【一章】迷惑な居候

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★【一章】迷惑な居候《十》★

     § § § § §

 夕食も済み、修理してもらった風呂にも入り、彩名は自室でゆっくりしていた。

(さっきのあれ、ちょっとやりすぎちゃったかな)

 彩名はベッドの上でごろごろしながら、鴉との出来事を思い出していた。



 素直にごめんなさいと言えない彩名は、夕食の味噌汁は鴉のリクエスト通りにわかめにした。
 鴉は黙々と食べていたが、時々、お腹が痛むのか、顔をしかめていた。

(だけど……)

「はあ」

 と先ほどから何度目か分からないため息をまた、吐いた。

(わたしの心配というより、自分の夕食の心配なんだもん)

 ご飯が終わった後、鴉は庫裏から出るときに彩名に向かって謝ってきた。

(……あいつはあんなヤツだけど、素直に悪いと思ったことは謝ってるのに。わたしは最初に助けてもらったときのお礼も言ってないし、さっきも助けてもらったのにお礼を言わないで殴ったし……。あーあ、最低はわたしの方だわ)

 絶賛、落ち込み中だった。
 だけど鴉を前にすると、どうしてか素直になれないばかりか、逆のことばかりやってしまう。
 自分の行動を顧みて、だれかを思い起こさせるのだけどと考え、分かった。

(あ……。知穂ちゃんと貴之に似てるんだ!)

 お互い、実は想い合っているのに(と、彩名が勝手に思い込んでいる)、照れ屋で意地っ張りだから、素直になれない二人。

(って! ちょっと待ってよ! それだとわたし、鴉のことが実は好きってことにならないっ?)

 彩名は慌てて起き上がり、思いっきり頭を振って、否定した。

(無理無理無理! というか、絶対にそんなこと、あり得ないっ! わっ、わたしが鴉のこと好きなんて、冗談じゃないわ!)

 そうして彩名はふと、左手小指を見つめた。

(そ、そうよ! こんな赤い糸なんかで繋がってるから、勘違いしてるだけよ! わたしが鴉のことを好きだなんて、あり得ないから!)

 粗野で乱暴で、自分勝手で人のことを考えないヤツなんて好きになるわけなんてないのに!
 そうやって否定している時点ですでに彩名の負けのような気がするのだが、認めたくないようで、もう一度、強く頭を振った。

(あいつが言うように、なにがなんでもこの赤い糸、断ち切らなきゃ。そうしないと、とんでもないことになってしまう!)

 彩名は右手を伸ばし、左手小指から伸びている赤い糸を引っ張った。
 のだが……。

(えー、なにこれ、どうなってるの?)

 今まで、自分の小指から伸びている赤い糸に興味を持ったことがなかったのであまり触れたことがなかったのだが、切ろうと思って引っ張ってみたら、切れるどころか、どういう仕掛けなのか、際限なく伸びていくだけだった。
 ひっぱり続ければいつかは糸が途切れるかもしれないと思い、引っ張り続けるのだが、どこまでも伸びていく。



 そして、その異変をいち早く察知したのは、鴉だった。

(ん? なんだ?)

 左手小指に違和感があり、鴉はふと視線を向けた。

「あ……?」

 思わず、そんな声を上げてしまった。
 いつもなら小指の先から伸びている赤い糸は緩むことなくピンと真っ直ぐになっているのだが、今はどうしてか、だらしなく床の上に渦を巻いていた。

(彩名のヤツ、なんかやってるのか?)

 鴉は立ち上がり、部屋を出て彩名の部屋へと向かった。

(やっぱり)

 なにをやっているのか分からないが、鴉の部屋から彩名の部屋までの間の廊下は赤い糸で埋め尽くされていた。
 鴉は赤い糸をかき分けるようにして、彩名の部屋まで。
 ノックをすると一瞬にして赤い糸がしゅるりと消え、いつも通りの状態に戻った。

「はっ、はいっ」

 明らかに動揺した彩名の声。

「俺だけど」

 鴉のまさかの訪問に、彩名は警戒したようだった。

「なっ、なによっ」

 強ばった声が中から聞こえる。

「今、赤い糸になにかやったのか?」

 返事が返ってこないが、中でなにかをやっていたのは確かなようだ。

「なにをやっていたのか知らないけど、なんでかこれ、切れないんだよ」

 彩名はやはり、無言だ。
 彩名も鴉と同じことを考えていたのだろう。

(伸ばし続ければいつか途切れるかもしれないって……)

 なぜか同じことを考えたと知り、鴉は妙な気分になった。

「どんなに離れていても、この赤い糸が二人を結びつける……」

 鴉は自分でそう口にして、慌てて口を押さえた。自分らしくないロマンチックな言葉に、鴉は恥ずかしくなった。

「あー、えっと……。遠くにいて赤い糸が切れたら、困るだろう?」
「あ……」

 鴉に指摘されて、彩名は納得したようだった。

「じゃあ……」
「赤い糸を切ることができるなにか、を探すしかないだろ」
「そんなもの……」
「あるんじゃねーのか?」
「…………」

 そんな恐ろしいものが存在しているのだろうか。
 もしもあるのなら。

「そんなのが存在したら……世の中、めちゃくちゃに」
「なるかもなあ」

 鴉は喉の奥で笑った。

「俺より早く見つけて赤い糸を断ち切るなにかを使って、俺との糸を切らないとな」
「なんでよ」
「なんでって。俺、そんなものが本当に存在するんだったら、他のヤツらの赤い糸もぜーんぶ切って、世の中を混乱に陥れてやる」
「なっ……!」
「そうならないように、俺より早く見つけろよ」

 鴉はそれだけ告げると彩名の部屋の前から去り、宛がわれた部屋に戻らずに外に出た。

(これまでにあちこちを探したけど、そんなものは存在しなかった。もしもあるのなら、世の中はもっと殺伐としているはずだ)

 裸足のまま地面を踏みしめると、思っていたよりヒンヤリしていた。
 顔を上げると、今日は天気が良かったためにあまり雲はなかったが、月も見当たらない。星がまばらにしか見えない夜空が広がっていた。
 鴉が地面を軽く蹴ると、身体が宙に舞った。そのまま上昇すると、鴉の身体は本堂の屋根にあった。
 昨日は久しぶりに屋根の下で眠ることが出来たが、やはりこういった屋根の上の方が落ち着く。
 瓦の上は冷たくて、大の字になるとヒンヤリと気持ちがいい。

(これから俺、どうする気なんだ?)

 このまま東青寺ここに留まり続けていれば、赤い糸はこのままでもいい……なんて思ってしまいそうで怖い。

(側にいればいるほど、彩名に惹かれている自分がものすごく分かる)

 ここでこれほど悩むことになるのなら、どうしてあの時、彩名を助けてしまったのだろう。

(これが赤い糸の魔力、ってヤツか?)

 自分の予期せぬ行動は、なにかに操られているようにしか思えない。
 鴉は月のない暗い空に向かって、左手を掲げた。赤い糸が小指から伸びているのが見える。

(本当になんなんだよ、これは──)

 彩名がやっていたように、鴉も糸を引っ張って切ってしまいたい衝動に駆られた。
 しかしそうすれば、彩名になにをしているのかばれてしまう。
 だから鴉は我慢して、身体の下に左手を隠した。




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