《十四話》乙女のイベント・バレンタイン!01

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『ザッハトルテ』

 やあ、このうんちくも久しぶりだね!

 ザッハトルテとは、1832年にウィーンのお菓子職人フランツ・ザッハがつくりだした世界でもっとも有名なチョコレートケーキ。
 オーストリアの代表的なお菓子でもある。

 チョコレートのスポンジケーキにアンズのジャムを挟み、表面全体をチョコレートでコーティングし、ホイップクリームを添えて食べる!

 これをエスプレッソと一緒に食べると、超美味し~いのよねっ!

 珍しく紅茶じゃない、って?
 このケーキは紅茶より濃いコーヒーの方が合うと思うわ。




 そうして、ゆるゆると時は過ぎ。
 乙女の一大イベント、バレンタイン!
 もちろん、作りますよ! なにを作るって?
 ふふふ、ありきたりなチョコレート、なんて作りませんよっ!
 ザッハトルテ! チョコレートケーキですよっ!
 うふふ。
 生クリームをたっぷりかけて食べるのが美味しいのよねぇ。……太りそうだけど。
 チョコレートのスポンジケーキはそれほど難しくない。半分に切ってあんずジャムを挟んで。周りのチョコレートのコーティングが難しいのよね。
 えーっと、一気に溶かしたチョコレートをかけて全体にまんべんなくのばす……と。
 うをっ! いやああああ、チョコレートが!

「どうしたっ!?」

 あたしの悲鳴を聞きつけて、圭季が駆けつけてきたけど、

「なっ、なんでもないっ! とりあえず、見ないでっ!」

 一緒に住んでいれば、びっくりさせてやろう、と思っても無理なのよね。だから呼ぶまで来ないで、と言ってたんだけど、悲鳴を上げればくるよなぁ。
 心配そうな表情をしつつ、ちらちらとこちらを見ながら圭季は部屋に戻って行った。
 ……ふぅ。
 もう、ばれているようなものだけど、それでもほら、気持ちの問題よっ!
 しかしこれ。味は悪くないと思うんだけど、チョコレートのコーティングがいまいちになっちゃったんだよねぇ。こういう時は下手に触らない方がいいのが分かっているから、やめておこう。
 冷蔵庫に入れない方がいい、と見かけたので、あたしの隣の部屋に置いておこう。あそこなら涼しいし。
 埃をかぶらないようにケーキの箱に入れ、隣の部屋に持って行く。鍵をかけて、と。那津が問題なのよね。

「キッチン、使っていいよ」

 片付けも済ませ、無理やり部屋に閉じ込めていた圭季に声をかける。が、返事がない。そっと扉を開けると、机に突っ伏して寝ていた。

「圭季、そのまま寝たら風邪ひいちゃうよ」

 遠くからだからよく見えないけど、パソコンの画面にいろんなものが開いていて、もしかしたらお仕事の資料とかもあるかも、と思ったら中に入って起こせなかったので、声をかける。

「んー?」

 寝ぼけた声がして、圭季は目を覚ましたようだった。

「待たせてごめんね」

 圭季が起きたのを確認して、あたしは部屋の扉を閉じた。
 休みの日にも家で仕事をしている、ということは、やっぱり毎日無理して早く帰ってきてくれている、んだよね? あたしがもう少し、おうちのことをやらないと。いくら、料理を作るのが好きで、あたしのために作ってくれている、と言ったって、お仕事も大切だもんね。
 夕食の後、そういうことを圭季に言ったら、

「この生活も、三月までだから」

 そう言われ、はっとする。
 そうだ。すっかり忘れていた。あたしたちのこの生活、お試しに一年、だったのだ。当初は一週間、がそのままずるずると確認しないまま今まで来ていたのだ。
 現実を突き付けられ、ショックを隠しきれない。
 三月になり、あたしが高校を卒業したら……圭季は実家に帰っていく。那津もそうだ。そして、父とふたりの生活に戻る。
 最初、話を聞いた時、とんでもない! と思っていたのに。今はこの生活が終わるのを知り、泣きそうになっている。

