【八話】わがままか否かの分かれ目はどこなのだろうか《後編》

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 四人がいなくなった部屋。自分の気配以外、なにもない。こんなに広かったか、ここは。
 時計を見ると、文緒の学校が終わる時間に近かった。部屋に一人でいるのが辛くて、迎えに出てみることにした。たまに文緒に呼び出されて車で迎えに行くことはあったのだが、俺からすすんで行くのは初めてかもしれない。
 ぼんやりとしそうになる自分を叱責しながら文緒の通う学校まで向かう。なんとなく歩きたくて、徒歩で向かった。
 俺が通った高校は文緒が通っているここではなく、電車に乗った先の進学校だったので馴染みがない。公立高校だが、結構かわいい制服で男女ともにブレザーだ。俺は男子校だったので女の子が同じ教室にいるという状況は大変、たいっへん、うらやましい。いいなぁ、若い子の匂い。……いかん、変態思考に陥るところだった。
 終了のチャイムが鳴っている中、俺は高校の校門へと到着した。ちょうど今、授業が終わったらしい。
 高校を卒業してはや十数年。あの頃から俺は何一つ、成長していない。俺は椋野の家を出てからずっと、時が止まっている。身体は確実に年を取ってきているのに、中身はまったく成長していない。凍りついたままだ。
 校舎から出てきた高校生たちを眺めていると、不審者扱いされた。こんなご時世だから仕方が無いけど、歩いてきたのは失敗だったか?
「睦貴先生!」
 強面の先生に捕まり、校門の横で事情聴取をされていたところに文緒がやってきた。
「どうしたの?」
 俺がここにいることに驚いている文緒。先生は知り合いか、と文緒に聞いている。
「はい、同じマンションに住んでいます」
 そこでようやく、俺は解放された。かなり不審な目で見られていたけど。
 その反応が当たり前すぎて、文緒の想いを受け入れられないということに気がついた。
 はるちゃんが出ていったことがかなりのダメージになっていたところに、文緒の想いを受け入れるということはそれだけ世間の目は厳しいという事実を知り、ここが外ではなかったら当分、立ち直れなかった。
「お願いしてないのに迎えに来てくれるなんて珍しい。なにかあったの?」
 俺たちは並んでマンションに向かいながら話をしていた。
「姫青たちがいないけど、部屋に置いてきたの?」
 文緒の質問に、俺はどこから話せばいいのかなぜか躊躇った。
 私情を挟まずに文緒に事実のみを説明する。どうして止めなかったのかとか冷たいということを言われると覚悟はしていたのだが、無言だ。顔を見ると話しづらいからとずっと前を向いていたのだが、横を歩いていたはずの文緒がいない。慌てて振り返ると、立ち止まって無言で涙を流していた。
 なんと言えばいいのかわからなかった。文緒が小さかった頃のように抱きしめて背中を撫でて慰めてもいいのだろうか。昨日は危険な場面で抱きしめて腕の中でかばったが、文緒の想いを知ってしまった今、そんなことを不用意にできない。
 その判断がまずかった。
 どうすればいいのか戸惑っている間に、文緒の後ろから黒服を着た不審な男二人が現れ、俺が駆け寄る間もなく連れ去られてしまった。車で来ていなかったことも災いした。黒塗りのベンツに連れ込まれ、そのまま立ち去ってしまった。
「文緒!」
 必死になって車のナンバーを覚えようとしたが、巧妙に隠されていて、向こうは手馴れていることがわかった。追いかけたが、運動不足も祟り、車はあっという間に見えなくなってしまう。
「くそっ」
 地面に座り込み、何度も拳を打ち付けた。俺はなんと無力なんだろう。何一つ、できない。昔のほうがそれでもまだ、なにかしら出来ていたような気がする。
 はるちゃんたちが出ていくのを止めることができなかった。飼い犬に俺は見限られた情けない飼い主だ。
 文緒だって、迎えに行ったまではよかったものの、連れ去られるのを見ているだけだった。
 俺は傍観者でしかなかった。本当は中心にいたというのに、俺は自分とは無関係と遠巻きに見ているだけだった。はるちゃんたちが相談している時だって、首をつっこむなよおまえと怒られながらも話し合いに入るべきだったのだ。
 文緒のことにしても、周りの目がなんだというのだ。俺は文緒のことをどう思っている?
