【五話】世界を再認識する《前編》

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 午後からはいつも通り、診療所でぼんやりと過ごすことにした。
「睦貴はいつもここでなにをしているのじゃ」
 診療所内の探索をすべて終わったらしいはるちゃんはのんびりと新聞を読んでいる俺に声をかけてきた。
「なにも」
 はるちゃんに向くことなく、新聞の文字を追っていた俺の目の前にいきなりドアップが飛び込んできた。
「睦貴っ」
「うわっ、びっくりするな」
 真っ黒な瞳が俺のことを非難している。そんなに迷いのない瞳で見つめられると、激しく居心地が悪くなる。耐えられなくて視線をそらしたら、怒られた。
「こらっ、どうしてそらす」
「そんなに見つめられたら、恥ずかしいじゃないか」
 はるちゃん、自分が美幼女だという自覚を持ってほしい。むやみやたらにそんなに見つめまくっていたら、悪いおじさんに食べられちゃうぞ。特に俺みたいなヤツに。
 ……あ、いや、違うっ! 俺はロリコンではない!
 否定すればするほど墓穴を掘っているような気がしないでもないが。
 黒くて大きな瞳がいきなりきらきらと輝く。なにかいいものでも見つけたか?
「これはなんじゃ?」
 新聞には近々オープンの遊園地の記事がカラー写真付きで紹介されていた。緑あふれる芝生が多めの遊園地というのがコンセプトらしい。
「遊園地だよ。さっき来た兄貴が関わっているらしい」
「秋孝は遊園地なのか?」
 兄貴が遊園地……想像して、おかしくて笑ってしまった。
「行ってみたいのじゃ」
 はるちゃんは俺から新聞を奪い、食い入るように見つめている。
「行きたいと言ってもなぁ」
 こんな人ごみにはるちゃんと上総二人の常識外れを連れて行くのは、正直怖い。なにをやらかしてくれるのか分からないから。
「行きたいのじゃ、絶対に行きたいのじゃ」
「姫さま、睦貴が困っているではありませんか」
 と上総がフォローを入れてくれたが、はるちゃんは上総に新聞紙を押し付けている。
「上総っ、これじゃよ、これ!」
 最近ずっと広告を出しているらしい、見慣れた遊園地の写真。緑と自然をコンセプトにしたものという。メインはレールも木で作ったジェットコースター。建物も極力、木で作っている。
 ターゲット年齢は小学校に入るまでの子たちを主にしていると書かれている。入園料も安くしてリピーターを確保したいとも。だからジェットコースターと言っても、言い方は悪いが、子どもだましのようなものらしいのだ。
「ここは小さな子どもが行く場所であって、はるちゃんは行けないよ」
「行くのじゃ!」
 行くといって聞かないはるちゃんをどうやって説得しようかと悩んでいたら、入口が開き、だれかが入ってきた。たまにいるんだよな、看板もなにも出してないのに明かりがついているからと勝手に入ってくる人間が。
「さすがにこちらにいたか」
 朝に引き続き、珍しくも兄貴だった。
「秋孝、遊園地なのじゃ!」
 はるちゃんは新聞を広げて兄貴に見せ付けている。兄貴はそれを一瞥して、
「行きたいのか?」
 兄貴は目を細め、はるちゃんの目の高さにあわせて腰を低くして聞いている。こう見えても兄貴は二人の子持ちだ。扱いが上手いな、と変なところに関心してしまった。
「行きたいのじゃ! なのに睦貴は駄目だと」
 兄貴ははるちゃんから俺に視線を移す。俺は困った表情をして返事とした。
「いいよ。ちょうど明日、マスコミ向けに開けるから、遊んでみて」
 マジかよ!
