一:風色の恋01

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 新しくワタシの父となる人は、ある日突然、降ってわいてきた。そう、ワタシに突然、義父と義兄ができてしまった。母から再婚するという話は聞いてはいたけど、実感のないまま、その日を迎えた。
 ワタシにはずっと父がいなかった。だから母が再婚をすると言ったとき、その意味することがよく分からなかった。母はいつも、ワタシのことを考えてくれている。その母が決めたことだから、ワタシはそれに従うまで。
 娘のワタシが言うのも変だけど、母はもてる。そういう話は何度もあったと見ているのだが、今まで首を縦に振らないで来たのに、この歳になって再婚ということは、母はメリットの方が大きいと考えてのことなのだろう。反対する理由は見当たらない。
 あえてあげるとすれば、ワタシの苗字が変わること、そして、血の繋がらない兄が突然できること。そこをどうとらえればいいのか、戸惑っていた。

 そして迎えた、対面当日。
『こんにちは、初めまして』
 義父となる人は、にこやかな笑みを浮かべて握手を求めてきた。鉄黒色の瞳は、とても優しそうだ。少し躊躇したけど、ワタシはその手を取り、握手を交わした。その手は温かくて、大きくて、自分に父ができるという実感がわいてきた。

 ワタシの母は、再婚した。相手も再婚らしい。お互い、こぶつき再婚。母にはワタシ、向こうには──。
『こんにちは、梨奈(りな)。オレのことは今日から「お兄さま」と呼ぶように』
 目の前に、紅黒色の艶のあるさらさらと流れるような髪に、鉄黒色の瞳の男の人が立っている。少し馬鹿にしたような不遜という言葉が似合う表情で、ワタシを見ている。新しく父になる人と同じ瞳の色をした、楓那津(かえで なつ)。
『なに言ってるのよっ!? 那津でしょう、那津っ』
 母から、
『かっこいい那津って名前のお兄さんができるわよ、梨奈』
 と事あるごとに言われていたから、戸惑いつつも喜んでいたのに、目の前に立つ男は、傲岸不遜な態度の嫌なヤツ。
『兄の名前を呼び捨てで呼ぶとは、オレが兄となったからには、許さん!』
 と訳の分からない持論を振りかざされた。
『なにが兄よ! 誕生日、数日しか違わないじゃないの!』
『それでも、オレの方が先に産まれたんだから、兄には違いないだろう?』
 間違いではないけど、その言い方が腹が立つ。
 那津とワタシは、数日違いで産まれた。だけど、那津は三月生まれ、ワタシは四月生まれ。数日しか違わないのに、学年が違ってしまう。それだけで兄面されるのは、癪に障る。
『絶対に「お兄ちゃん」なんて呼んでやらないんだからっ!』
 出会いは、サイアクだった。

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「梨奈、どうしたの?」
 朝、登校してひとっ走りした後、授業が始まるまでと思って自席で突っ伏していると、悪友の七海(ななみ)が声をかけてきた。
「どうしたもなにもないわよ」
 学年が上がるタイミングで再婚して、それと同時にワタシの苗字も変わった。この思春期の多感な時期を一応考慮してくれたらしいけど、那津は中学から高校のタイミングだし、そもそも苗字は変わらないからいいけど、ワタシは学年が変わるだけで苗字が変わるのだから、その複雑な心境を少し察してほしいわよね。そんなワタシの乙女心なんてなにも考えてくれていないようで、那津は名前じゃなくてお兄さまと呼べ、だなんて。ほんの数日の差じゃないの、ほんとにっ!
 春休み中、ずーっと那津はワタシのことを馬鹿呼ばわりしていた。どうせワタシは陸上馬鹿ですよーっだ!
 兄として宿題をきちんとやって行かないのは恥ずかしいから、とべったりとくっついて宿題を見てくれるのはいいんだけど、なかなか問題が解けないのを見て、那津は馬鹿馬鹿言ってきた。リビングに置かれた座卓に向かいあって宿題をしていて、那津はさらさらと宿題を済ませ、さらにはなにやら予習らしきことまでやっていた。その横でワタシの宿題を見てくれた。那津の解説は学校の先生よりも分かりやすくていいんだけどさ。いちいち人を馬鹿にしたような態度がとにかく気に入らないのっ!
 義父は優しくていつもにこにこしているけど、母とはなにかあるとすぐにけんかをしていた。……主に母から突っかかって、なんだけど。義父はただ単ににこにこしている頭のゆるい人なのかと思っていたら、言うことは言うようで、それが的確すぎて母は言い返せずに、余計に激怒していた。
 なんだろう、けんかするほど仲がいい、とは言うけど、端から見ているといつもけんかばかりしているから、どうして今更になって結婚なんて選択を選んだんだろう、と疑問に思う。

 義父と那津を見ていると、なんだか一緒、なんだよね。義父はにこにこして当たり障りのないような言い方をしているけど、なんだかそれがちょっと小馬鹿にしたような態度に取れなくもない。那津は思いっきり馬鹿にした態度を取ってるし。この親子、ワタシたち親子にけんかを売ってるんだろうか?
「あー、今日も愛しのお兄さまの話ですか」
「七海? どこをどう聞いたらそういう解釈ができるわけ?」
 七海に今日の朝の出来事を話したら、そんなことを言われてしまった。
「うーん、なんていうの? 那津の態度が好きな子に意地悪するそれに似てるのよねぇ」
 訳が分からないし。
「梨奈が戸惑ってるように、愛しのお兄さまもきっと、梨奈とどう接していいのか分からなくて、彼なりに悩んでるんじゃないの?」
 七海にそう言われたけど、あの那津が悩んでるようには全然思えない。
「ありえないでしょう、それ」
 七海はなにかを言おうと口を開いたけど、無情にもチャイムがなってしまった。
 那津が……悩んでる? ありえない。あの傲岸不遜な態度の那津が、悩んでるですって?



