【七話】風と共に走れって準備運動くらいさせろよ!《後編》

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     *     *

 俺たちはのんびりと園内を歩いて回ることにした。寝ている上総を起こし、移動する。今いる場所から西側に向かうと、大きな池にたどり着いた。
「釣り堀もあるのか」
 受付に行ってパスを見せると数回分の餌と竿を貸してくれた。俺たちは等間隔に並び、池に糸を垂らす。
「なにが釣れるんだろうね」
 わくわくと待っていると、最初にはるちゃんの竿に変化が。
「きたっ!」
 と上げるが、針の先にはなにもかかっておらず。餌だけ食べて逃げられたか?
 次に文緒。小さな魚が掛かっていて、かわいそうだからと池に戻していた。蓮さんも奈津美さんも上総もなにか釣っていた。しかし、いつまでたっても俺のところにはかからない。なんだか俺の人生そのものを表しているようで、切なくなってきた。と思ったら、腕にものすごく強い力を感じた。
「おっ、大物きた?」
 必死になって竿を引くのだが、向こうも負けていられないとばかりに俺を引きずりこみそうになる。隣にいた文緒が自分の竿を投げ、あわてて俺を助けてくれるが、それでもやばい。はるちゃんも参戦してくれた。三人で必死になって竿を引き、ようやくこちら側に主導権が移り、もう少しというところで糸が切れてしまった。うーん、惜しい。
「釣りってその人の性格がなんとなくわかるよな」
 蓮さんがぼそりとつぶやいている。そこそこの大きさの何匹目かの魚をつり上げていた。
 はるちゃんは釣ったと思ったら釣れてなくて、文緒は釣ったら小さすぎて逃して、俺は大きすぎて向こうが逃げて行った、と。
 要するに、欲張りすぎたら魚だけではなくて大切な部分まで失う、と? 嫌な暗示だなぁ。
 姉崎と桜井は楽だからという理由で犬の姿になってのんきに寝そべっている。一応ここ、ペット連れ可。ただし、乗り物エリアの乗り物にはペット連れでは乗ることができない。
 糸が切れてしまったため、釣りが続行できないので残りの餌を他の人にあげて、俺は先に竿を返しに行った。竿を変えてあげますよ、と言われたが、俺は釣りが向かないようなのでいいと断わった。
 それにしても、ここはのんびりできていいところだ。かなり広いので、人がたくさん来てもそれほど気にならないかもしれない。
 ぼんやりと釣り堀受付から少し離れた場所で釣りをしているのを眺めていた。普段は仏頂面の文彰も笑顔だ。はるちゃんも手を叩いて褒めていて、文彰はものすごく照れている。
 文彰はきっと、はるちゃんに恋心を抱いている。彼女がこの世界の人間ではない上に人間ではないということも知っているというのに。結果が見えているので、見ていると辛くなる。それはきっと、文彰本人も分かっていると思う。一時の幸せでもいいのか。好き、という気持ちを心に抱けたというだけでもいいのかもしれない。
 全員の餌がなくなったようで、受付にみんながやってきた。魚は持って帰ってもいいと言われたけど、すでに池に全部返した後のようだった。
「釣りって初めてしたけど、楽しいね」
「文彰は魚を釣るのが上手だったのじゃ」
 はるちゃんの褒め言葉に文彰は真っ赤になっている。
 女の子を釣るのは上手そうじゃないけどな。
 遊園地エリアに到着して、まずはジェットコースターと文緒が言い張るので、そちらへ。
 レールも支柱も木製で、トロッコも木でできている。コースを見るとそれほど急激な感じではないので、子ども向けと言われているのに納得した。
 文緒ははるちゃんとともにさっさと乗ってしまった。蓮さんと奈津美さんも乗り、文彰は一人で乗った。仕方がなく上総と一緒に乗り込んだ。
 俺たちが乗りこむとすぐにスタートした。
 そういえば俺、遊園地に来るのが初めてだから当たり前だけど、ジェットコースターってはじめ……うわあああああっ!
 思ったよりスピードがあることに驚き、前にある手すりをつかむというより半ばしがみつくような形になる。こんなもののどこがおもしろいんだ? 早く降りたい。隣の上総を見ると、やはり俺と同じようだ。青い顔をして、しがみついている。
「これはなんなのだ」
「ジェットコースター」
 一番前に乗っている文緒とはるちゃんは両手を離してはしゃいでいる。なんで怖くないんだよ、おまえたちっ!
 トロッコやレールの木がきしむ音が恐怖心をあおる。どうしようこれ、壊れたら。
 坂道を上りきり、頂上に達したところで一瞬、止まった。
 次の瞬間。身体は宙に浮き、地球の重力に引かれるように下へと落ちる。ひゃあ、なんだこの浮遊感。気持ちが悪すぎる。
 前からは黄色い歓声が聞こえる。信じらんねぇ。俺はここで降りたい。
