《六章》「提案された新企画」

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「一之瀬さん、ここの在庫たちなんですが、数はありますが種類が多いだけで売るには中途半端な数なんです」
「そうみたいですね」
 一之瀬は入力されたデータを見て、頷いた。
「でも、物自体はものすごくよいものなんです。それで、提案があるのですが……」
 奈津美はそこで言葉を区切り、言いよどんだ。
「遠慮せずにどうぞ」
「この在庫を使って、商品開発をしたいんです」
「ほぉ」
 一之瀬の眼鏡がきらり、と光った。
「たぶん、ここには昔、アパレル部門があったんだと思うんです。私、在庫管理していましたから」
「そうです。ここは昔、アパレル部門だったのですよ」
 奈津美の推理に、一之瀬はにっこり微笑んだ。
「アパレル部門?」
「ああ、蓮が入社した時はもうなくなっていた部門です。ぎりぎり黒字部門でしてね、次が赤字になる見通しが立ったため、解散になったんですよ」
「え……。赤字になった訳でもなかったのに?」
 奈津美は驚いていた。確かにこの会社、赤字に関しては超シビアだ。赤字の部門は、それまでがどんなに素晴らしい成績だろうとすぐになくなる。
 しかし、赤字の見通しが立っただけで……。
「まあ、一説にはその部門の部長と社長の痴話喧嘩のとばっちりでなくなった、とも」
「なっ!?」
 奈津美と蓮は絶句した。
「あんのくそじじい……。あと3発は殴っておけばよかった……」
「3発ですみますかねぇ」
 蓮と一之瀬の会話に、奈津美はギョッとした。
「ふたりして物騒なことを言わないでくださいっ!」
「狸エロじじいだぞ、アレ」
 蓮はものすごく嫌そうに顔をしかめた。
 奈津美は一之瀬を見て、
「一之瀬さん、ホテル事業部にかけあってもらいたいんです」
「ホテル事業部?」
 一之瀬は首を傾げた。
「前から気になっていたことがあるんです」
 奈津美は一之瀬と蓮に考えを話した。
「……うーん……。小林さん、それで企画書を作れますか?」
「作れます」
 奈津美は即答した。
「では、作ってください。それを元に、掛け合ってみましょう」
 一之瀬は眼鏡を人差し指で押し上げた。
 奈津美は自席に戻り、企画書を作り始めた。実は、前から温めていた案だったりする。感慨深くなり、そっとため息をついた。奈津美はパソコンのディスプレイをにらみつつ、キーを打った。企画書はなんとか形にできた。思いが強すぎて、先走った話の持って行き方になっていないか、心配だった。
 草案をプリントアウトして、ふたりに渡した。
「企画書、とりあえず作ってみました。読んでみておかしいところなど、指摘してください」
 一之瀬と蓮は静かに読み始めた。たまに赤ペンでチェックを入れているのを見て、奈津美はどきどきした。
「わたしは読み終えました。蓮は?」
「もうちょっと待って」
 蓮は真剣に最後まで目を通し、データなどを見直しているらしく、何度もめくってチェックを入れていた。
「お待たせ、読んだ」
「では、わたしから指摘を」
 奈津美は自分の企画書を持ち、一之瀬に顔を向けた。
「基本、この線で問題ないかと思います。現在、うちの社が管理しているホテルはビジネスホテルに分類されています。男性客がほとんどで、女性にどちらかと言うと敬遠されている傾向のようです」
「で、この利用客のデータ、どこから出てきたんですか」
 蓮の疑問に奈津美は答える。
「全社掲示板の2日付けにホテル事業部からの報告書がありまして、そこからデータを引っ張ってきました」
「ああ、このグラフ」
 一之瀬は企画書のグラフを指し示した。
「出典を明確にしておいた方がよいかと」
「ビジネスマンの利用増加は見込めない、という辺りは削除で」
「あ、はい」
 奈津美は一之瀬の指摘に自分の企画書に線を入れていく。
「今まで利用客の薄い女性にターゲットを合わせる、と言うのは分かるのですが、女性はどういうホテルに泊まるんでしょうか」
「……シティホテル?」
 奈津美はホテルに泊まる機会があまりないのでよく分からなかった。
「あの、私、あまりホテルに泊まったことがないのですが、前に出張で泊まったときに思ったことがあったんです」
「その思ったことを入れた方がよいですね」
 こうして、企画書が出来上がった。
「連絡とって、いつプレゼンできるか聞いてみます」
 そういうと、一之瀬はエレベーターに向かって歩き出した。
「一之瀬さん、どちらへ?」
 奈津美の問いかけに、
「ここ、電話がないんですよ。本来はパソコン持ち込み禁止、もちろん、社内LANにも外にもつないではいけないんですよ」
 普通にノートパソコンが置いてあるし、LANにもつながっていたから使ってしまったけど……。
「大丈夫ですよ、そこは心配しないで。とりあえず、わたしはホテル事業部に行ってきます」
 一之瀬は手をひらひらさせて、エレベーターに乗って行ってしまった。


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