【十話】大団円……?《後編》

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「休める場所を提供してほしい」
 真理にそう申し入れると、意外そうな顔をされた。なんで?
「おまえはわたしを信用しているのか? このまま帰さないことだってできるのに」
「帰れないのは困るけど、そんなこと、しないだろ? 呼ばれたら俺、いつでも来るし?」
 俺のその言葉に文緒は眉をひそめ、真理ははじけたように笑い出した。
「馬鹿だ。おまえは本当に馬鹿だ」
「馬鹿はどちらだろうな」
 真理はずっと笑いながら俺たちに池のある庭園が見える和室を開放してくれた。といっても、もともとここに柳姫が寝泊りしていたらしい。すぐに布団が敷かれた。俺はワゴンの中から救急箱を持ってきて柳姫の傷口を見る。思っていたより、傷口の状態はいい。どうやら、すでに手当てはされた後のようだ。傷口を処置して、包帯を巻く。
「母上はどうなのじゃ」
 心配そうに覗き込むはるちゃんに大丈夫と告げると、安堵した表情をした。
「しかし、どうして母上はわらわの声を聞いて逃げようとしたのじゃろう」
 それは俺も聞きたい。
 柳姫の扱いをどうするか悩み、少し待ってみることにした。傷口はそれほど痛まなくなったのか、呼吸は穏やかだ。俺たちはこのまま柳姫を置いていくこともできず、しかし、蓮さんたちが心配しているから一刻も早く帰りたいという複雑な心境のまま、時間だけが過ぎていった。室内はずっと誰ひとりとして動かなかった。
 どれくらい経っただろうか。柳姫が身じろぎして、目を覚ましたようだ。少し寝たことで体力が回復したようで、人間の姿になった。
 白い浴衣を羽織った柳姫は、はるちゃんアダルトバージョンに似ていた。艶やかなストレートの長い黒髪が揺れる度にその音が耳に届く。
「この度は、姫青共々、あなたたちには大変ご迷惑をおかけしたようです」
 柳姫は顔をしかめつつも正座をして頭を下げようとしていた。俺は慌てて止めた。
「けが人はおとなしくしておけ。どうして逃げようとした?」
 俺の質問に柳姫は頬を赤く染め、困ったようにうつむいた。
「姫青に聞かれると困るような理由なのか?」
「睦貴、不用意にわらわの名前をきちんと呼ぶのではない」
 少し後ろに控えていたはるちゃんの声に俺は振り返る。幼女ではなく、美女になっている。
「どうやら、おぬしがわらわの名をきちんと呼ぶと、本来の姿に戻るようじゃ」
 そう言われてみると、確かに思い当たることがある。
「はるちゃんはどっちがいいんだ?」
「わらわは……」
 困ったように顔を背け、はるちゃんは部屋から出て行った。上総たち野郎三人ははるちゃんのあとを追いかける。
「あの、私も部屋を出ましょうか?」
 文緒は気配を察して、出ていこうとした。
「いえ。いてくださって結構です」
 文緒は部屋の隅から俺の横に移動してきた。
「聞いていただけますか」
 俺と文緒はうなずいた。
「新月の晩、いきなりあの人はわたくしたちの世界に現れました」
「あの人?」
 なんとなくだれのことを指しているのかは分かったが、どうやってこちらから向こうに行ったのだ?
「あの人はわたくしがほしいと……わたくしはあの人のまとう闇に恐怖し、拒否しました。あの人は悲しそうな表情をして、その時は帰っていきました。それがいけなかったのでしょうか。次の新月になり、またあの人はやってきて、わたくしたちの世界を壊して、そしてわたくしは強引にこちらの世界へと連れてこられてしまいました」
 聞いていた話となんか違うんだが?
「あの人は、わたくしがあちらの世界に縛られていると、だから壊して未練がなくなればこちらに来られると思ったようです」
「俺が聞いたのは、はるちゃんの弟の碧陽がはるちゃんをいきなり襲ったと」
 柳姫は俺の言葉に目を見開き、大きく首を横に振った。
「碧陽は、そんなことができる子ではありません。あの子は……あの子は!」
 柳姫はうつむき、唇をかみしめた。
「あの子は、わたくしをかばって!」
 聞いていた話とは違うんだが、どうなってるの?
「わたくしは、息子に手をかけたあの人を……気がついたら、好きになっていたんです」
 はいっ?
「あの人は、わたくしを元の世界に戻そうとしました。姫青を呼び、この庭に架かる橋から戻れと言われたのです」
 えーっと、ドウイウコトデスカ?
「あの人はあんなにわたくしを欲したのに、わたくしが興味を示したら要らないと」
「そうではない」
 ふすまがいきなり開き、真理が入ってきた。
「おまえのその弱った身体ではこちらの世界の空気は毒だ。戻り、傷を癒してから」
「嫌です」
 柳姫は真理が最後まで言う前にきっぱりと断った。
「わたくしはもう、あちらの世界には戻りません」
 えーっと、ちょっと待ってくれよ。それって……色々とまずくない?
「あなたのことを愛してしまったのです」
「とりあえず、傷を治してから冷静になって考えた方がいいと思うんだ」
「いいえ、わたくしは冷静です」
 どう考えても冷静じゃないだろ、それ。
「あの……柳姫さんがこのままこちらに残ったとしても、姫青は困るし、それにその傷が治らなくてもしものことがあったら、真理……さんが悲しむと思います」
 文緒は俺の背中に隠れながらもきちんと意見を述べた。俺も同じことを言おうとしていた。
「わたしはたまたま新月の夜にあの橋を渡り、柳姫たちのいる世界にたどり着いた。そこで初めて柳姫を見て、どうしても手にいれたくなった。最初、嫌がられ、それはいつものことだからと諦めようとした。だが、諦められなかった」
 真理さま、あなたはいつも諦めが悪いですよね? 文緒にはるちゃんにさらには柳姫まで? 実は気が多いヤツだったんだな。
「だから、あちらに戻って傷を治して、元気になってから……こちらに来てほしいなんて、都合がいいだろうか」
 柳姫はじっと真理を見つめている。
「それにわたしもついていって……いいだろうか」
 え? ついていく? ちょっとおっさん、いや、俺もおっさんだが、会社はどうするんだよ?
「柳姫、君を得られるのなら、すべてを捨ててもいいとさえ思う」
「いえ、それはいけません。わたくしは息子を犠牲にしてまで生き延びてしまった者。このまま朽ち果ててしまった方がいいのです」
「それは違うのじゃ!」
 はるちゃんはずっとふすまの向こうで聞いていたのか、いいタイミングで明け放って部屋に入ってきた。
「碧陽は死んでいない! わらわは碧陽を信じていた。そこの真理という男が母上を欲して国を滅ぼされかけたのも聞いた。真理は許されない。しかし、わらわもその好きという気持ちはよくわかるのじゃ」
 はるちゃんはそこで一度言葉を区切り、大きく息を吸い、言葉を吐きだした。
「真理は身を粉にしてわらわたちの国の再建に貢献してくれるじゃろう。母上も傷を癒して、落ち着いたらまたこちらに来るなりあちらの世界でずっと暮らすなりすればいいではないか」
 はるちゃんは大きな黒い瞳で真理をじっと見る。真理は少し戸惑ったものの、うなずいた。
「分かった。責任を取るとしよう」
 責任を取るってその、うわぁ、なんというか、その、すごくないか?
「睦貴、わたしが戻ってきたら、さし飲みしよう」
「ああ、いいぜ。いつでも歓迎する。……俺、下戸だけど」
「偶然だな。わたしも飲めない」
 なんだと?
「ノンアルコールカクテルで乾杯だな」
 うわぁ、なんか情けないような気もするけど、まあ、それでもいいか。
 やっぱり真理と俺、似てるのかもしれない。
「じゃあ、こいつらまとめておいていくわ」
「なんじゃと? わらわもここにか?」
「俺がいうのもなんだけど、母親孝行しておけよ。姫青、またな」
 はるちゃんの頬に軽く唇を触れた。真っ赤に染まったはるちゃんはリンゴのようだった。