 素直になりきれず、極力関わりたくないという気持ちが強いばかりに、自分の気持を抑えて、偽って、気がつかない振りをしていた。自分が傷つかないようにと自分を守って、それが相手を傷つけることになっていたとしても、俺は自分がかわいくて自分を必死で守っていた。守るものなんてなにもない空っぽな箱なのに。自分の無力さが悔しくて、俺は地面をたたき続けた。
「睦貴っ!」
 腕を振り上げる気力がなくなってきた頃、名前を呼ばれた。その声で蓮さんと知り、なんと言えばいいのかいいのかわからず、地面に自分の拳を叩きつけた。
「なにしてるんだっ!」
 叩きつけた手を乱暴につかまれた。
「おまえは馬鹿か!」
 そう言って目の前に見せられた俺の手は、皮がむけて血が流れ、一部は血が固まってこびりつき、悲惨な状態になっていた。心の痛みに比べれば、これくらいは……。
 蓮さんは俺の手を容赦なくひねりあげ、傷口を見ている。
「こんなところで馬鹿なことしてないで、さっさと帰ってこい! おまえまでさらわれたのかと思って、椋野の家は大騒動だぞ」
 のろのろと視線をあげると、そこには思っていたよりも心配そうな表情をした蓮さんがいた。
「俺……」
「詳しい話は後だ。おまえが無事だった、それならそれでいい」
 なにが起こっているのかさっぱり分からなかったが、蓮さんたちは文緒がさらわれたのは知っているようだ。俺も現場に一緒にいたのもこの様子だとわかっているのだろう。大切な娘がさらわれたのに、蓮さんは冷静に見える。
 謝ったところで文緒が帰ってくるわけではない。わかったことは、ここで座り込んでいても事態は進まないということ。
 俺は今まで、なにをしていたのか。さっき、傍観者でいてはダメだと思ったばかりではないか。それなのに、動こうとしていない俺はどうなんだ。
 俺は立ち上がり、マンションへと向かった。蓮さんは無言で俺の少し後ろを歩いていた。

     *     *

 マンションへつき、自室へ行くと、兄貴が待っていた。
「無事だったんだな、よかった」
 そういうなり、兄貴は俺を抱きしめてきた。ぬくもりと匂いに、少し涙が出そうになった。
 兄貴とともに下の連城家へ。
 文彰は俺の顔を見るなり、殴りかかってきた。文彰は昔、奈津美さんと結婚する、と大泣きして、それは無理だと悟され、だったら文緒と結婚すると言って周囲を呆れさせるほど、マザコンでシスコンなのだ。マザコンは卒業したようなのだが、未だに重度のシスコンで、俺が文緒と話をしていると、ものすごい形相で睨み、距離が近づけば、蹴りがはいる。
 確かに文緒はかわいい。たまに女の人に間違われるような容姿の美人な蓮さんとかわいらしい奈津美さんのいいところだけをとって生まれてきました、という見た目の文緒。学校ではもてるのだろうが、そういえば食事の時の会話を聞く限りでは文緒はそういったことを一切、口にしない。その上、頭もいいらしく、いつも上位十番以内には入っているようだ。
 これだけできた姉を持てば、それ以上の人が現れないと、そちらにいけないよな。しかし、残念ながら血が繋がっているから、無理というものなんだよ、文彰。
 文彰は俺に殴りかかってきた。俺は避けるつもりはなかったのだが、兄貴が文彰の拳を受け止めた。
「なんで止めるんだよ!」
 文彰は憤りを俺にぶつけてくる。文彰が俺を殴ることで気が済むのなら、いくらでも殴ればいいと思っていたので、止めた兄貴を見た。
「殴ったら文緒が帰ってくるのか? それならばオレも一緒に殴る」
 って、おい、ちょっと待て。殴られてそれで文緒が帰ってくるのなら、俺だって、はい、よろこんで! そんなので帰ってくるわけがない。
 はるちゃんたちは俺たちが巻き込まれる前にと出て行ったばかりだ。それを嘲笑うかのように、何者かは文緒をさらっていった。このタイミング的に、はるちゃんたち関連だろう。
「姫青たちは?」
「俺たちに迷惑がかかるからと出て行った」
 ダイニングテーブルに座り、はるちゃんたちが出ていって文緒を迎えに行き、さらわれるまでの経緯を話した。兄貴はいつも文緒が座っている俺の右隣に座っている。
「姫青たちの考えは分かった」
 流れ的にこの場を仕切るのは兄貴。
「さきほど、蓮の携帯に電話が入った」
 蓮さんの携帯電話に?
