【六話】いざ、遊園地へ!《後編》

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 エンジンをかけ、車を発進させると、はるちゃんはものすごくはしゃいだ。
 高速道路を通り、走らせること約一時間。ラッキーなことに渋滞に巻き込まれずにたどり着くことができた。
 遊園地に近づくにつれ、緑が濃くなってくる。遊園地というよりは緑あふれる公園といった印象だ。遠目から観覧車が見えた。駐車場に車を止め、荷物を持って入場門へと行くと、すでに受付を開始していた。俺は蓮さんからチケットを受け取り、まとめて受付を済ませた。
 それぞれに首から下げるカードケースを渡された。施設を使用する際、これを提示するようになっているらしい。
 園内の地図を受け取り、ゲートをくぐって中へと入る。
 地図を見ると、思っている以上に広いらしい。これを歩いて回るのは結構大変だな、と思っていたら、目の前に園内を定期的に走っている電車のように長い車が止まっていた。
「間もなく発車でーす」
 というので俺たちはあわてて乗り込んだ。
 さすがプレスリリース、乗っている人が俺たちだけという貸切状態。広い園内をゆっくりと移動しながらエリアごとの説明も入れてくれる。これはありがたい。
 その説明によると、入口入ってすぐの場所が遊園地エリア。小さな子どもでも遊べるような「子どもだまし」なものが多いので大人にはちょっと物足りないかも、ということだった。確かにそうかも。これでここの運営費の元が取れるのかなぁ。しかし、その心配もどうやら無用のようだった。ここは遊園地、と名前はつくものの、そういった乗り物だけではなくてキャンプ場にバーベキュー、さらには釣り堀もある。学校などの団体客にも対応しているという。
 入口から一番遠いところで俺たちは降りることにした。
 このエリアはバーベキューができる場所に近い。前もって予約をしていればどうやら今日でもバーベキューを楽しめたらしい。普段も事前予約が必要だが、手ぶらで来ても困ることはないという。
「ここは緑が多くて落ち着くのじゃ」
 はるちゃんは深呼吸をして喜んでいる。
 マンションがある場所は緑がないもんな。近くは駅だから窓を開けると結構にぎやかだし。
「わらわはここに住むのじゃ」
 えええ、ちょっと待て。ここが気に入ったのは分かった。分かったが……。あ、いや、好都合なのか?
 最初はあんなに追い出したくて仕方がなかったのに、いなくなるかもしれないと思ったら急にさみしくなってしまった。そのうちはるちゃんと上総は元の世界に戻ってしまうのだ。
 二人が来てからそれほど時間は経っていないのに、いるのが当たり前に感じてしまっている。俺ってこんなにさみしがり屋だったのか? 自分の気持ちが信じられなくて、戸惑った。
「睦貴、ここからの眺めがいいぞ」
 はるちゃんに呼ばれて見ると、高見櫓があった。梯子を登ってみると、全体が見えた。こうやって上から見るとここの敷地がどこからどこまでなのかよく分からない。
「あっちに広場があるよ」
 同じように櫓に登っていた文緒はもう少し奥を指さした。かなり広いので、バドミントンなどを持ってきて遊ぶのも楽しいかもしれない。
「テニスもできるんだ」
 コートが三面ほど見える。
 俺たちは一通り見て、協議の結果、広場に行ってみることにした。
 山の麓を利用しているここは、あまり手を入れないといっているだけあってあまり遊園地に来ているという感覚がない。だけど、さりげなく整備はされていて、歩きやすくなっている。生えている木を切ることなく、少し遠回りにはなっても道が付けられている。この中をデザインした人、すごいなぁ。このさりげなさって意外に難しいぞ。
 うっそうとした木々の間を歩いていると、はるちゃんがいきなり止まれ、と鋭い声で俺たちを制した。上総も俺たちの前に出て来て、はるちゃんを守るかのように警戒している。その手にはどこに隠し持っていたのか、あの例の錫杖のようなものが握られている。
 次の瞬間、乾いた音が足元で鳴った。それを合図にしたかのように、次から次へと足元で音が鳴る。しかし、それは威嚇のようで、だれ一人として当たっていないようだ。
 そう思っていたら、頭上からなにかが降ってきた。こつん、とおでこに当たった。かなり痛い。だれかのいたずらかと思ったのだが、俺たち以外の人間に出会わなかったし、そもそもがそんなことしてなにが楽しいんだ? 愉快犯?
