チョコレートケーキ、できました?

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《二十八話》真相の半分


 那津はひとしきり笑った後、目の前にあった紅茶を半分ほど飲み干した。

「あははは、あいつならやりそうだ!」
「……された身にもなってよ」

 鮮やかすぎる真っ赤な薔薇の花束を思い出したら、身体から力が抜けてしまった。
 ぐったりとソファに身体を預けると、那津は申し訳なさそうに目尻に溜まった涙を拭いながら紅茶をつぎ足してくれた。

「今ので踏ん切りが付いたというか、吹っ切れたというか。相変わらずおかしなことをやってるんだね」

 相変わらずって……。
 もしかして、あれって普段からああなのっ?

「まあ、あいつはあいつなりに、あいつに対して反抗しているんだろうな」
「…………?」

 あいつと言っていたけど、今の那津の言葉の中には二人の人間が出てきている……ってことでいいんだよね?
 一人はたぶん、ヘンタイ椿。じゃあもう一人は?

「ねえ、チョコちゃん」

 那津は右側の口角だけあげたかなり皮肉な笑みを浮かべ、あたしに顔を向けてきた。

「オレの母親の名前、知ってる?」

 脈略のない質問にきょとんとしていると那津はさらに笑みを深めた。
 でもそれは決して笑っていなくて……。なんだか泣く前に必死になって笑みを浮かべているような痛々しい表情だった。

「親父と結婚していたときは、当たり前だけど楓姓だった。離婚して旧姓に戻って……きっかり半年後、あいつは『椿静華』って名前になったんだ」

 椿という苗字を聞いて、あたしは息を飲んだ。

「……分かった?」

 那津は鼻で笑うと、皮肉な笑みを浮かべた。

「チョコちゃんがヘンタイ椿と言っていたあの男の正体は椿俊平と言って、激しく嫌なんだけど、義理の兄になるんだ」
「義理の兄……?」

 あたしは頭の中に家系図を描くことが出来ずに混乱した。

「俊平とはまったく血は繋がってないよ。あいつが再婚した相手の連れ子だ」

 那津の説明でどうにか分かったけど、こういう場合も義理の兄って言うのだろうか。

「オレは兄とは思っていないけどね」

 那津はふうっと息を吐き出し、ようやく皮肉な表情を引っ込めてくれた。

「あいつの指図ではないとすると……なんだか嫌な予感がするな」
「嫌な予感……?」
「ああ。椿家と……」
「チョコちゃん!」

 那津がなんだか重要なことを口にしようとしたところ、梨奈の声が聞こえてきた。

「あ……れ。梨奈、今日は早かったんだな」

 那津は繕うように立ち上がり、梨奈へと近寄った。

「今日は早いって言ったじゃない!」

 梨奈は頬を膨らませ、那津に抗議をしている。
 思わずその頬をつついていたずらをしたいと思ってしまうほど、梨奈の表情はかわいかった。

「ああ……そういえば、朝にそんなことを言っていたな」
「もうっ。きちんと聞いておいてよっ! それにっ! チョコちゃんが来るっていうから頑張って急いで帰ってきたのにっ」
「あ……梨奈、お帰り」

 那津の言いかけた言葉が気になったけど、梨奈には聞かせたくない話なんだろうなと思って話をそらす方向へと向けることにした。

「ねねっ、今日はお泊まりしていくよねっ?」
「……えっ?」

 そういえば成り行きで楓家に来ちゃったけど、どうしよう。

「梨奈、それは無理だよ。だってチョコちゃん、お泊まりセット持ってきてないもん」
「えーっ! チョコちゃんところのマンションに寄らないでこっちに来ちゃったの?」
「そうだよ」
「那津の嘘つきっ! 今日はチョコちゃんが泊まれるように寄ってからって言ってたじゃない!」

 あたしが知らないところでそういうことになっていたらしい。

「いや……ごめん」
「もうっ! 最近の那津、なんか変だよっ!」

 梨奈は軽く那津の肩を叩いている。那津は困ったような表情でなされるがまま。
 那津が変って言うのはなんとなく分かる。きっとお母さんのことが気になって仕方がないんじゃないのかな。