「その前に、文緒が持っている携帯のGPSを追っていたんだが」
 え? そんなことしていたの?
「最近、物騒だからな。文緒も知っている。下校時間には、マンションにたどり着くまで追跡している」
 うわぁ、予想通りだけど、実はとっても心配症! でもまあ、仕方がないのかなぁ。
 蓮さんと奈津美さんの二人は、兄貴の側近だ。椋野と付き合いが深く、常にリスクを抱え込んでいる。ここのマンションに住んでいるのは、そういう危険も考えて、家賃は高いが、セキュリティがしっかりしていて俺が所有という身元がしっかりしているからだ。
「見ていたら、道をそれ、急激に移動速度が上がった」
 じゃあ、文緒が向かった先はGPSで追跡出来ている、ということか?
「向こうも文緒がそういった物を持っているのはわかっているのに、途中で処分をしていない。相手は馬鹿ではない。わかっていてわざと俺たちに場所を知らせてきている」
 なんだそれ。ものすごく嫌なヤツだな。
「向かった先は、どこなんだ」
 俺の質問に、文彰以外が苦しそうな、悲しそうな表情をした。嫌な予感。
「真理(しんり)だよ」
 兄貴はおもむろに口を開いた。
 真理、だって?
「真理って、深町さんの」
 三人はうなだれている。
 重枝真理(しげえだ しんり)。深町さんの父親・摂理(せつり)の双子の兄。冷徹で冷酷、非情な人、というのが俺たちの認識だ。
 俺たちは深町さんとは仲良くしているが、椋野と重枝の家は昔からものすごく仲が悪い。兄貴と深町さんが幼馴染ということでわがままな兄貴をコントロールできる深町さんが秘書をしているのだが、昔を知るお互いの家のものは、あまりいい顔をしない。
 そんな古いしがらみに囚われているなんて馬鹿らしい、と俺なんかは思うわけだが、真理のことを知って、そう思っても仕方がない部分もあるのかもしれない、と思っていたりする。
 まあ、深町さんも見た目はとてもとっつきやすそうなのに話すとひどい人だしなぁ。
「あいつは文緒の携帯を使って、連絡を取ってきたんだ」
 兄貴は悔しそうにテーブルを叩いた。湯のみが宙を舞う。
「姫青たちと文緒を交換と言ってきやがった」
 はるちゃんと文緒? なんであいつがはるちゃんのことを知っているんだ?
「文緒の安全は保証する、とは言ってきている。向こうには深町もいるから、そこは大丈夫だとは思うのだが」
 一刻も早く、はるちゃんを探し出さねばならないと兄貴は言う。取引するつもりはないが、向こうがもし、はるちゃんたちも捕まえたら、文緒は帰ってこないかもしれない。
「前からヤツは、文緒を狙っていたんだ」
 その言葉に、俺の目の前は真っ暗になった。





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