは困ったように頭をポリポリとかき、目線を宙に漂わせている。……言えないようなこと、なの?

「あーえと。いや、実はまだ食べたことないんだけど、雅史さんの話を聞いているとお菓子作りの姿勢というか……」

 しどろもどろ、という感じだったけど、その説明がしっくりきたのであたしはそれ以上、追求することはやめておいた。
 それよりもお父さま。会社で娘の話をしないでくださいっ!
 先ほどあんなに『自分ではなくてあたしの作ったお菓子に惚れたのか』とがっかりしていたのに、圭季さんの言葉にすっかり舞い上がってしまったあたし。
 お菓子が大好きな父に育てられたあたしは、お菓子作りに関してはかなりのこだわりをもって作っている。無塩バターで作らないといけないところを普通のバターで作ったり、ということはたまーにするけど、最近、塩スイーツが流行りだからいいのよ! と思って作ったら、思ったよりも美味しくできた。『けがの功名』だったのよっ!




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