《二章》「出逢い」

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「蓮、自己紹介」
 一之瀬に促された男は少し機嫌が悪そうな表情で口を開く。
「オレは佳山蓮(かやま れん)、社長殴ってここにきた」
 蓮の言葉に、奈津美は眉をひそめる。
 社長……?
 奈津美はしばし悩んだあと、たぬきのような身体のはげ頭を思い出し、くすっと少し笑った。ピントのずれた憎らしいことしか言わない社長に、たぶんだれもが一度殴りたいと思っているだろう。それを本当にするとは、すごすぎる。
「まだ笑う余裕があるのなら、大丈夫」
 蓮は少し表情を柔らかくして奈津美を見た。
「蓮、ちょっと間違っています」
 一之瀬はくいっと眼鏡を持ち上げ、
「社長を殴ってかつらなのを社員の前でばらしたんですよ、この人」
「あ……」
 そういえば、と奈津美は思い出した。ちょっと前に社長を殴ってさらに社長の秘密を暴いた人がいる、という噂を聞いたことがある。
「ある意味、これは首にするよりひどい仕打ちですからね、第4課配属は」
「この課から出て、もう一回社長をぶっ飛ばす」
 蓮はこぶしを握りしめ、殴る振りをする。
「こらこら、蓮くん。それはやめておきなさい」
 一之瀬は蓮をいさめる。しかし、それは口先だけみたいだった。
「とまあ、血の気の多い若者とふたり協力してとなりますが」
 一之瀬は少し肩をすくめ、奈津美と蓮双方を見た。
「とは言っても、」
 蓮は困ったように一之瀬を見て、
「なにか策でもあるのかよ?」
「それを考えて、実行するのが君たちの仕事ですよ?」
 一之瀬はにっこり微笑む。
「わたしはあくまでも監視役。……とは言っても、あなたたちの味方であるというのはお忘れなく」
 一之瀬の言葉に、奈津美はまたうつ向いた。
「はいはい、うつ向かない。きちんと前を向いて。ここは最低の場所かもしれない。でも、いつまでも下を向いていたら、もったいないですよ? 人生、一度だけ。楽しく生きないと、損だと思いますが」
 奈津美はのろのろと顔をあげた。
「そうそう。それでいいのです。それに……」
 一之瀬の眼鏡がきらりと光った。
「こんな状況におとしいれたヤツに『ぎゃふん』と言わせたいじゃないですか」
「一之瀬さん、『ぎゃふん』なんてだれも言わないぜ」
「まあ、そうですね」
 ふたりの言葉に奈津美はくすっと笑った。
「そうそう、その笑顔」
「え?」
「笑顔でがんばりましょう」
 一之瀬の言葉に、奈津美はまた、涙が出そうだった。




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