「秋孝は話がよくわかるのじゃ」
 はるちゃんはそれはもう、勝ち誇ったかのように飛び跳ねて喜んでいる。マスコミがいる、というのはかなり危険なような気がしたけど、一般客に混ざるよりはまし、なんだろうか。
「ただし、睦貴を困らせないこと、危ないことはしないこと。これだけは守ってくれよ」
 兄貴ははるちゃんにそういい、小指を出す。
「それはなんじゃ?」
「指きりだよ。ようするに、契約だ」
「こちらでは不思議なことをするんじゃな」
 はるちゃんは兄貴を真似して小指を出す。兄貴はその指に小指を絡めてお約束の歌を歌い、小指を離した。
「これでオレとの契約は完了だ」
「はりせんぼんというのはなんじゃ」
 兄貴は待合室の本棚に歩いていき、海の生物というタイトルの図鑑を手にとって開く。
「これだよ」
 ふぐのように身体を膨らませ、とげを持った生き物を見せると、はるちゃんは顔をしかめた。
「こんなもの、丸呑みできるわけないだろう。とげが痛い」
「そう。飲みたくないだろう? だから、睦貴が困ることはしない、危ないことはしない」
 はるちゃんはじっとはりせんぼんをにらみつけ、口をへの字に結び、
「わかったのじゃ」
 とつぶやいた。兄貴ははるちゃんの頭を優しくなで、俺に封筒を渡してきた。
「明日のチケットだ」
 もしかしなくても、これを渡すためにきてくれたのか?
「ありがとう」
 そういえば、遊園地なんて行ったことがないな、とチケットを渡されて気が付いた。
「楽しんでこいよ」
 兄貴は俺の髪の毛をぐちゃぐちゃにかきまわした。猫っ毛だからやめてくれよ!
 兄貴は満足したような表情で一瞥して、はるちゃんの頭をもう一度なでている。髪の毛を直しながら、兄貴とはるちゃんの会話を聞く。
「その服、似合っているな」
 薄い黄色の長袖のTシャツにひざ上の黒いスカート。
「これはな、睦貴が決めてくれたのじゃ」
 はるちゃんはTシャツの裾を引っ張って自慢げに兄貴に言っている。
「そうだ、兄貴。深町さん、服を持ってきすぎだよ。さすがにあんなにうちに入らない」
「分かった。残りの服はどこに置いている」
「部屋隣のマルチスペースに置いている。後から回収にくると深町さんが言っていた」
 分かった、というと兄貴ははるちゃんにまたなと一言言って、診療所を出て行った。
「明日は遊園地じゃ。どの服を着て行こうかな」
 と明日の心配を早速始めた。ため息をついて上総を見ると、じっと新聞を見ていた。もしかしてずっと見ていた?
「上総?」
 名前を呼んでも反応しないので、もう一度呼んでみた。それでも動かないので、肩をたたくと飛び上がって驚いている。
「上総、どうした?」
「……なんでもないです」
 なんでもない、という割には気のせいか、ものすごく青い顔をしているような気がする。
「睦貴、部屋に戻るのじゃ」
 大はしゃぎのはるちゃんに半ば強引に診療所を閉めさせられ、部屋へと戻った。
 部屋に戻るなり、はるちゃんはウォークインクローゼットの中にかけ込んだ。どうやら明日着て行く服を今から決めるらしい。思わず苦笑してしまう。
 上総はというと、遊園地の記事を何度も読み返している。それほど有用な情報は載っていないんだがなぁ。
 いつもより早く部屋に戻ってしまったので、特にすることがなくなってしまった。リビングでテレビでも見るか。置いてあるものの、基本はあまりテレビは見ない。ゲームは好きなんだが、やり始めると寝食を忘れて没頭してしまうので、封印している。ここに引っ越してきた頃、うるさくいう人がいないという開放感から金曜日の夜からゲームを始めて、気がついたら火曜日だった、ということをやらかしてしまったことがある。その時は大騒ぎになったな、そういえば。だれかに見つけてもらえなかったら、もしかしたら餓死していたかもしれない。今思い出しても、われながら馬鹿としか言えない。これがきっかけで、連城家との交流が始まった。
 そんな昔を思い出しながら、テレビを付ける。上総はダイニングのテーブルに座ってこれで何度目になるのか分からない遊園地の記事を読んでいる。
 リモコンでチャンネルを変え、ニュース番組に合わせる。真面目な表情をした女性キャスターがよどみなくニュースを読みあげている。上総が椅子から立ち上がった気配がした。
「睦貴、それはなんだ」
「なにってテレビだよ」
 上総は遠巻きにテレビを見ているようだ。上総たちのいた世界にはテレビなんてものはないんだろうな。
「どうしてその薄っぺらいものから絵が見えて音がするのだ。そいつらはどこにいるんだ」
 上総はテレビとの間合いを一気に縮め、画面を突っつき、背後に回って見ている。