「お泊まりは今日はやめておく」
「えーっ! どうしてっ?」
「うん……。圭季が帰ってくるの、家で待っていたいから」

 梨奈にはその言葉はかなり効いたみたいで、少しふくれっ面はしていたけど那津を叩くのも止めたし、泊まっていってよと言わなくなった。
 本当はここに泊まって、梨奈とお喋りしていたかった。
 けど、圭季との話し合いの機会を早く持たないと、修復が難しくなりそうで……。
 それに圭季も話をしようってメールに書いてきたし。
 だから今日は圭季が帰ってくるまで頑張って起きていようと思う。

「少し早いけど、夕飯にしよっか」

 梨奈の誘いに、あたしはうなずいて答えとした。

。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+

 楓家で夕飯をいただいて、少し話をしてからいつものようにリムジンでマンションまで送ってもらった。
 部屋に戻ると、まだだれも帰ってきていないようだった。
 時計を見ると、二十一時前。
 お風呂は学校に行く前にタイマーを掛けていて、すでに焚けている。温め直すまでもないかとそのまま入ることにした。
 少しぬるめの湯だったけど、ゆっくり浸かって考え事をするにはちょうど良かった。
 梨奈が帰ってきたから途中になったけど、那津はあの時、なにを言おうとしたのだろう。
 今回の一連のごたごたの核心の部分を口にしようとしていたのではないだろうか。

「といっても……」

 声に出してみたけど、那津がなにを言おうとしたのかさっぱり分からなかった。
 お風呂から上がったら、那津にメールして聞いてみよう。
 考えがまとまったところで、頭と身体を洗って、再びゆっくりと湯船に浸かってから浴室から出た。
 パジャマに着替えて、髪の毛を乾かして部屋に戻ろうと廊下に出たら、だれかが帰ってきている気配がした。
 ふとあたしの部屋の隣を見ると、明かりが洩れていた。
 もしかして圭季が帰ってきた?
 あたしは部屋に駆け込み、カーディガンを羽織った。自分の格好を見回しておかしくないのを確認してから、圭季の部屋の扉をノックした。

「はい」

 部屋の中から圭季の声。

「圭季、お帰りなさい」

 声を掛けると近寄ってくる気配がして扉が開いた。

「ただいま」

 圭季は今、帰ってきたばかりのようでジャケットは脱いでいたけど、緩めたネクタイを首に巻いたワイシャツにスラックス姿だった。あの酔っ払っていた日と同じ恰好だった。

「あの……お風呂、沸いてます。あ、追い炊きしないとぬるいからっ!」

 あの時のことを思い出してあたしは怖くなって慌てて風呂場に逃げようとしたら、圭季に腕を握られた。

「チョコ、ちょっと待って」

 そういうと圭季はあたしをじっと見つめた。
 圭季の男にしては大きな瞳にこうやって見つめられると落ち着かない。なんだか身のやり場に困るというか、恥ずかしいというか。

「アルバイトの話なんだけど」

 そう言われ、はっと思い出した。

「あのっ、シトラスの件はっ、そのっ!」

 あたしの言葉に被せるように圭季は口を開いた。

「あぁ、シトラスのことはチョコには悪いことをした。おれがきちんと調べていればチョコをあんな嫌な目に遭わせないで済んだのに」

 そして圭季はあたしに向かって頭を下げてきた。

「えっ、や、ちょっと、けーきっ?」

 まさか圭季に謝られるとは思ってなくて、あたしは思いっきり動揺した。

「本当に、すまなかった」

 さらにそんなことを言われ、あたしはどうすればいいのか分からずおろおろするしかなかった。

「シトラスに関してはきちんと対処した」

 対処って……?
 怖くて内容を聞くことは出来なかった。

「それで、チョコ。今度こそ問題のないアルバイト先を決めてきたよ」

 圭季はそう言うと、笑みを浮かべてあたしを見た。

【つづく】




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