チョコレートケーキ、できました?

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《四十一話》プロポーズ


 圭季はあたしの瞳をじっと覗き込んできた。

「手に入れたものを失ってしまう。そのときおれは自分を保てないのではないか──そんな危惧を抱いた」

 あたしももう圭季がいない生活は考えられない。
 だけど。

「とにかくおれは、チョコを失うのが怖かったんだ。だから不可能だって分かっていてもチョコをどこかに閉じ込めておきたかった」
「……それが、アルバイトとサークル活動を禁止した理由?」
「……そうだ。おれだって分かっていた。そんなことしたらチョコに嫌われるって。だけど──おれは自分に自信がなくて、怖かったんだ。おれの知らないところでチョコがどこかに行ってしまうのではないかって」

 端からみたらとても恵まれているようにしか見えないのに、圭季は自分に自信がないという。
 圭季にとって、お菓子を食べられないってのは根幹を揺るがすほどのコンプレックスということなのだろう。

「そんなことしないよ!」

 どこかに行ってしまうかもしれないっていうのは、それはあたしのほうが強く抱く事柄だと思う。

「チョコはおれの心の支えだ」

 そうはっきりと言われ、あたしはどう反応して良いのか分からなかった。

「チョコ、大学を卒業したらおれと結婚してほしい」

 前にも言われたことがあったけど、まさかここで言われるとは思っていなかったプロポーズに、あたしは息をするのも忘れて圭季をじっと見つめた。
 圭季はあたしの言葉を待っていた。
 あたしは何度か瞬きをしてから口を開いた。

「あたし……おっちょこちょいだよ? かわいくもないよ?」

 あたしの言葉に圭季は笑みを浮かべた。

「そこはチョコのいいところだから」

 え……? いいところなのっ? そこって欠点だよね、どう見ても。

「そういうところすべて含めて、おれは都千代子という人間を愛している」

 圭季のその言葉に勝手に涙があふれてくる。

「だ……って」
「……ごめん。泣かせるつもりはなかったんだ。その……」

 圭季は困ったように頭をかきむしり、近くにあったタオルを手に取るとあたしの顔に優しく当てて涙を拭き取ってくれた。

「不甲斐ないおれだけど、チョコのことを大切にするし、守るから」

 あたしは痛む身体を労りながら、圭季のその言葉にうなずいた。

。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+

 検査結果も問題ないということで、少し身体が痛むけど動かさないとなかなか治らないということで退院となった。
 久しぶりに服を着て、退院のための準備をして待っていた。
 あたしが退院するからということで、父と圭季は半休を取ってくれていた。だいぶよくなったとはいえ、さすがに一人で荷物を持って帰るのは無理だからありがたいけど、とても申し訳なく思う。
 病室にはあたしと父だけ。圭季は席を外している。
 とそこに、

「チョコ、相談なんだけど」

 ひどく真剣な表情の父にあたしは首を傾げた。

「なあに、お父さん」
「圭季くんと和明と相談した結果なんだが」

 和明というのは圭季のお父さまの名前だ。
 圭季はともかく、圭季のお父さまの名前がどうしてここで出てくるのだろうか。

「花嫁修業も兼ねて、橘家に来ないかと和明に言われたんだ」
「はっ、花嫁修業っ?」

 思わず声が裏返ってしまった。
 なんですか、それっ!

「圭季くん、チョコにプロポーズをしたらしいね」

 そのときのことを思い出して、あたしは耳まで真っ赤になった。

「今回のことで、ボクも色々と思うことがあってね」

 思うことって。

「チョコは男手一つで育てた割には、真っ直ぐに育ってくれた。仕事をしているからというのは言い訳だけど、ボクはチョコになにもしてあげられなかった」

 そんなことなかったから、あたしはまだ痛む身体に気をつけながら首を振った。

「ボクはね、チョコ。キミには他の人よりも幸せになってほしいと思ってるんだ。だから圭季くんを伴侶にと選択した。圭季くんも幸いなことに幼い日の約束を覚えていてくれたし、なによりもチョコを大切にしてくれた」

 あたしはうなずいた。
 圭季はあたしが申し訳ないと思うほど、とてもよくしてくれる。

「だけど……今回の事件が起こってしまった」

 父はそう言うと、あたしに向かって頭を下げてきた。

「えっ……お、お父さんっ?」
「ボクは……もう少しで母さんに次いで、大切な娘まで失うところだったんだ」

 父の声は潤んでいた。
 ……そっか。
 そう、だよね。
 父は愛する人を一度、失っている。

「ボクは圭季くんを選んだことが間違いだったのかもと、自分を責めた。圭季くんもかなりなじった」

 父の言葉にあたしは瞬きをした。
 父と圭季の間になんとなくぎこちない空気は感じていたけど、その原因はそんなところにあったんだ。

「『今回の件で、チョコちゃんには迷惑をかけた。圭季との婚約を解消されても仕方がない。もしもそうなっても、チョコちゃんのことは全力でバックアップをする』──と和明に言われた」

 あたしの知らないところでなんだかすごいことになっていたのね。

「圭季くんがもう一度チョコにプロポーズをして、チョコの反応で今後をどうするか決めようということになったんだ」

 あたし、そんな重要な選択をさせられていたのっ?

「そんなっ……!」
「……ごめん、チョコ。だまし討ちみたいなことをして」

 そんな思惑があったとは。
 なんとも複雑な心境だ。

「言わないでおくのがいいかと思ったけど、なんだかチョコをダマしているような気がしたから……」

 馬鹿正直な父に怒る気が失せてしまった。

「……いいよ」
「チョコ?」
「あたしは生きている」

 あのまま見つからなければあたしは下手すれば死んでいた。だけど圭季が見つけてくれた。
 今、こうして怒りというか、悲しみというか、そんな感情を抱いているのは生きているから。

「それに今回の件は薫子さんの暴走でしょう?」

 圭季が裏で糸を引いていたのなら許せないけど、それはさすがにないと思う。

「……彼女の暴走を止められなかった我々のせいでもある」

 あたしはまた首を振った。
 あたしが薫子さんの立場だったら。
 圭季を奪われたら、どう思っただろう。
 考えてみたけど、想像できなかった。
 そもそも、奪われるというのが分からなかった。
 だって圭季は確かに薫子さんとつき合っていたけど、関係は清算されていたわけでしょう? 別れた後で新しい人とつき合うのならそれは普通のことよね? 二股掛けていて……とかなら責められても仕方がないけど。
 だから薫子さんの気持ちはあたしには分からない。
 圭季の言い分によれば、薫子さんとつき合ったのはあたしの身代わりだったらしいから。
 ……それもなんだかなあとは思うけれど、そういう過ちはだれにでもあると思う、たぶん。

「……責められるのは圭季だと思う」
「圭季くんからはなんと?」
「う……ん。あたしの代わりに、薫子さんとつき合ったと」

 あたしの言葉に父は大きく息を吐いた。

「圭季くんはそう言っていた?」
「うん」
「そ……っか。彼は最後まで反対していたもんな、薫子くんとの婚約」
「……こっ、婚約っ?」

 なっ? どーいうことっ?

「われわれ……というか、和明たち橘製菓の首脳陣は、会社の将来だけを考えて圭季くんと薫子くんを強制的に結婚させようとした。だけど圭季くんはチョコと結婚すると幼くとも約束していた。彼はそれをずっと覚えていて、かなり抵抗した」

 そうだったんだ。

「だけど……和明は手にしてはいけないカードを圭季くんに提示して、力でねじ伏せたんだ」

 父は苦渋に満ちた表情を浮かべた。

【つづく】 




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