「どこから音がする? どこに人が入っているんだ」
 別世界から来た人間のお約束の反応か。本当にこういう反応をするんだ。
 しかし、テレビを説明するのって難しいな。生まれた時から当たり前にあるものを説明しようと思ったら、どう説明すれば分かってもらえるのか、ものすごく悩んでしまう。そもそもが電気の存在だって分からないよな。
「これはその……」
 なんと説明すればいいのか悩んでいるうちに、上総はテレビを叩き始めた。昔のブラウン管のテレビと違って、今は液晶型だから倒れるって。
「上総、叩くのはやめろ。壊れる」
 口で言ったところで止まるわけがないのが分かっていたので、ソファから立ち上がり、上総を羽交い絞めする。
「説明するから落ち着け」
「この中に閉じ込められている人たちを助けなければ」
 テレビ画面には今日の特集ということでどこかの国の難民たちが映し出されていた。
「上総、落ち着け」
「これが落ち着いていられるか!」
 軟弱な俺だから、上総が本気で抗ったら飛ばされる。だけど必死になって止め、テレビを消した。室内は急に静かになる。
「消えた」
 上総が力を抜いたことで重みがかかり、つられてつんのめる。あわてて上総を離した。
「これはテレビと言って、遠く離れた音と映像を受信する機械なんだ」
 これで分かるだろうかと思って上総を見たら、眉間にしわを寄せて俺の言葉を反芻している。
「音は分かるが……映像とは? 機械とは?」
 やっぱり、分からなかったか。
「この世界には目に見えない電波が飛んでいるんだ。それを受け取って俺たちが分かるように見せてくれるのがテレビなんだ」
「電波とはなんだ」
 聞かれると思ったよ。
「電波というのは、荒っぽい言い方をすれば、光の一種だよ」
 ものすごく荒っぽい説明だけど、電波というのは赤外線よりも周波数が低いものをいうらしいから、あながち間違ってはいないだろう。
「音と動く絵が飛んでくるからそれをこれで受け取って表示させているだけだ」
 上総は今の俺のこの大雑把な説明で分かったようだ。
「もう一度見せてくれ」
 と言われたので、再度、テレビを付けた。先ほどの特集はすでに終わっていて、コマーシャルのキャッチーな曲が聞こえてきた。
「不思議なものだな」
 上総は液晶画面を触り、後ろに回ってのぞきこんでもいる。種も仕掛けもありますが、その仕掛けは中にあるのですよ、と心の中で突っ込みを入れておく。
 上総は俺がいた場所に座り、テレビ画面を食い入るように見ている。
「睦貴、これはなんだ」
 カップラーメンのコマーシャルに上総は食いついている。お湯を入れて少し待てば食べられる物だと説明すると、感心した声をあげた。
「なんと便利なのだ」
 上総たちから見れば、俺たちのこの世界はとても便利なものなのだろう。その場に行かなくても映像を見ることができるし、お湯だけでラーメンはできる。
 しかし、ふと考えることがある。俺たちはこんなに急いでどこに行こうとしているのだろうか、と。日々、新しい物が生まれ、その陰で死んで逝く物もある。加速された時間は滅びへの超特急のような気がしてならない。
「便利なことはいいことだが、俺たちはなにか大切な物を忘れてしまったようだ」
 とはいっても、それがなにだったのか分からないし、昔のような暮らしに戻れと言われても、戻ることができないのは目に見えている。
「いいことばかりではないよ」
 明日行く予定の遊園地のテーマは「ナチュラル」。内部は自然の多い場所を利用して、極力手を付けない方向でいるらしい。雨の日にも対応できるように屋内で遊ぶ場所もそれなりにあるようだ。
 隣の部屋の音が静かになり、少ししてはるちゃんがリビングへやってきた。
「決まったのか」
「決まったのじゃ」
 満足そうな表情ではるちゃんは部屋に入ってきて、やはりテレビで視線が止まった。
「それはなんじゃ? なんでぺらぺらの人間が枠の中で動いているんだ」
 表現は違うが、反応が上総と一緒で笑った。
 そういえば、この二人がここに来てから俺はよく笑っているような気がする。
 はるちゃんに分かるように説明すると、やっぱりテレビの後ろをのぞきこんでいる。いやだから、なんで上総と同じ行動を取る?
「不思議なのじゃ」
 言われてみれば、ほんと不思議な仕組みだと思うよ。周りにあるものに対して、そこに存在するからあるのが当たり前だと思っているので、改めてそう言われると妙に新鮮な見方ができる。二人の存在は、俺にとって世界の再認識をさせてくれる貴重な存在なのかもしれない。







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