「出てこいっ!」
 上総は声を張り上げて周りに叫ぶが、返答はない。
 上から降ってくるなにかはますます数が増え、頭のてっぺんに落ちてきたものはものすっごく痛い。あわてて頭を振ると地面に落ちた。それを見ると……。
「栗のイガ?」
 いや、ちょっと待ってくれ。栗のイガって冗談抜きで痛いんだ。これが上から降ってくるって、なんの嫌がらせだよっ!
「いたたたっ」
 俺だけではなく、他の人の頭上にもイガは降っているようだ。悲鳴が聞こえる。
 なにか頭を保護するものは……と。念のために持ってきていたジャケットを頭からかぶって保護する。蓮さんと奈津美さんも同じようにかぶってガードしている。
「ちょっと、痛いってっ!」
 文緒は持っていないようで、一人で悲鳴をあげているので俺は駆け寄り、懐に入れて守る。
「ありがとう、助かった」
 安堵の笑みを浮かべて文緒に見上げられ、自分の鼓動が妙に高鳴るのを感じる。ふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐる。
 はるちゃんにこんなに近寄られてもなんとも思わなかったのに、文緒の急接近は心臓に悪い。妹のはずなのに、これはいくらなんでもまずすぎだろう。
 そのドキドキは、はるちゃんの声で吹っ飛んだ。
「この者たちは関係ない。用があるのはわらわにだろう」
 凛とした声。はるちゃんの周りだけ急に張りつめた空気が漂う。
 はるちゃんの口からまたもやあの不思議な旋律が奏でられる。それに呼応するように、風がないのに周りの木々がざわめいている。そのざわめきはだんだんと強くなり、台風の時のような強風になる。俺たちは立っていられなくなり、地面へしゃがみこんだ。降り注いでいた栗のイガは止まったが、地面に落ちたイガが飛んできて身体にあたる。痛いって!
 文緒にイガが当たらないように俺が壁になるようにかばい、かぶっていたジャケットを羽織る。枝は激しく上下に振れ、木の上にいたと思われるなにかが地面へと複数、落ちてきた。地面に落ちてきたものを見て、目を疑った。こんなところに野生の猿なんているのか? ここのあたり、確かに自然が多いけど、猿って自然繁殖していたっけ?
「おまえたちはやはり、碧陽の手の者か」
 上総の問いかけに猿たちは甲高い声をあげている。
「失せろ」
 上総が錫杖のようなものを振り、金属音をさせると、猿たちは耳障りな不快な声をあげ、飛びかかってきた。近くにいた一匹が俺めがけて飛んできた。俺は立ちあがり、足を蹴りあげた。しかし猿は思っているよりも動きが早いようで、俺の蹴りは宙を切っただけだった。やばい、明らかに運動不足。前だったら確実に今の蹴りは決まっていたはずだ。
 ふと文緒を見ると、こちらも猿に襲われている。助けなければと思ったのだが、先ほど蹴りをお見舞いできなかったヤツが体制を立て直してこちらに飛びかかってきている。助けなければと焦るのだが、自分もまずい状況だ。悪いが自分でピンチを切り抜けて……って。
 俺は今、なにか幻でも見たのか?
 文緒は猿の腕を捕まえるとそれはきれいな一本背負いをかましてくれた。猿は容赦なく地面にたたきつけられた。
「睦貴先生!」
 文緒は俺のところに駆けて来て、爪を振り上げて引っ掻こうとしている猿を捕まえて、今度は背負い投げをした。なんか俺、ものすごく情けなくないか?
 蓮さんを見ると、柔道をしているというだけあってこちらも問題ないようだ。文彰も自力で切り抜けている。奈津美さんは手に持ったジャケットで猿を振り払っている。
 俺一人、役立たず? あっという間に猿たちは地面に沈んでしまった。
「この猿は、いったいなに?」
 ほっとするのもつかの間、木々の向こうから低い唸り声が聞こえる。次から次になに?
