《九話》嵐の前の静けさ……?01

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 ゴールデンウィークが終わり、圭季さんと那津が戻ってきた。
 賑やかな日常。
 だけど薫子さんの件があってから、あたしの気分はなんとなくどんよりと重苦しくて胸が詰まるような晴れない気持ち。英語の授業は変わらず薫子さんだったけど、向こうはなにも言ってこない。
 家庭科の授業は相変わらず立花センセにこき使われまくりだけど、それでも動いている間は気が楽だった。
 お菓子を作る回数もなんとなく減って、梅雨前のいまいちすっきりしない空模様と同じような心にため息をつく回数が多くなったような気がする。
 圭季さんはたまに心配したように声をかけてくれるけど、自分の中でもどうすればいいのか分からなくて、なにに対してこんなに気分が重いのか分からなくて──戸惑っていた。
 那津は相変わらず『お菓子ちょうだいっ』とかわいくおねだりしてくるけど、作る気力もない。

「ケーキ、チョコちゃんが最近、変だよ」

 土曜日。
 リビングのソファに座ってぼんやりとニュースを見ていたらキッチンで那津と圭季さんが会話をしている声が聞こえてきた。

「おまえ今、ケーキと言っただろう?」
「言った! ケーキとチョコだなんて、美味しそうな組み合わせだしっ!」

 うわー、やめろっ! とかじゃれてる声が聞こえた。
 以前だったらなにしてるのよっ! と突っ込みを入れるところだけど、今はそんな気分ではない。なかなか入らない突っ込みにふたりはじゃれるのをやめ、声をひそめてなにか言っている。
 ため息をつき、テレビを消して部屋に戻る。
 クローゼットを開けて、そこについている鏡を見る。暗い顔をした自分が映っている。
 伸びてきた錆色の髪。薫子さんに髪の毛をつかまれて以来、怖くて美容院に行けていない。そろそろ切りに行かないと、と思っていたのに。

 昔──もう十年以上前の話。母が亡くなってそれほど経たない時だったような気がする。
 父は仕事をしながら保育園に送り迎えしてくれていた。
 その保育園は結構遅くまで見てくれていたんだけど、ある日、いつもあたしと同じくらい遅くまでいる男の子と些細なことでけんかになった。子どものけんかだから本当に些細なことだったと思うんだけど、その子は狂ったようにあたしの髪の毛をつかんで引っ張りまわし、かなりの量の髪をむしられた。ちょうど先生がお手洗いに行っているほんの二・三分の出来事。
 お手洗いから戻ってきた先生はものすごい悲鳴を上げた。それもそうだろう。広い部屋に子どもがふたり。だけどその床一面には──あたしの錆色の髪がこれでもか! というくらいばらまかれていたのだから。
 あまりの痛さに声も上げることができず、その子にされるがままになっていたあたし。半狂乱になってあたしの髪を引っ張る子。
 残っていた先生を呼び出し、あたしの髪の毛が解放されたのはたぶんすぐの話だったのだろうけど、子どもの時間間隔なんて大人とは違う。永遠に引っ張られ続けていたような気がした。
 その頃からふわふわだったあたしの髪は相当抜かれたらしく、ほとんどはげ状態になっていた。
 それから……この保育園を辞め、祖母のところに預けられたような気がする。というのも、あまりのショックにその頃の記憶がほとんどないのだ。
 小学校に入る頃、ようやくどうにか普通に生活をすることができるようになり、祖母の元から通った。だけどそこでも髪の毛のことは言われて……。
 小学校高学年になる手前で祖母が亡くなり、再び父と暮らすことになった。
 そして、今のあのマンションに引っ越してきた。
 祖母に育てられたせいか、どうも同じ年の子たちよりおばちゃんくさいのよねぇ。
 薫子さんに髪の毛をつかまれるまですっかり忘れていた。
 そうか、それで男の子のことが苦手なのか。
 原因を思い出せたことですっきりはしたけど、やっぱり心は梅雨前の曇り空のように晴れない。
 クローゼットを閉め、ため息をひとつ、ついた。

。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。:+* ゜ ゜゜ *+

 中間試験を目の前にしてぴりぴりした空気が漂う中、事件が勃発してしまった。
 大学は聖マドレーヌ大学に行くつもりでいたので、推薦をもらうつもりでいた。だけどその推薦をもらうには二学期の期末試験までの結果が大切で、珍しく真面目に勉強していた。
「都さん、ちょっといい?」
 立花センセファンクラブ自称会長の沢木さんにそう声をかけられた。英単語を覚えようと単語帳に目を落としていたあたしは目線をあげ、沢木さんを見た。相変わらずのツインテール。

「なんでしょうか?」

 不機嫌を思わず顔に出し、見上げる。

「あなた、いい加減、立花先生の前から消えてくれない?」

 はい? この人はなにをおっしゃっているのデスカ?

「目ざわりなのよね、そのチョコレート頭」

 沢木さんはあたしの髪の毛を指さし、冷たい視線を向けてくる。

「苦情は直接、立花センセにおっしゃってくれますか? あたしも迷惑してるんですから」

 慣れたとはいえ、神出鬼没に現れる立花センセ。なにかにつけ連れまわされ、一緒に廊下を歩いていると指をさされてひそひそ話をされる。前はこんなこと、なかったのに……。

「迷惑だなんて、あなたなんてえらそうなことを言っているの!? 立花先生に目をかけてもらっておきながら、生意気なのよっ!」

 なんだか今の言葉にものすごく激昂して、沢木さんはあたしの髪をつかんできた。
 やめて! と言いたいのに、保育園での恐怖がよみがえってきて、息ができなくなる。
 頭の皮膚まではがされるのではないか、という恐ろしい気持ちを思い出し……身体が動かなくなる。

「立花先生に取り入ろうとお菓子まで作っていってるみたいだしっ!」

 嫌だ、やめて──!
 だれか、助けて……。

「なにをしているんだ!?」

 その声に、沢木さんの手は髪の毛から離された。ほっとしたと同時に、気が抜けてあたしの意識はブラックアウト。





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