チョコレートケーキ、できました?

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《五十三話》トンデモな結末


 あたしたちの間には、妙な静けさが横たわっていた。
 薫子さんは頬に手を当てたまま動かない。
 薫子さんの頬を叩いた右手のひらはじんじんとしていた。
 ……人を叩くと、相手だけではなくて自分も痛いということを初めて知った。だけど叩かれた薫子さんはあたしのこの手のひらよりも痛かったと思う。
 薫子さんにされたことは許せないけれど、だからといって叩いていいものではなかった。
 人を叩いた痛みを忘れないでおこうと手のひらを握りしめると拳に視線を向け、それから顔を上げた。
 薫子さんは頬に手を当てたまま。手のひらに隠れて見えないけど、頬が赤くなったり腫れている様子はない。そのことにほっとした。
 薫子さんはようやく正気に戻ったのか、瞳に光が戻ってきた。ぎらぎらとした視線を真っ直ぐにあたしに向けてきた。

「……なにするのよ」

 あたしが頬を叩くまでは夢見がちだった薫子さんが元に戻った。
 目を見開き眉をつり上げてあたしを睨みつける薫子さんはかなり怖かった。圭季の後ろに隠れたかったけど、お腹に力を入れて踏ん張った。
 ここは女の意地を見せるところよ……!
 視線もそらしたかったけど、そらしたくなる気持ちを我慢して必死に受け止めた。
 あたしのいつにない強気な態度に薫子さんはさらに怒りを覚えたようだった。ぐっと一歩、踏み込んできた。
 周りがざっと構えたのが分かった。

「あなた、なにを考え──」
「薫子!」

 薫子さんの背後から薫子さんを呼び捨てで呼ぶ声。
 聞き覚えのある声だけど、だれ?
 疑問に思っていると、角からにょきっと赤い薔薇の花束が見えた。
 え……っと、あれって。
 ものすっごーく嫌な予感がする。
 あたしは後ずさり圭季の背中に隠れた。
 薫子さんの眼光には耐えられたけど、赤い薔薇の花束は無理。
 出来たら逃げたい。

「薫子、オレと結婚しよう!」

 その声とともにタキシードを着込んだヘンタイ椿が現れた。
 ……やっぱりヘンタイだ。
 空気を読め。
 警備の人たちもどう対処すればいいのか分からないようだ。空気のざわつきで動揺を感じ取った。
 分かるわ。
 どうすればいいのか分からないっていう気持ち、よく分かる。
 ヘンタイ椿の出方が分からないから、あたしたちは様子見をすることにした。
 ヘンタイ椿がちらりとこちらに視線を向けてきた。
 薫子さんとは違って、こちらはいたって平常運転のようだ。
 圭季が身体を動かしたから、ヘンタイ椿が隠れてしまった。見たくはないけど、この先の展開が気になるから隠さないでほしい。

「薫子、あのチョコレートケーキセットにちょっかいを出すのは止めよう」

 ……チョコレートケーキセットってなに、それ?

「ケーキには薫りよりも味だろ? チョコレートには勝てないよ」

 えっ……と。
 それって、あたしたちのこと?
 なんだか激しく馬鹿にされているような気がするのですが!

「それに」

 ヘンタイ椿は赤い薔薇の花束を抱えたまま薫子さんの目の前に立った。薫子さんはヘンタイ椿の背中にすっぽりと隠された。

「オレたちは従姉弟だし、似た者同士でくっつくのが一番じゃないか?」

 薫子さんも確かに変わってると思うけど、ヘンタイまではいってなかったと思う。
 どこが似てるんだろうと悩んでいると、ヘンタイ椿が動いた。
 真っ赤な薔薇の花束ごと、薫子さんの身体を抱きしめたかと思ったら。