 俺は文緒だけを連れて、ワゴンへと戻った。
「睦貴先生」
 文緒の少し責めるような声。
「先生、は卒業してくれないか」
「だって、先生は先生でしょ?」
 今まではなんちゃってだったけどな。でも、文緒が先生というのなら、俺も今さらだけど本物の先生になるかな。
「そうだな。診療所、真面目にやることにするよ。文緒との将来のために」
「え……?」
 文緒は目を丸くして、俺を見ている。
「俺も文緒のこと、好きだよ。ニートを卒業して、きちんと働いて、蓮さんと奈津美さんに認められる男になったら、改めてプロポーズするよ」
 ちょっといきなりすぎたかな、と思ったけど、文緒を見ると、瞳がうるんでいる。
「私、睦貴先生に……」
「だから、先生はなし。睦貴でいいから」
「む……睦貴に嫌われたと思ってた」
「嫌う? どうして?」
 俺は文緒のこと、嫌いになんてなったことないんだが。
「私、年下だし、色気ないし、姫青みたいなあんな艶のある大人の女が好きなのかと」
「逆に聞くが、俺みたいなニートでヘタレなおっさんのどこがいいんだ?」
 ああ、自分で言っておきながらなんだが、痛い。
「うーん、改めて聞かれると分からないな。どこがいいんだろうね?」
 うわぁ、それはひどい!
「色々あるけど、教えてあげない!」
 文緒は面白そうに笑っている。
「じゃあ、私の好きなところは?」
 そう聞かれると思った。
「全部」
 そう、全部。嫌なところもいいところも全部含めて文緒という人間が好きなのだ。
「それって答えになってないよ」
「なってるよ」
 俺は文緒を抱き寄せた。ものすごくドキドキする。文緒の瞳を見つめ、その唇に軽く触れるようなキスをした。

