《二十二章》「暴走」

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「先輩……?」
 ロッカー室に向かって、蓮は呼びかけた。中は物音ひとつもしなかった。
「先輩?」
 中からかたん、と物音がした。蓮はとっさにドアに手をかけ、ノブを回した。
「!?」
 鍵がかかっているのか、開かない。
「先輩!!!」
 中からくぐもった声が聞こえる。これは……まずい。
 蓮はドアノブをがちゃがちゃ回したが、開く気配がない。明らかに中から鍵がかけられていた。
 ドアをふと見ると、すりガラスが入っていたので、それをたたき割ることにした。
 周りを見て……消火器が目に入った。蓮は消火器を抱え、窓をたたき割った。ガラスの割れる派手な音とともに……警報音が鳴り響いた。
「先輩!」
 蓮は中を見ようとしたが、蓮の身長でもガラスの割れた窓から中は見えなかった。椅子を持ってきて、中をのぞいた。
「先輩!」
 ロッカーの間に、奈津美の足だけが見えた。
 そしてその先には……。
「!」
 そこにいるはずのない人物が……。
「……………」
 うつろな瞳をした、貴史が……いた。
「どうした!?」
 警報を聞きつけて駆けつけた警備員がやってきた。
「更衣室で人が」
 警備員は蓮に離れるように指示をした。警備員はドアノブをつかんで回すが、やはり回らない。警備員はじゃらじゃらと合鍵を取り出し、鍵を探している。その間もずっと、警報音は鳴りやまない。たぶんそのうち、警備会社がやってくるだろう。警備員はようやく鍵を探し出し、更衣室のドアを開けた。蓮は警備員を押しのけ、中に入った。

   *   *

「先輩!」
 奈津美は横たわり、貴史に組み敷かれた状態で目にいっぱい涙をためていた。
「蓮……」
 蓮は貴史を奈津美からひきはがした。服は無残に引き裂かれ、ほぼ全裸に近い状態だった。
 蓮は奈津美を起こし、スーツのジャケットを脱いで奈津美にかけ、ぎゅっと抱きしめた。
「気がつくのが遅くて……ごめん……」
「れ……ん……」
 貴史は周りが見えていないのか、奈津美に抱きつこうとしていた。警備員は貴史を後ろからはがいじめにした。
「離せ! 俺の奈津美だ!」
 警備員が必死に抑えているが、貴史は力いっぱい暴れている。
「離せ!」
 貴史はものすごい力で暴れ、警備員を跳ね飛ばした。
「奈津美……。俺から離れるな……」
 貴史は蓮をものすごい力でつかみ、奈津美からひきはがそうとする。蓮は貴史を振り払い、頬を殴った。
「おまえ……!」
 貴史の瞳は怒りに燃えていた。
「ふざけるな! 先輩はおまえのものじゃない!」
 貴史は蓮に殴りかかってきた。蓮は貴史のこぶしを受け止め、反対の手でみぞおちめがけてえぐるように殴った。
「ぐっ……」
 思った以上にきれいに入ったらしく、貴史は唸って崩れ落ちた。
「あ……。嘘……」
 予想以上に決まり、蓮は唖然としていた。
 外からばたばたという足音がして、蓮ははっとした。
「先輩、大丈夫ですか!?」
「これが……大丈夫に見える?」
「あ……。いえ……」
 改めて見ると確かに、目のやり場に困るほど……服は引き裂かれていた。
 蓮は駆けつけてきた警備会社の人間に手早く話し、貴史を連れ出してもらった。最初に駆けつけてくれた警備員は、壁に頭でもぶつけたのか、気絶していた。警備員も担ぎ出され、更衣室の中は蓮と奈津美だけになった。
「あ、着替えるよね。オレ、外出るわ」
 立ち上がろうとした蓮を、奈津美は腕をとって止めた。
「先輩?」
「ご、ごめん……。その、」
「腰抜けた?」
「あ、うん、それもあるけど……」
 ようやく落ち着いたのか、奈津美は震えていた。
「先輩……」
 蓮は奈津美を抱きしめた。奈津美はびくりと身体を震わせ、身を固くしていた。
「もう、大丈夫だから……」
 寒いわけではないのに、震えが止まらなかった。
 ふわりと蓮の大きな手が奈津美の頬を包んだ。そして……気がついたらキスをされていた。貴史とは違う……やさしいキス。奈津美の目に、涙があふれた。
「あ、ごごごごめん! い、嫌だよね! 先輩、ごめんなさい!」
 蓮は慌ててジャケットからはんかちを取り出し、奈津美の涙を拭いた。
「先輩……その……」
「あ……。うん……」
 奈津美は真っ赤になってうつむいて、聞こえるか聞こえないか小さな声で、
「ありがとう……」
 奈津美の言葉に、蓮は心臓が止まりそうになった。