「おっ、降ろしてく……ぐげっ」
 隣の上総は言葉の途中で変な声をあげた。舌でも噛んだか?
 耳を切る風の音。正面から受ける風。聞こえてくるきしむ音。ようやくスピードが落ちて平面にやってきたかと思ったら、とどめと言わんばかりにコースはぐるりと回転する。遠心力で外に振り落とされるような感覚に、俺の体力はゼロになった。
 ぐったりと前の背もたれと手すりにしがみつくようにして、スタート地点へと戻ってきた。
「楽しかったー!」
 本当に楽しそうな声が聞こえる。おじさん、ぐったりです。しばらく動けません。
「睦貴先生、大丈夫?」
「なんじゃ、睦貴に上総。だらしないのぉ」
 だらしなくてもいい。俺もう、ジェットコースターには乗らない! なんだよこれ、聞いてないよ。ものすごい怖いじゃないか。これのどこが子ども向けだっ!
 係の人に助けられ、俺と上総はどうにか降りることができた。
「次はコーヒーカップ!」
 なんだそれは。
 乗る場所に行き、コーヒーカップの形をしたものが何個か置かれていた。やはりこれも、木でできているという。複数人で乗れるというので、三人と四人に別れた。
「この真ん中のはなんじゃ?」
「動きだしてから回すと面白いよ」
 文緒は含みのある笑みを浮かべている。嫌な予感。
 ブザーの音の後に軽快な音楽。モーター音が聞こえ、動き始めた。地面の上をカップが動くだけの物のようだ。ジェットコースターの恐怖にびくびくしていたが、これなら余裕だ。
 しかし、ほっとしたのはつかの間。
「姫青、これを回してごらんよ」
 文緒は楽しそうな表情ではるちゃんに真ん中にあるハンドルのようなものを回すように促した。はるちゃんは素直にそれを回すと。
「!」
 身体が急激に左へと引っ張られる感覚がする。
「今のはなんじゃ?」
「もっと回してみて」
 文緒の声に、はるちゃんはハンドルを回転させる。それに合わせて身体が回転する。
「これは面白い!」
 はるちゃんはハンドルを握るとすごい勢いで回し始めた。ちょーっと待て! なんだ、このメルヘンな見た目の割に激しい乗り物は。
「やめてくれ、気持ちが悪くなる」
 回すのをやめるようにお願いしたのだが、はるちゃんはどんどん回転を早める。勘弁してくれ、吐きそうになるって。
 はるちゃんは結局、コーヒーカップが動いている間ずっと、ハンドルを回し続けた。
「これも面白かったな」
 はるちゃんと文緒は平気な顔をして、終わると同時に降りて行った。俺と上総は立ちあがりたくてもめまいがして無理だ。今回も係の人にお願いして、どうにか降りることができた。遊園地とはこうも危険なところだったのか。
 二人は手を繋いで、メリーゴーランドにも乗っていた。上総と二人、ベンチで伸びていた。
「もう、情けないなぁ」
 文緒は俺の腕を引っ張って観覧車に乗ろうと言ってきた。はるちゃんがわらわも一緒に! と言っていたが、残念ながら二人乗りらしく、はるちゃんは文彰と乗ることになったようだ。蓮さんはもちろん、奈津美さんと乗っている。上総はダウンしてしまい、ここで姉崎と桜井と一緒に待っているという。
 文緒と一緒に観覧車に乗りこむ。後ろははるちゃんと文彰。その後ろに蓮さんと奈津美さん。
 この観覧車はさすがにフレームの部分は金属でできているが、ゴンドラは木でできている。中に入ると木のいい匂いがしている。下を見ると、観覧車の中ではしゃいでいるはるちゃんが見えた。それを文彰がたしなめている。
 椅子に座り、文緒と向き合うと、妙に恥ずかしい。
「今日は楽しかったね」
 少し上ずった声に文緒を見た。少し顔が赤い。
「実は俺、遊園地は初めてなんだ」
「うわぁ、じゃあ、今日は初体験だね!」
 初体験、と言われて、そういう意味じゃないとは分かっていても、ついそちらに妄想してしまうのはおっさんだからだ、許してくれ。
 観覧車はゆっくりと回っている。窓からはオレンジ色の光が差し込んできている。思ったより遊んでいたようで、すっかり夕方だ。
「夕日がきれいだね」
「うん」
「私、きっとこの日を忘れない」
 文緒の大きく息を吸い込む音に、俺は視線を向けた。
「あのね、睦貴先生」
 頬を赤く染めてはいるが、俺にまっすぐな視線を向けている。
「私、睦貴先生のことが──好きなの」
 時が止まった。木のきしむ音さえも聞こえない。
 今、なんて?
「ずっと……小さい時から、睦貴先生のこと、好きだったの」
 文緒の顔が赤いのは、夕日だけのせいじゃない。
 言われている意味が分からなくて、どう答えていいのか分からなくて、俺は文緒を見つめるしかなかった。
 静まり返った室内。木の匂いだけが鼻についた。






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