【三話】二匹というか二人は居候に《後編》

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 いつもならここで一人になるのだが、今日ははるちゃんと上総がいる。上総は慣れないながらもどうにか箸を使って食事すべて終わったらしい。はるちゃんはあちこちにご飯粒を付けて本当に子どものようだ。俺はフォークを受け取り、ご飯を集めて残りを食べさせる。
「片付けるからちょっと待っていろ」
 湯呑にお茶を入れてゆっくりしているように伝え、俺はテーブルの上の食器すべてを流しに持って行き、洗った。これで三食美味しいご飯にありつけるんだから、幸せなもんだ。
「ムツキ、あのな」
 俺が食器を洗っている時に上総と二人でなにか話をしていたらしい。神妙な表情ではるちゃんは俺を見上げる。椅子に座り、はるちゃんと同じ視線の高さにして向き合う。
「わらわたちはどうやら家への帰り方が分からないようなのじゃ」
 どうして分からない、ではなくて分からないようなのじゃ、なんだ?
「ここはわらわたちがいた世界とは別次元のようで、なにかの拍子にこちら側へ来てしまったようなのじゃ。その条件が分からなければ、帰れないのじゃ」
 まだはるちゃんはごっこ遊びをしているのか?
「わらわも未だに信じられないのだが、どう考えても違う世界にやってきたとしか思えない」
「別の世界と言われても、地球は俺たちが思っているよりも広くて大きいからなぁ」
「違うのじゃ。この世界とわらわたちがもともといた世界は次元が違うのじゃ」
 次元が違う、と言われてもいまいちピンと来ないんだが。
 ああ、あれか? 有名なファンタジー小説のようにタンスを開けたら違う世界だった、とかそういうノリか?
「理解はできないが、はるちゃんたちが違う世界からやってきた、というのは認めよう。しかし、どうして言葉が通じるんだ? 世界が違えば言葉も違ってくると思うんだが」
 国が違うと言語が違うのだから、次元が違ったら言葉も生活習慣も食べるものもすべてが違うと思うのだが、当たり前のように会話が成り立っている。
「それは分からぬ。たまたま言語に関しては共通していたのかもしれぬ。わらわもそれは引っ掛かったのだが、言葉も文字も同じものを使用しているようじゃ」
 なんだか大変ご都合主義のような気もするが、はるちゃんがそう言うのだからそうなのだろう。ここは疑っていたら話が進まないからはるちゃんの言うことすべては真実だ、と仮定しよう。疑うのは後からでもできる。
「わらわたちの世界は、森の中にある。大半の生き物が四足で歩き、言語を理解しない。しかし、わらわたちのように獣から人型になれる者もいて、そういう者が世界を支配しているのじゃ」
 ほうほう、なんかよく分からないけど、不思議な世界なのは分かった。
「ああ、思い出したのじゃ。昔は頻繁にこちらとわらわたちの世界は通じていたらしい。しかし、こちらの世界の人間がわらわたちのことを次第に忘れていき、その道が通じにくくなったとばばさまが嘆いていた」
 それで言語が同じなのか? そうすれば納得できるかもしれない。
「そして、わらわたちの世界にも変化がおとずれたのじゃ」
 それまでまっすぐに俺の顔を見ていたはるちゃんは悲しそうに目を伏せた。気のせいか、その長いまつげには涙のしずくが見える。
「姫さまは弟君にだまされ、追い出されたのです」
「上総!」
 顔をあげたはるちゃんの瞳は濡れていた。はるちゃんは上総をにらんで非難する。その声に上総は背筋を伸ばし、眉間に力を入れて口にする。
「姫さま、事実を受け入れるのです。襲ってきたのは碧陽(へきよう)さま……いえ、碧陽の手下でした」
 はるちゃんは信じたくなくてしきりに首を横に振り続けていた。そのためにくらくらしたらしく、椅子の背もたれに頭をあずけた。
「碧陽は心優しい子なのじゃ。側近にそそのかされただけじゃ」
 くぐもった声のせいか、泣いているように聞こえる。こんなに小さいんだもんな。身内に裏切られたら泣きたくもなるだろう。俺ははるちゃんの頭をなでる。はるちゃんは涙をぬぐって俺を見上げる。黒い瞳が涙にぬれて、いつも以上に光って見える。
「今日の夜、連城家の人たちにもそのあたりの事情をきちんと説明しよう。家に帰ることができるまで、上の階の俺の部屋にいればいいよ」
 この二人がこの世界の人間だろうが別世界の人間だろうが、家に帰る手段を持たないのなら、それが手に入るまでの宿は必要だろう。俺も思いっきり人がいいなと思うのだが、どうにもこのまま二人を追い出すことができなかった。これから先、どうなるのかという行く先を見届けたいという気持ちも大いにあった。好奇心というやつは意外と厄介なものなのかもしれない。
 はるちゃんは花が咲いたような笑みを俺に向けて素直に喜んでくれたが、上総は俺のその言葉に余計に警戒心を強めたらしい。
「味方と見せかけて、碧陽の仲間、という可能性も捨てきれないのですよ、姫さま」
 その「へきよー」とかいうよく分からないヤツの仲間ではない、ということは断言できる。証明する手段は持ち合わせていないが。