   *   *

 奈津美はのろのろと立ち上がり、ロッカーを開けた。予備の服が入っていたので、それを着ることにした。少しこの季節には薄いけれど……コートを着ればどうにかなる……かな?
「蓮、ごめんね。帰ろうか」
「あ……。うん」
 蓮は奈津美の言葉にはっとした。蓮は立ち上がり、更衣室を出た。
「ところで先輩、帰るって言っても、もう終電はありませんが」
「あ……」
「オレの家でよければ」
「え……」
 奈津美の表情が凍る。
「神に誓って、オレ、先輩になにもしないから!」
「……ほんと? だってさっき、キ……」
 奈津美は思い出して、真っ赤になった。
「ああああ、あれは事故!」
「事故……?」
 奈津美の冷たい視線が痛い。
「オレ、台所で寝てもいいから!」
「あ、でも……。ほんと、冗談抜きで悪いから」
 奈津美は恐縮していた。
「でも先輩、どうするの?」
「漫画喫茶にでも行こうかと」
「……この寒空、その格好で?」
 コートを着ているとは言っても、中は半袖のポロシャツに、タイトスカート。明らかに夏場仕様だ。
「約束する。指一本も触れないって」
 前に行った時になにもなかったから……信じてくれたらしい。ふたりでタクシーに乗って、蓮の家に行った。
「近いんだ」
「もともと駅2つだし、会社から直線だと、ものすごく近いかも」
 蓮は前と同じように慣れた手つきで鍵を開け、奈津美を中に入れた。やっぱり、きれいに片付いていた。
 蓮は家に入り、奈津美にスウェットとバスタオルを渡した。
「シャワー、浴びてくる?」
「あ、うん」
 奈津美は素直に受け取り、蓮の案内で風呂場に行き、シャワーを浴びた。
 お風呂上りの奈津美は色っぽくて……指一本触れないって約束したから、我慢我慢。それに、あんなことがあったから……嫌だよな……。
「そこのベッドで寝て」
「蓮は?」
「オレ? 適当に寝るから、気にしないで」
 そう言って、蓮はシャワーに行った。
 奈津美は悪いなと思いつつ、疲れがあり……ベッドに入ったら蓮の匂いがして……なんとなく安心して、気がついたら寝ていた。
 シャワーから出てきた蓮は、ベッドの中ですやすやと安心しきって眠る奈津美を見て……。
「無防備すぎだぞ……」
 指一本も触れないと言っていたのに……おでこに思わず、キスをしていた。
「う……ん……」
 寝返りを打った奈津美に蓮はびっくりして、飛び上った。
「び、びびびびっくりさせんなよ!」
「蓮……。ありがとう……」
 奈津美の寝言に、蓮は苦笑した。
「はあ……、今日のところは勘弁しておいてやる!」
 蓮はそう独り言を言い、ベッドの下になぜかあった寝袋を取り出し、包まって寝た。

   *   *

 ごそごそと人の動く気配で、蓮は目が覚めた。奈津美はベッドの上に身を起こしていた。
「今、何時?」
 蓮は寝ぼけ眼で寝袋の中から聞いた。
「5時」
 奈津美は眠そうだったが、ベッドから抜け出し、洗面所に向かった。
「蓮、一度家に帰ってから出社するから、駅まで連れていってくれない?」
 洗面所から声が聞こえた。蓮は仕方なく寝袋から這い出し、着替えた。
「先輩、寒いだろうからこれ着て」
 蓮は奈津美にセーターを渡した。ポロシャツだけだとさすがに寒い。奈津美はありがたく借りることにした。
 蓮のセーターは、思ったよりぶかぶかだった。華奢に見えるのに、結構しっかりとした体型らしい。
 ふたりは外に出た。
「うわっ、寒いっ」
 外は思ったより寒かった。
「今日は冷えるね」
 ストッキングも破られたので、素足にスカートはかなり寒い。
 足早に駅に向かった。改札を通り、構内へ。
「ここまで来なくてもいいのに」
「時間見たらかなり待つようだったから」
 じっとホームに立っていると、足元からじわじわと冷えてくる。奈津美はあまりの寒さに自分を抱きしめた。
「寒いね」
 奈津美の言葉に蓮は頷いた。ふわっと香水の匂いがしたかと思ったら、蓮に抱きしめられていた。
「蓮……?」
「こうした方が、暖かいだろう?」
 奈津美は蓮の腕の中にすっぽり包まれていた。
「うん……」
 奈津美は素直に頷いた。
『……番ホームに……』
 構内アナウンスに奈津美はハッとした。
「あ、ありがとう」
 奈津美は蓮の腕の中から抜けようとした。
「オレ……先輩のこと、好きだから」
 奈津美は蓮を見上げた。たまに見せる、真剣な顔がそこにあった。
「……ありがとう……」
 奈津美の言葉に蓮は腕の力を緩めた。
「いろいろ、ありがとう。お礼するから」
 ホームに入ってきた電車に奈津美は素早く乗り込んだ。
 電車内から奈津美は蓮を見た。蓮もずっと奈津美を見ている。
 扉が閉まり、電車は動き始めた。蓮は奈津美の乗った電車が消えるまで、見送っていた。


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