 枯れ葉の上を歩く乾いた音がして、現れたのは茶色のツンツン髪の男と赤毛の男。
「姉崎(あねがさき)と桜井!」
 上総の驚いた声。二人の男の後ろには、数えられないほどの犬たちが牙をむいてこちらを見ている。
「おまえたち、どうして」
 はるちゃんのかすれた声。上総は青ざめた表情で二人の男を凝視している。
「さあ、王の証をこちらに渡してください」
「駄目じゃ」
 はるちゃんは強く首を振り、拒否している。
「それでは仕方がありませんね」
 茶髪の男は片口角をあげ、右腕を天へと向けた。それを合図に、二人の後ろにいた犬たちは唸り声をあげて飛びかかってきた。
「やめろ、この者たちは関係ないっ!」
「関係ないことない。おまえたち謀反人をかばったのだ」
 謀反人? 穏やかな言葉じゃないな。
「わらわたちは謀反など起こしておらぬ!」
 悲痛な表情ではるちゃんは叫ぶが、犬たちは容赦なく襲ってくるので俺たちは対処に追われた。しかし、さっきの猿といい、いくら俺たちに牙をむいて襲ってくるとはいえ、蹴るだとか殴るなんて、心が痛む。俺は手に持ったジャケットで犬たちを振り払うだけにしておいた。獣医として、動物たちを傷つけたくない。
「姉崎、桜井、やめるのじゃ!」
 はるちゃんの声に二人の男は少し躊躇したようだ。
「わらわたちはなにも知らぬ! 謀反とはなんじゃ」
「とぼけるなっ! 柳姫(りゅうき)さまを葬ったのはおまえたちだろう!」
「な……んじゃと?」
 はるちゃんは急に止まり、地面を見つめている。犬たちはチャンスとばかりにはるちゃんにかみつく。
「姫さま!」
 上総は錫杖のようなものを振りまわし、はるちゃんの元へと近づこうとするのだが、とんでもない数の犬がいるため、遅々として進まない。
「母上が……」
 はるちゃんは手足を噛みつかれ、痛いはずなのにそれさえ気が付いていないようだ。身体から力が抜けたのか、地面へとひざまずき、うずくまる。
「はるちゃん!」
 一番最初に見た、血まみれのタオルにくるまった黒い犬が目の前によぎった。あの時、もう駄目だと思ったのだ。しかし、それは単に返り血だったらしくて安心したのを思い出した。このままではあの血がはるちゃんのものになってしまう。
 俺はがむしゃらにはるちゃんへと向かうのだが、犬たちは次から次へとやってくる。一体、何匹いるんだよ、これ。
 どうすればこの状況を打破できるのか考えるのだが、まったくいい考えが思い浮かばない。はるちゃんを見ると、犬たちに乗りかかられ、見えなくなっている。犬の山が出来上がっている。あんなにちっちゃいのに、あれだとつぶされてしまうよ。上総も必死になっているのだが、まったくたどり着けていない。
「はるちゃん!」
 俺は声の限り、叫ぶ。
 はるちゃんと上総の二人が元の世界に帰って会えなくなるのも悲しいけど、それでも生きている。だけどこのままでいけば、永遠の別れになってしまう。
「やめろっ! 姫青!」
 俺はあらん限りの力を振り絞って声をあげた。
「姫青、ここで永遠のお別れなんてやめてくれよ!」
 涙が溢れそうになってきた。
 今までの人生、なにごともあるがまま、なされるがままに受け入れてきた。出会いがあるから別れもあると諦めていた。いつか別れなくてはならない日が来るのが分かっていたから、だれとも距離を置いて付き合ってきた。
 それでも、やっぱり「特別な存在」というのはできてくるもので、今まではそれは連城家の人たちだけだった。この人たちとは一生、付き合って行くものだと確信していた。なにがあっても、一度、道を分かれることがあってもまた同じ道を歩んでいけると思っていた。
 だけどその人たち以外でそういう人たちができるとは思っていなかった。
「姫青!」
 はるちゃんの名前をきちんと呼ぶのは初めてかもしれない。
 いきなり現れた変わった子だけど、俺の中ではいつの間にかとても大切な存在になっていたようだ。
 それには恋愛感情は伴っていなかったけど、なんと言えばいいのだろうか。例えは悪いが、人間と犬との関係と一緒だった。家族の一員。家族、と言えばべったりとはりついていた母しか知らないが、本来の家族へ抱く気持ちと同じだと思われる感情をはるちゃんに対して感じた。
 失いたくない。
 その一心で俺ははるちゃんの名を叫んだ。








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