チョコレートケーキ、できました?

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《四十五話》残念な嗜好


 あたしの抱えていたみっかんちゃん連休仕様の包装紙を圭季は強引に奪い取ると、すたすたと店舗に向かって歩き出した。だからあたしは慌てて圭季を追いかけた。
 バックヤードからお客さんのいるスペースに戻ると、蛍の光が流れていた。どうやら閉店時間になったようだ。潮が引くようにお客さんが捌けていくのがおもしろい。
 店内はすっかり店員のみになった。
 両隣のお店は素早く片づけるとお疲れさまと言いながら帰って行った。あたしたちも片付けをした。

「片付けは終わったわよね?」

 と店長に確認され、あたしたちは集められた。
 店長の横には圭季と見たことのない綺麗な女の人。初めて見る人なのに既視感があるのはなんでだろう。

「今日は橘製菓からお二人が視察にいらっしゃいました」

 店長の横に並んで立っている二人は頭を下げてきた。
 二人が並んで立っているのを見ていると妙に似合っていて、心がずきりと痛んであたしは激しく動揺した。ひゅうっと息を飲み込み、胸元の布を掴んで心を落ち着けることに注力した。
 だから圭季と女の人が自己紹介をしていたのを聞き逃してしまった。

「ということで、これからは彼のことをよろしくね」

 そう言いながら女の人は圭季にしなだれかかり、ちらりと圭季を見上げていた。
 な……に、あれ?
 その光景を目にして、息が上手く吸えなくなった。
 今までどうやって息をしていた?
 必死になって息を吸い込もうとするのだけど、そうやって焦れば焦るほど新しい空気が上手く入ってこない。
 視界がどんどん悪くなっていく。周りの音もなにも聞こえてこない。
 苦しくなってぎゅっとキツく瞳を閉じた。
 だれか……た、す……け、て……。
 胸元に当てた手をさらに自分に引き寄せた。
 もう、駄目かも……あたし。
 必死になって倒れまいと身体に力を入れたけど、駄目だった。
 周りに迷惑を掛けちゃうな、なんて冷静なことを考えられるくらいの余裕はほんの少しだけどあった。
 せめて倒れる前にだれかに知らせたい。
 どうにか薄目をこじ開けると、圭季と視線があった。

「……チョコ!」

 ああ、気が付いてもらえた。
 圭季はきちんとあたしを見てくれている。
 そう分かったら、あれだけ苦しかった息が出来るようになった。
 ひゅうっという音が自分の耳に響いた。
 圭季はしなだれかかられていた女性の身体を引き剥がすと、急ぎ足で近寄ってきた。
 圭季はきちんとあたしのことを気にしていてくれている。
 ……そんな子どもじみた気持ちが胸一杯に広がって、あたしは醜い自分の気持ちにどうすればいいのか分からなかった。
 心配そうに歩み寄ってきてくれた圭季にも聞こえるように声を出した。

「だ……い、じょぶ……です」

 先ほどとは違う感情に動揺していたけれど、今はまだお仕事中だったのを思い出してかろうじてそれだけは口に出来た。

「都さん、無理は禁物よ? それではみんなも帰りましょうか。お疲れさまでした」

 店長のその声に口々にお疲れさまと言いながら、あたしに大丈夫? と心配そうに声を掛けて帰って行く。
 気が付くとあたしと圭季、店長と謎の女性。それにしても見れば見るほど見覚えのあるような気がするんだけど、だれ?
 女性はあたしの視線に気が付くとにやりと笑みを浮かべ、よりによって圭季にまたもやしなだれかかった。
 すると途端にまた息が苦しくなり、ひゅっと喉が鳴ったのが分かった。
 女性は挑むような視線をあたしに向けてきていた。
 や……だ。
 圭季に近づかないでっ!
 歯を食いしばり、胸元を押さえて女性を睨みつけた。
 止めてと叫びたいのに声が出ない。

「お二人とも、お忙しいところをありがとうご……?」

 店長は笑顔を圭季と女性に向けて挨拶をしている途中で異様な空気に包まれているのに気が付いたようで言葉を止めた。
 圭季は女性から身体を離し、あたしと女性の間に身体を滑り込ませてきた。