 家に帰ると、母に今日から那津は別の家に泊まりに行くことになった、と言われた。
 はい? どういうこと?
「圭季くんについて行っちゃったみたいなのよ」
 ケーキ……? 那津、そんなに甘いものが好きだったの? ケーキについていったって、……あれ、けーき?
「えっ!? 那津って圭季さんと知り合いだったの?」
 圭季さんって何度か会ったことがある。男のくせにちょっと目が大きくていかにももてそうな顔した、橘製菓の御曹司じゃない。
「梨奈は知らなかった? 那津は圭季くんと仲がいいのよ」
 記憶の中にある圭季さんと那津を並べてみる。……絵的には栄えるわ。って、違うから!
「那津は圭季さんの家に泊まってるの?」
 それなら、うちの隣が橘さんちだから、わざわざ言わないよね? ついていった、と引っ掛かる言い方をしているし。
「隣にいるんじゃないの?」
「圭季くん、結婚を前提にお付き合いをするみたいで、その人のうちに泊まり込みで」
 はあ? なにその飛躍したお話。
 圭季さんが結婚、というのはまあ、確か彼はこの春に大学を卒業したばかりだったような気もするし、そういう話が出ても不思議はない。そこまではよしとしよう。
 で、なんでそのお相手のうちに泊まり込みとか訳の分からないことを言っているの? さらに那津がそこにひっついていっている意味が分かんない。
「那津がついていく必要ないんじゃないの? とは言ったんだけどね」
 うん、それは至極まっとうな意見だと思う。
「圭季の将来のパートナーはオレの大切な人になるわけでもあるから、と言ってたけど」
 圭季さんの結婚相手、ということは、女の人だよね?
 なんだか……胸の中に妙なもやもやが発生してきた。圭季さんの結婚相手がなんで大切な人になるわけ? 訳がわかんないし。
「梨奈?」
 無言のまま、部屋に戻っていくワタシをいぶかしく思った母が声をかけてきたけど、なんだろう、この胸のもやもや。
 だけど、しばらくあの那津が家にいない、と思ったらそれは気分が少し晴れた。なにかするごとにケチつけてくるから、窮屈で仕方がなかった。これでしばらく、ワタシも自由の身だわ。鬼の居ぬ間に命の洗濯、ってか?
 とりあえず家の敷地を軽く走ってきますか。
 家の外を走っていたら、那津に物騒だからやめろ、と怒られたことを思い出した。
 楓家のあるあたりは高級住宅地で、大きなおうちが広い敷地に所狭しと並んでいる。なんか矛盾した言葉が並んだけど、一軒一軒は確かに大きくて広いんだけど、隣の家とは意外にべったりとひっつくように建っているから所狭し、という感じになっている。
 いないけど、ばれたときにものすごく怒られるのが分かったから、楓家敷地内の塀ぎりぎりのところを走ることにした。走ったことでずいぶんとすっきりした。
 汗を拭きながら家に入り、リビングに向かうと母があわただしく準備をしていた。
「梨奈、ごめんなさいね。急に出なくてはならなくなっちゃった」
 いつものことだから慣れているけど、やっぱり少し、さみしい。
「那津がいるから安心と思っていたけど、あの子もいなくなっちゃうし。梨奈、ごめんね。またあなたをひとりにしてしまうわね」
 そう言って、母はワタシを抱きしめた。優しい母の匂い。
 再婚前は狭いアパートで母一人、子ひとりでやってきていた。再婚して、こんな大きな家に家族が増えたとはいえさみしいと思っていたけど、なにかと那津があれこれとちょっかいを出してきていたからさみしくなかった。だけど、今日からいないのか。そう思うと、さみしさがさらに募る。
「もう少ししたら、あの人も帰ってくるから」
 そう言っていると、義父が帰ってきたらしい。
「お帰りなさい。ごめんなさい、急に呼び出されたから、今から行ってくるわ。梨奈をよろしくね」
 母はそれだけ義父に告げると、荷物をつかんで走り出て行った。
 ワタシは義父とふたり、その場に取り残される。
「あ、お帰りなさい」
 そう言うのを忘れていたのを思い出し、義父に告げると思っていた以上に優しい笑みが返ってきた。
 楓家は、今までワタシが生活していた家よりはるかに大きいし、お手伝いさんが何人もいるような家だった。そういう生活をしたことがなかったワタシは、激しく戸惑った。今も戸惑っているけど、だいぶ慣れてはきた。
「食事にしましょうか」
 義父はそう言い、食事の用意をお願いしている。
 大きなお屋敷だけど、お手伝いさんがいて人の気配がするからさみしくないと言えばさみしくない。だけど、今日から那津がいないのか、と思うと、なぜか気持ちが落ち込んでいる。
「梨奈は那津に戸惑ってるみたいだね」
 食事が終わって、義父は食後のお茶を飲みながらそう言ってきた。
「戸惑ってるというか、馬鹿馬鹿言われるから腹が立ちます」
 思っていることを正直に話すと、義父に思いっきり笑われた。
「那津も子どもだなぁ。そんなところ、俺に似なくてもいいのに」
 ……はい?
「いや、ひとりごと。あの子はあの子で悩んでいるみたいだから。男の方が子どもだから、梨奈が那津をフォローしてあげてくれないかな」
 そう言って、義父は猫のように目を細めて笑っている。あ、この笑顔。母はきっと、この笑顔に惚れたんだな、と義父の表情を見て思った。



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