チョコレートケーキ、できました?

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《三十七話》再びの救出


 高ぶっていた感情は泣いたことで治まってきた。
 圭季と那津が近くまで来てくれているのは分かった。だから大丈夫って自分に言い聞かせた。
 あの二人は、あたしを見捨てたりしない。
 今、この時、この空間にはあたし一人だけど、絶対に見つけてくれる。
 だから泣いていたら駄目だ。
 助け出されたとき、あんまりにもみっともない姿は見せられない。
 そんなことを思ったら、落ち着いてきた。
 二人が来てくれるまで少しの間、頭を整理しよう。
 圭季が那津に俊平を探せって言っていたけど、俊平ってのは……確かヘンタイ椿の名前よね?
 やっぱり今回の件はあいつも関わっていたのね。薫子さんとグルになって。
 ……ん?
 薫子さんとヘンタイ椿って、なんで繋がってるの?
 ヘンタイ椿に追いかけられて、逃げ込んだトイレに薫子さんがいた。あれは待ち伏せしていたとしか思えない状況。しかも完全にあたしの行動を読まれてるし。
 あたしは薫子さんに手首を掴まれて、鳩尾を殴られて気絶させられてしまった。
 ヘンタイ椿があたしを抱えてここに連れてきた……ってこと?
 それにしても、ここはどこなんだろう。
 分からないことだらけだと思っていたら、外から声が聞こえてきた。
『圭季、こっちにドアがある!』
『やはりそうか』
 先ほどとは違う場所から二人の声がしてきた。
 近寄ってくる足音がして、ガチャガチャとドアノブを回していると思われる音がした。音だけで分かったけど、どうやら鍵が掛かっているようだった。
『ちょっと! 圭季!』
 那津の焦って制止している声で圭季がなにをしようとしているのか分かった。
 どごんっという鈍い音の後、めりっと不吉な音。
 それからばきばきと音がして、あたしの身体が揺れたことで室内に足を踏み入れたのが分かった。

「チョコ!」

 圭季の慌てた声にあたしはようやく助け出されたことを知った。
 じわりと涙があふれてきたけど、猿ぐつわをかみしめてやりすごす。鼻の奥がつんとして痛い。

「チョコちゃん!」

 続いて那津の声。

「近づくな!」

 圭季の鋭い声に那津がその場に踏みとどまったのが分かった。
 固い足音が近づいてくるのが分かった。

「チョコ……」

 圭季の気配が濃くなった。きっとしゃがみ込んだのだろう。
 身体に触れられると思い、思わず身体を固くして身構えてしまった。
 圭季の手が肩の辺りにまるで壊れ物を扱うかのようにそっと触れてきた。

「今、紐を外すから」

 圭季はそう言うと足の戒めをとき、次は後ろ手に縛られていた手首の紐を外してくれた。
 そしてゆっくりとあたしの身体を支えながら起こしてくれて、猿ぐつわと目隠しを外してくれた。
 きつく縛られていたからか、目の感覚がなんだか変な感じだ。
 だからすぐにまぶたを開けることが出来なかった。
 ゆっくりと慎重に薄目を開け、大丈夫なことを確認してから徐々に開いた。
 薄暗い中、最初に目に飛び込んできたのは木の床板だった。
 ……ここはどこ?
 あたしは何度か瞬きして、見え方がおかしくないかを確認して、ゆっくりと顔を上げた。
 明かりのついていない部屋は暗かったけど、ぼんやりと見えた。視界の端、斜め前にはあたしのことを心配そうに見守っている圭季がいたのが分かった。
 だからあたしはそちらに顔を向けようとしたけど、痛みが走った。

「…………っ」

 ずっと固い板の上に縛られて転がされていたからなのか、思っている以上にあちこちが痛い。

「……チョコ、すまなかった」

 圭季の謝罪の言葉にあたしはなにか返さないとと思ったけれど、痛くて動くことが出来ない。
 圭季があたしの背中に手を当てて、支えてくれている。
 遠くからサイレンが聞こえてきた。
 それがなにか分からず、あたしは痛む身体を必死に耐えることしか出来なかった。