「椿さん、いい加減にしてください」

 圭季の怒りを伴っているけど静かな声。でも圭季が椿さんと呼びかけた女性はなんとも思っていないようだった。おもしろそうにさらに笑みを深めただけだった。
 ……って。
 椿?
 椿といったら……。
 もしかしなくても。

「ふふふ、あなたは那津と違ってからかうと楽しいわ」

 ……那津?
 やっぱり!
 どこか見覚えのある顔だと思ったら、那津だ!
 それに、椿と言えば。
 那津のおかーさんだっ!
 ……で、どうして那津のおかーさんと圭季が一緒にいるの?
 那津のおかーさんは橘製菓の社員だとは聞いていたから、いても不思議はないんだけど。
 女性の正体が那津のおかーさんと分かった途端、あんなに息苦しかったのが嘘のように治まった。我ながらなんと現金な身体の作りだと思うけど、正体が分からないときはあたしにそれだけストレスを感じさせていた存在だったようだ。
 那津の見た目はかっこよくておかーさんに似たようだから、当然、すっごく美人さんなんだもん。
 薫子さんがかすむ美女。大人の色気というか、成熟した魅力をぶんぶんと振りまいてるから、圭季がなびかないかと気が気でなかったわ。
 ……あれ?
 だけどよく考えてみたら、圭季の周りって美人が多いけど、どーしてあたしなんだろう?
 も……もしや。
 ……いっ、いや、止めておこう。
 その先の言葉を意識に上らせたら駄目よ、チョコ!
 そんなことしたら、なにかよく分からないものに負けたような気になるから!
 決して圭季がブ……ごほっ、げふんげふん。
 かっ……、かわいくない子が好き、なんてちょっとマニアックな嗜好をしているなんて……ええええっ!
 あーあ、自分で言っちゃった。
 ほんと、なんで見た目まで父に似ちゃったのかしら。
 だけど女の子は父親に見た目が似たら幸せになるっていうから、なんて自分に言い聞かせても悲しくなる。美人だった母に見た目が似れば良かったのに! 髪の色だけなんだもん。
 と、一人で脳内漫才をしている間に圭季と那津のおかーさまは仕事モードに戻っていた。

「ここで引継は最後ね」

 そうだった。
 嫉妬したり、脳内漫才をしたりしておる場合ではなかった!

「ということで、今度から彼がここの担当になるから」

 那津のおかーさまは店長に向かって説明して、圭季の肩をとんとんと気安く叩いていた。だけどもう、謎の女性が那津のおかーさまだと分かったからか、なんとも思わない。
 あたしの反応がなにもないことに那津のおかーさまはつまらなそうな表情をして、さらに新しい反応を引き出そうとして圭季に抱きつこうとしたみたいだけど、圭季はするりと避けた。
 那津のおかーさまのむっとした顔がおかしくて笑いそうになったけど、奥歯を噛みしめて我慢した。

「椿さん、それではおれはここで」
「あっ、あたしもそれではっ! お疲れさまでしたっ!」

 あたしは叫ぶように早口に言うと逃げるように走って店舗から離れた。

「おれは先に外に出ている。従業員口で待ってる」

 あたしは急いでロッカー室に向かい、手早く着替えてカバンを持って圭季が待つ従業員口へと向かった。
 出てすぐのところで圭季は待っていて、あたしを見てうれしそうな笑みを浮かべた。あたしもつられて手を振って笑いかけると圭季は顔を真っ赤にしていた。
 ……圭季ってやっぱりブ……あ、いや、残念な好みの持ち主なのかしら。
 ということは、あたしって残念な人っ?
 自分で言っておいてなんだけど、ダメージが大きかった。
 圭季の横に立つと、圭季は当たり前のようにあたしと手を繋ぎ、歩き始めた。
 とりあえず圭季が残念であたしも残念でも、なんでもいいや。
 圭季の手のひらのぬくもりに安堵しながら、あたしは圭季に続いて歩き始めた。

【つづく】




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