「チョコ……?」

 圭季の服の端をつかんで、見上げる。
 こんなにも時が止まってほしい、と思ったことはない。
 圭季がいなくなってしまう。

「なんでそんな顔、してるんだよ」

 だって。嫌だよ、圭季がいなくなってしまうの。
 圭季はふぅ、とため息をつき、あたしの頬をその大きな手でそっと包む。そうして、大きな瞳を少し細め、あたしを見つめる。

「今やっている仕事、三月までだから。チョコが心配することはなにもないよ。無理をしているわけではないから」

 そういう意味ではなかったのに、安心して、と言わんばかりに圭季はあたしの髪をやさしくなでてくれる。
 違うのに。そうじゃない。
 だけど、口にしてしまうと泣いてしまいそうで、あたしは圭季の手を払いのけ、部屋に駆け込む。

「チョコ?」

 圭季の困惑した声がしたけど、部屋に入り、鍵をかける。そして、そのままずるずると座り込む。
 ぽたり。履いていたスカートに涙が一粒、こぼれる。

「うっ……」

 それを合図に、涙が後から後からあふれてくる。
 圭季の馬鹿。なんで分かってくれないのよ。
 三月になって、あたしが高校を卒業したら、この生活は終わりじゃないの。それとも、圭季はようやくこの大変だった一年の『仕事』から解放されるから、安心しているの?
 ねぇ。圭季は……どう思ってるの?
 本当にあたしのこと、好き? なんだか、自信がないよ。

。.。:+* ゜ ゜゜ *+:。.。:+* ゜ ゜゜ *+

 そうして迎えたバレンタインデー当日。
 あたしは毎日、前もって作っていたザッハトルテが那津に食べられていないかをチェックしていた。うん、今日も大丈夫。
 チョコレートのコーティングも、日にちを少しおいたことでなじんできた……かな?
 そして、バレンタインデーは火曜日。圭季の帰りが遅いから、夕食もあたしの担当。なにがいいかなぁ。

「カレーにハンバーグ」

 学校からの帰り道、那津がぼそり、とつぶやく。
 なにその、お子さま人気ナンバーワンとナンバーツーの料理。

「バレンタインデーだから、好きな料理、作ってくれたっていいじゃないか」

 なんで那津の好きなものを作ってあげないといけないの!?
 那津の両手には持ち切れないほどのチョコレートが入った紙袋がある。学校中の女の子からもらったらしい。朝、靴箱の中にあふれるほど入っていて、さらに机の上にもロッカーにも入っていた。一日で持って帰られないから、これでも一部なのよね。どうなの、これ?

「那津、チョコレート食べすぎたらせっかくのきれいな肌にニキビができるわよ」

 那津も圭季もびっくりするくらいきれいな肌をしてるのよねぇ。なにをどうしたらそんなにきれいなお肌を維持できるのかしら? あたしなんて、油断したらすぐにニキビが出てくるんだよね。

「それに、今日はあたし特製のデザートもあるんだから。考えて食べてよっ!」
「え? なになに? じゃあオレ、これらのチョコレート、今日は食べない!」

 そういえば、圭季の好きな食べ物、知らないなぁ。
 あああ、ほんっと、一年近く一緒に住んでいながら、圭季のこと、ほとんど知らないじゃない。
 近くにいる、ということで甘えていたのかもしれない。圭季のことを知ろうという努力をしなかったかも。
 いつも受け身だった。終わりが見えて来てあせるのは、悪い癖かもしれない。終わってほしくない。どうすれば終わりにしないですむのか、分からない。油断すると涙がこぼれそうになる。ここのところ、ずっとそう。
 泣いたって始まらないじゃない。
 それに今日は、バレンタインデー。
 乙女が好きな男の人に告白する機会を与えられた日、なのよ。もう一度、気持ちを伝えよう。

「じゃあ、今日はハンバーグね!」

 通学路の途中にあるお肉屋さんでひき肉を買う。

「カレーも食べたい」
「カレーは今度! それに、あたしのカレーより、圭季が作った方が美味しいでしょ?」

 そういえば、この間のカレー、冷凍してあったような気もした。帰ってから確認しよう。







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