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 サイレンはなんと、あたしを救出した後に検査するために呼んだ救急車が近づいてくる音だった。
 痛む身体を慎重に動かして、担架に乗せられた。
 圭季が同乗してくれて病院へ。
 なんだか思っていた以上に大事になっているような気がする。
 そしてあたしは個室に移され、入院となった。
 大げさすぎて逆に申し訳ない。
 今日は遅いから、検査は明日の朝からという話になった。
 紐で擦れた手首などは処置してもらった。

「眠れないかもしれないけれど、明日は検査だから少しでも寝るといい」

 そう言って圭季はあたしのベットの横に椅子を持ってきた。

「おれが側にいるから」

 圭季はかなり慎重にあたしに手を伸ばしてきた。
 お仕事は、とか、圭季こそ疲れているからといいたいのに、唇は縫いつけられたかのように開かない。
 それに助けてくれたお礼もまだ言えていない。
 言いたいのに、身体が自分の思いとは違って動かすことが出来ない。
 それがもどかしくて涙があふれてきた。

「どうした、チョコ。どこか痛むのか?」

 泣き出したあたしに圭季はおろおろとして、枕元にあるナースコールを押した。
 しばらくして部屋に誰かが入ってきたのが分かった。

「どうされましたか?」

 という看護師の声を聞きながら、あたしは流れ落ちる涙を拭うことも出来ず泣き続けた。

 それからの記憶は曖昧だ。
 たくさんの人が部屋を出入りしているのは、ぼんやりとした意識の中で認識していた。
 途切れ途切れの記憶。
 だけど常にそばには圭季がいたことだけははっきりしていた。

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 心労とショックと物理的な痛みのせいで、どうやらあたしはあれから一週間ほど寝込んでいたらしい。
 らしい、と伝聞なのは、あたしの記憶が曖昧だからだ。
 さすがに圭季はお仕事があるから付きっきりというわけにはいかなかったけど、時間が許す限りは側にいてくれた。
 熱も下がり、意識がはっきりした頃。
 圭季立ち会いの元、警察から事情聴取ってヤツを受けた。
 そこで聞かされたのは、薫子さんが主犯でヘンタイ椿が手助けをして、あたしを誘拐して監禁したことになっていた。
 間違いではないんだけど、まさか刑事事件にするとは思ってなかったのであたしは驚いてしまった。
 後からそんなことして橘製菓は大丈夫なのかと圭季に聞いたら、いい膿出しになったと笑っていた。
 あたしがこんな目に遭ったことで踏ん切りが付いたとも。
 なんだかとっても複雑な気分だった。
 これから数年掛けて社内改革を行うんだとか。

「チョコには淋しい思いをさせてしまうかもしれないけど」

 と圭季は言っていたけど、それは仕方がないかな。

「その代わり」

 と圭季はそこで言葉を区切り、あたしの瞳をじっとのぞき込んできた。
 男の人にしては大きな瞳でそんなに見つめられると、とっても恥ずかしいのですがっ!
 圭季は笑みを浮かべ、口を開いた。

「チョコが退院したら、デートをしよう」

 でっ、でぇと!

「本当は泊まりがけでと思ったんだけど」

 とっ、泊まりがけっ?
 そそそそそ、それって!

「退院してすぐにそれはさすがに辛いだろうから、前に行った水族館にでも行こうか」

 …………。
 そう言われ、ほんのちょっと残念な気持ちがあったけど、正直なところホッとした。
 それが顔に出たのか圭季はくすりと笑った。

「チョコが男性恐怖症なのは分かってる。……なのにあの日、酔っぱらってチョコにひどいことをした」

 言われてそのことを思い出した。
 血の気が引くほどではなかったけど顔がこわばった。

「ごめん。今、言うべき言葉ではないのは分かっていたんだけど。今を逃すと言えないと思ったから」

 圭季はそう言うと頭を思いっきり下げて謝ってきた。

「ごめんなさい」

 そんなに真っ直ぐに謝られたらなんだか逆にあたしが悪いことをしているような気がして、うろたえてしまった。

【つづく】




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