     *     *

 それからはるちゃんたちは真理とともに元の世界に帰ったらしい。

 改めて食べに来る、と言っていた兄貴が今日は連城家に来ていた。ずっと気になっていたという事の顛末を聞き、ため息とともに言葉を吐き出した。
「真理は引退したって?」
「引退というか、活動休止と言っていたが、よく意味が分からないんだ」
 そもそも、真理はどんな仕事をしていたんだ? 俺はてっきり、会社でも経営しているとばかり思っていたんだが。
「あいつは嫌なヤツだが、なかなかいいデザインをしてくれたんだ。椋野と重枝のわだかまりを解くためにまた仕事を頼もうと思っていたのに、残念だ」
 デザイン……? あの人、デザイナーだったのか?
「遊園地の中のデザイン、すべて真理がやったんだ。評判がものすごくいいから、また別件で頼みたかったんだが」
「あれって、真理がデザインしたのか?」
「そうだ。広場へ抜けるための森の評判がものすごくいいんだ。あいつのおかげで思ったより入場者数が増えているんだ」
 真理がデザインしたと聞いて、あいつはいろいろと誤解をされていて損をしているのが分かった。
「真理は損してるな、いろいろと」
「そうだな。不器用だな、あいつも」
 兄貴はそう言って俺を見ている。
「おまえもせっかくできた友だちがいなくなって、さみしいな。ま、ものすごく歳の離れた彼女ができたからいいのか?」
 兄貴は文緒と俺を交互に見ている。蓮さんはそれを見て、明らかに機嫌が悪くなっている。
 おにーさま、お願いだからそれを蓮さんがいるところで言わないでっ! それでなくても蓮さんてば俺に厳しいのに、最近では厳しい上に怖いんですっ。文彰に至っては、顔を見る度に殴る・蹴る、ですよ。勘弁してください。
 そこにいきなり、この嫌な空気を払拭してくれるかもしれない救いの神が。めったにならない俺の携帯電話が鳴った。助かった!
 と思ったのは鳴った瞬間だけで、着信者名を見て、我が目を疑った。まさかかかってくるとは思っていなかった相手だったのだ。
「真理?」
 俺の発した単語に全員が反応して視線が一斉に集中するのが分かった。そんなに見ないでっ。
『久しぶりだな。約束していたさし飲みをしようか』
 なんだ、いきなり唐突に。まったくもって、なにを考えているんだ。
 真理は一方的に日時を指定してきた。毎度のことながら俺の返事を聞くことなく、真理は電話を切った。俺がダメだったらどうするつもりだったのだろうか。
「真理と飲むことになったんだが、また仕事をしたいと言っていたと口説いてくればいいか?」
「ああ、たのむよ」
 兄貴は笑いながら俺にそう言った。

 食事が済み、くつろいでいるところに遠くから不吉な音が響いてきた。
 このパターンは、まさか。
「睦貴、ただいま!」
 派手な破壊音がして現れたのは。
「はるちゃんと上総?」
 え? なんでいるの? さっきの真理からの電話はある意味、予告?
「色々あって、また戻ってきてしまったのじゃ。世話になるな」
 えええ、まじですか、それっ。
「よかったな、睦貴。友だちが戻ってきて」
 兄貴は笑い、はるちゃんと上総に馬鹿な弟だがよろしく、と言っている。よかった、馬鹿だけで。ヘタレだとか変態という形容詞がつかなくて。
「ところでおまえたち、あっちの世界は?」
 帰ったと聞いていたんだが、実は帰っていなかったのか?
「母上にこちらで修業して来いと言われたのじゃ。向こうのことは碧陽に任せてきたから安心しろ」
 安心しろと言われても。わけが分かりませんってば。
「母上もよくなって、今、真理と一時的にこちらに来ているのじゃ」
 ああ、それで連絡が来たのね。もう好きにしてっ!
「姫青がやりたいようにやればいいよ」
 目の前ではるちゃんが幼女から美女へと変身してしまった。
「睦貴、不用意にわらわの名前を呼ぶな」
 美女になったはるちゃんは困ったような表情で俺を見ている。美女もいいけど、やっぱり幼女が。しつこく言うが、俺はロリコンではない!
 二人が戻ってきたことでにぎやかになった連城家。蓮さんはいつもと変わらない様子ではるちゃんと上総にご飯は? と聞いている。
「食べるのじゃ! 蓮のご飯は美味しいのだ」
 はるちゃんのその言葉に、気のせいか蓮さんの表情が緩んでいる。あれは絶対、娘が増えたと喜んでいるに違いない。
「おまえたち二人の処遇だが、仕方がない、診療所の手伝いをしてくれるのなら、いてくれてもかまわないぜ」
「睦貴も素直じゃないなぁ。さみしいからいてもいいよと言えばいいのに」
 蓮さんはすれ違いざま、言ってきた。
 図星だが、そんな素直な気持ち、恥ずかしくて言えるかっ!
 はるちゃんたちが帰ってから俺はすぐに診療所で真面目に働き始めた。
 看板を出して驚くことにすぐに患畜がやってきた。駅前で立地がいいからのようだ。
 文緒ははるちゃんと話をしている。笑顔の文緒を見ていたら、俺までうれしくなってくる。
 はるちゃんと上総の二人が俺の凍っていた物を溶かしてくれた。ようやく俺は、新たなる一歩を踏み出すことができたと実感した。

【おわり】





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