「…………!」

 身体を少しずらして顔がこちらに見えるようにしたかと思ったら、ヘンタイ椿は薫子さんの顔に近づけた。
 え……あ、ちょ、ちょっと?
 しかも念入りに逃げられないようにと薫子さんの顎を掴み、そのままぶちゅーっと。
 ……ぶちゅー?
 口づける、というよりは唇ごと食べるといった表現が正しいような……えーっと、キス? をした。
 さすがヘンタイと言われるだけの行動ですね。
 あまりのことに乾いた笑いをしようかと思ったけど、周りの空気が凍り付いることに気がついた。
 これは……。ど、どうすればいいのかしら?
 見ていられなくて、あたしは慌てて二人から視線を逸らした。モザイクをかけてほしいレベルだわ。
 そんな二人の恥ずかしい行為から顔を背けて圭季を見ると、じっとあたしを見つめていた。
 あの二人を見ていなかったことにほっとしたけど、なんだかその視線がとても熱っぽくて危険な感じ。
 ひきつった笑みを返すと、圭季の顔が耳の横へとやってきた。そして囁くように口にした言葉に驚愕した。

「チョコの唇もあんな風に食べていいか?」

 大声で怒鳴り返したいのを耐えて、あたしは小さな声で言い返した。

「いっ、いいわけないでしょうっ!」

 なにを言ってるの、この人はっ!
 それよりしっかり見ていたのね?
 ……あたしも見ていたから人のことは言えないけど。
 薫子さんはようやく自分の身になにが起こっているのか把握したようで、ヘンタイ椿の腕の中で暴れ始めた。意外に反応が遅かったわよね。
 だけどいくら薫子さんが暴れても、腕も口も離す様子のないヘンタイ椿。恐ろしいわ。
 薫子さんは威勢良く暴れていたけど、どんどんと力が弱くなり、最後はくたりと今にも崩れ落ちそうになっていた。
 そこでようやく唇が離されたようだった。薫子さんは大きく肩で息をしていた。

「こ……んのっ、馬鹿っ!」

 息が落ち着いたらしく、薫子さんは顔を真っ赤にしてヘンタイ椿に怒りをぶつけていた。

「ファーストキスは結婚相手に捧げるんだよな? 大好きなケーキにあげるから取ってると言っていたけど、オレがありがたくもらったから、結婚しような?」

 なんかすごいことを聞いたような気が。
 って。
 え?
 ……あれ?
 圭季と薫子さんってつき合って……いたんだ、よね?
 え? えっ?
 それが事実だとしたら、どういうこと?
 疑問に思って圭季に視線を向けると、じっとあたしを見つめていた。

「あ……の」

 ヘンタイ椿が言っていることは事実なの? って聞きたいけど、無粋な質問じゃない?
 でも! 気になる!

「卒業式にチョコとキスをしたのが初めてだと言ったら引くか?」

 知りたかったことだけど!
 け……圭季も初めてだったのっ?

「いっ、今のは無効ですわ」
「どうして?」
「だって……あんなのはキスなんて……んんっ!」

 怖くて視線を向けられないけど、なにをしているのかは分かる。なんて破廉恥な!

「そーいうことで、薫子はオレがもらったから」
「そんな! 圭季、待って!」
「ほら、これを見ろ。薫子、無理してそこの御曹司と結婚しなくて良くなったんだ」

 ヘンタイ椿はそう言いながら、胸元からなにかを取り出して広げた。

「なっ……なんで婚姻届っ」
「うちの両親も、薫子の両親も署名済みだぞ」
「…………」

 なんという展開。

「でも……」
「嫌って言うのなら別にいいけど? でも恥ずかしい姿をこんだけの人たちに見られたからなあ」

 ちらりとあたしたちに視線を向けてきたヘンタイ椿。一斉に全員がそっぽを向いたのが分かった。

「ふしだらな女とそこの潔癖お坊ちゃまは結婚する気はないだろうしなあ」
「そんな……! 圭季っ!」

 悲鳴を上げる薫子さんに対して圭季は首を振っただけだった。

「俊平とお似合いだよ。お幸せに」

 圭季のその言葉はとどめとなったようだ。薫子さんは力なくうなだれた。
 やりすぎだと思うけど、薫子さんのしつこさを思うとこれぐらいやらないと分かってくれないんだろうな。
 これでようやく、一段落……?

【つづく】




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