《三章》「這いあがるために」

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 奈津美たちはそれぞれの席に着いた。一之瀬は机の上に置かれた書類に目を通しているようだった。
 蓮に視線を向けると、思った以上にきつい眼差しでこちらを見ていた。
「あの、なにか?」
「いや」
 蓮は視線をそらし、机の引き出しを開けた。奈津美は気がゆるむとまた泣きそうだったので、奈津美は蓮を真似て、とりあえず机の引き出しを開けてみた。中身はなにも入ってなかった。
「あの、」
 奈津美の言葉に、一之瀬は視線を上げた。
「ここって、元々なんだったのですか?」
 無造作に積まれた段ボール箱にこの広さ。本来の目的とは違う使い方がいま、されているような気がしたので聞いてみた。
「元々はここもひとつ部署があったらしいんですが、社長の鶴の一声でここにあった部署は廃止、倉庫状態で放置されていたところを今は第4課の隔離部屋として使われています」
 隔離……。
 一之瀬のその言葉に、奈津美はずきん、と心が痛んだ。
「ま、会社なんてしょせん、わたしたちを部品としか見てないわけですよ。不良品は排除されるか、こうやって隔離するか。臭いものにはふたをしたがるわけです」
 一之瀬はそこでようやく書類から目を上げ、
「小林さんがとても勤勉で優秀だったのはこの資料でよく分かりました。さて、あなたはどうしたいですか?」
「私は……」
 奈津美は考えた。このまま、この会社を辞めてもいいかな。貴史には振られ、美歌の幸せな顔も今は見たくない。ここには……いまの私には辛い思い出が多すぎる。
「辞めようかな、と思っていますね、その顔は」
 うつむいていた蓮は顔をあげ、奈津美を見た。
「え……」
 今にも泣きそうな顔をして、奈津美は一之瀬を見ていた。
「なんだよ、負け犬のまま辞めるのかよっ!」
 蓮は思わず、叫んでいた。
「なっ、あなたになにが分かるって言うのよ!?」
 奈津美は真っ赤になって怒った。
「ああ、オレはあんたじゃないから分からない。でも、謂れのない罪をなすりつけられて、はいさよならは負け犬だろっ!」
 奈津美はなにかに耐えるような表情をして、うつむいた。
 また泣くか!? と覚悟していたら、キッと顔を上げ、かなりきつい顔で睨まれた。
「うわっ、こわ……」
「あんただってなにこんなところにいるのよ!? さっさとなんとかすればっ!?」
「うるさいなあ……」
 蓮はかったるそうに奈津美に背を向けた。
「じゃあ、どちらがここから早く出られるか、競争しましょう」
「やだね」
「根性なしっ!」
「なんとでも言え」
 一之瀬はふたりのやり取りをにこにこしながら見ていた。なにを言われても対応しない蓮に奈津美はそれ以上なにか言うのを諦めた。
「一之瀬さん、」
 奈津美は一之瀬を呼び掛けた。まぶたは腫れていたが、その瞳は力に溢れていた。


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