「上総、まだおぬしはムツキのことを疑っているのか」
 はるちゃんの呆れ声に俺も賛同したい。半分くらいは意固地な気持ちになっているのだろう。
「部屋に戻るぞ」
 はるちゃんは他の部屋も興味を持って見たがったが、住人がいないところを勝手に見せるのは家探しする泥棒のような気がしたので全力で止めた。残念そうな表情をしていたが、夕食の後に部屋の主にお願いして見せてもらえと言ったらはるちゃんは唇を尖らせた。
「どうしてわらわがお願いしなければならないのじゃ」
 高飛車な言葉に思わず説教をしそうになった。いかん、これだと本当にただのおっさんだ。
「ここは俺の管轄じゃないの。上の階なら好きなだけ見てもらっていいから」
 代替案を提示したら、はるちゃんはそれに飛びついた。
「それならいいのじゃ」
 いきなり走りだしたはるちゃんの手首を捕まえ、落ち着くように促す。
「そんなに焦るな、落ち着け」
 移動するのに手を繋がないと迷子になりそうだ。
 二人の着替えがないから買い物に行こうと思っていたのだが、この調子で二人を連れだしたら恐ろしいことになりそうだ。上総は俺のでどうにかなるが、問題ははるちゃんなんだよなぁ。
 部屋に戻ると早速、はるちゃんは部屋の中の探索を始めた。驚くほどなにもないので見て回っても面白くないと思うんだが。
「ムツキ、ここはなんじゃ」
 洗面所の奥の方で声が聞こえる。そちらに行くと、お風呂場をのぞいて見ていた。
「ここは風呂だ。入るか?」
「入る!」
 面倒なのでいつもシャワーで済ませているが、ハウスキーパーさんはきちんとお風呂も掃除してくれているので、湯船を軽くシャワーで流してお湯をためる。
「ムツキ、ここは下の部屋より狭くないか」
 よくぞ気が付いた。この階の住人は俺だけなんだが、占有面積はこのフロアの三分の一ほどだ。残りはどうなっているのかというと、マルチスペースになっている。事前予約でここの住人であればいつでも無料で利用できる。蓮さんは柔道の有段者らしく、たまに借りて練習をしているようだ。他にも防音もしっかりしているので楽器の練習などにももってこいだ。後は学校の保護者会の集まりにも利用しているという。
「後で見せてあげるよ」
 はるちゃんは飛び跳ねて喜んでいる。
 お風呂のお湯がたまった合図があり、事前に支度をしていたはるちゃんは走ってお風呂へと行った。一人で入れるのか? 入れない、と言われると困るのだが。
 小さい頃は蓮さんと奈津美さんの代わりにそういえば文緒をお風呂に入れていたな。どうもはるちゃんがここに来てからというものの、昔の文緒を思い出す。
 親代わりとまでは行かないけど、文緒が小さい頃は面倒を見ていた。お風呂にもよく入れていた。文緒が一緒に入ろう、と言うから仕方がなく。さすがに今は一緒には入れないけど。
 お風呂場から不吉な音が聞こえてくるが、お風呂の説明は一通り済ませた。だから大丈夫だと思いたい。
 お風呂場が静まり、しばらくしてかなりもつれた髪の毛のはるちゃんが身体にタオルを巻いて戻ってきた。
「どうだ、一人でできたぞ」
 よくよく見ると、まだあちこちに泡が残っている。髪の毛に至っては、シャンプーが落ち切っていない。
「やり直し」
「えー」
 抗議の声をあげながらも、はるちゃんは素直にお風呂場に戻った。シャワーが出る音がして、冷たいという悲鳴が聞こえた。出始めは冷たいんだよな。
「ムツキとやら」
 それまでずっとじっとしていた上総がいきなり口を開いて俺の名を呼ぶ。
「おぬしのこと、われらは信じていいのか」
 断片的な情報しか持っていないので上総がここまで俺に対して警戒する理由が分からないのだが、先ほどの話を聞いて単純に考えると、はるちゃんの血を分けた弟の裏切りにあったので、必要以上に警戒しているからだろう。
「俺はおまえたちの荒唐無稽な話を信じた。上総が俺のことを信じようが信じまいが、どちらでもいい。だけどあのお姫さまは俺のことを信頼してくれている。はるちゃんは警戒心ゼロのようだからあてにならないかもしれないけど、ああいう本能で生きているタイプのヤツは意外にはずさないから、きっと大丈夫だ」
 上総は目を見開き、俺を見つめている。
「俺のこと、疑ってくれても全然構わないぜ。だけど、ずっと疑い続けるのも疲れるよな」
 疑心暗鬼になってだれも信じられなくなるのがしんどいのは分かる。一時期の俺がそうだったから。
「期待するから裏切られるんだ。疑えるのはまだ健全な証拠」
「おまえも、苦労したんだな」
「苦労なんてしてないよ。俺が疑い深いだけだ」
 この短い会話の中で上総が俺に対してどう感じたのか。上総の俺への対応がこれを期に、劇的に変わったような気がする。
「ムツキ、今度こそどうじゃ!」
 身体の泡も落ちて、髪の毛はかなり絡まっていたが、きちんとシャンプーも洗い流せたようだった。
「よくできました」
 そういって頭をなでると、はるちゃんは目を細めてうれしそうに笑っていた。






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