《九章》「再会したくない人」

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 次の日、奈津美は一之瀬に呼ばれ、ともにホテル事業部に行った。
「角谷部長、昨日の企画を考えた小林奈津美くんです」
「小林奈津美です、よろしくお願いします」
「ああ、企画書、おもしろく拝見しました。ホテル事業部の部長の角谷です、よろしく」
 角谷に握手を求められ、奈津美は戸惑いながら手を差し出した。
「リネン担当者を呼んでいたんだが……」
 こんこん、とドアが叩かれた。
「ああ、入って」
 入ってきた人物を見て、奈津美は思わず息を飲んだ。
「ホテル事業部リネン担当の山本貴史です」
 え……。なんで貴史が……?
「あ……。こ、小林奈津美です」
 動揺しながら、奈津美は自己紹介だけした。
「山本くんは昨日からここに異動になってね。リネン担当といっても分からないことだらけだと思うので、小林さん、リードをお願いしますね」
「あ、はい……」
 心の準備がまったくできていない状態だったので、奈津美は泣きそうだった。
「……小林さん?」
 隣で、一之瀬が心配そうに奈津美の顔を見た。
「あ、いえ。なんでもありません」
 今は大切な時間だ。ここで動揺していたらすべてが無に返る。
 奈津美は深呼吸をして、
「すみません」
 角谷を見た。
「私の企画書に目を通していただき、ありがとうございます」
「いやいや、なかなか面白いと思ったよ」
 角谷は奈津美の作った企画書をぱらぱらめくりながら、
「山本くん、まずはこれを」
 企画書を渡した。貴史はぱらぱらと企画書を読んでいた。
「アパレル部門の在庫があったとは、驚きだねぇ」
「はい。私も見つけたとき、かなり驚きました。アパレル部門がなくなった時、ずいぶんと探したのですが、結局見つからず……。このタイミングで出てきたのは、なにかの縁だと思いまして」
「あの部門、いいもの作っていたんだけどねぇ……」
 角谷は少し遠い眼をした。
「ああ、私はね、あの部門にいたんですよ」
「え……?」
 角谷の言葉に、奈津美は驚いた。
「いきなりの廃部に、それはもう上を下への大騒ぎで。そのせいで、かなりの取引先を倒産に追い込んでしまい……」
 角谷はかなり後悔しているようだった。
「ま、昔話をしてもつまらないね。とまあ、私はそんな感じでアパレル部門にいたので、少しはあなたの望む会社に話はつけやすいかと」
「あ……え、え、」
「うん、あなたの企画、進めてみましょう」
「は、へ?」
 奈津美は思わず、こんな場所で発する言葉ではない言葉を、発してしまった。あまりの急展開に、少しついていけてなかった。
「ちょうど、リネンに関する話が出ていたところだったんですよ。いいタイミングです、やりましょう」
「あ、はい。ありがとうございます!」
 奈津美は思わず立ち上がり、深々とお辞儀をしていた。
「山本くんと連絡して、話を進めてくれたまえ」
 角谷はにこにこと上機嫌な表情で部屋を後にした。
 部屋に残されたのは、一之瀬と貴史、奈津美の三人になった。
「山本さん、企画書は読まれましたか」
 奈津美は私事は忘れて、声をかけた。
「読みました。この企画にあいそうな会社に声をかけてみます」
「よろしくお願いします。それでは、失礼します」
 奈津美はそれだけ言うと、立ち上がり、部屋を後にした。一之瀬も奈津美に続いて、部屋を出た。


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