《二十四章》「愛に年齢は関係ない?」

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 仕事もすっかり落ち着き、早い日は定時で帰ることができるほどにまではなっていた。奈津美はそろそろ帰ろうかな、と思っていたところ、
「小林さーん」
 と呼ばれた。
「蓮、仕事片付いたら先に帰っててね」
「了解」
 奈津美はふと蓮を見ると、少し顔が赤いような気がしたが、もう一度名前を呼ばれ、そのまま呼ばれた方に行った。この時、もう少し蓮のことを気にしていれば……。後悔とは先に立たないから後悔というわけで……。
 急に打ち合わせが入り、奈津美が自分の席に戻った時にはもう、蓮はいなかった。
 いつも通りにきれいに片付いた机を見て、奈津美はひとつ、ため息をついた。資料の山に埋もれた、自分の机。
 先日、久しぶりにあった友だちとの会話を思い出していた。

   *   *

『あの子も結婚したらしいよー』
『そうなんだ』
 名前を言われ、学生時代の彼女を思い出した。あまりぱっとしないけど、堅実そうな子だったもんなぁ。
『奈津美は?』
『へ?』
 急に話題を振られ、奈津美はびっくりした。
『だれかいないの、そんな人?』
 そう言われ、即座に蓮の顔が思い浮かんだ。あ……いやいや、違うから!
『う……。いないよぉ』
 奈津美は赤くなって、手をぶんぶんと振って否定した。
『いやいや、その顔はだれかいます、って顔だった! 白状しなさい!』
『いないってー!』
 そのあと、『そっちこそどうなのよー』と反撃してみた。
『うん、いるにはいるんだけど……。高嶺の花すぎちゃって……』
 携帯電話でこっそり撮ったと思われる写真を見せてくれた。
『うわ、男前!』
 高そうなスーツを着こなし、自信にあふれた表情、そしてなにより、本当にいい男だった。
『どこで見つけたの、こんないい男!』
『会社の先輩なの!』
『ライバル、多そうだね……』
『うん……』
 しょんぼりしているのがかわいそうで、なにか言いたかったけど、言葉が出なかった。
 蓮ももてるみたいだし……。なんで私なんだろう……?
『でも、あたしたち、そろそろ結婚しないと、親の視線が痛くない?』
『うーん……。うちはさぁ、私ひとりだから……』
 一人っ子なのと、両親ともに「嫁にはやらん!」ってずっと言ってるもんなぁ。それを聞いて育った私は、結婚はしないもの、ってなんだか刷り込まれちゃって、仕事に生きていくって決めていた。
 だから、貴史の存在は……ものすごく自分の中の価値観を覆されるような人だったから……。
『そうだよねー。奈津美ってば、ご両親から愛されちゃってるもんね! あたしなんて一番上だから、「ねーちゃんが嫁に行かないと、俺が結婚できない!」って弟に言われててさぁ』
『あは、それは大変だわ』
『笑い事じゃないわよ! そろそろお局クラスに仲間入りよ、あたしたち!』
 お局かぁ……。
『私はそれでもいいかなー』
『よくないわよ! 女の幸せは、結婚にあるのよ!』
 とは言うけど、貴史と美歌のことを思い出し、奈津美は気持ちが沈んだ。
 あれから貴史は入院療養することになり、美歌はようやく自分がやってきた過ちに気がついたみたいで、離婚は免れ、今ではうまくやっている、とは聞いた。
 貴史もだいぶ回復してきて、退院したとか言っていたな。美歌の浮気が……ってより、結婚前から続いていた関係が解消できてなかったのが貴史にばれたらしい。私は貴史から振られたけど、貴史はまだ、どうやら私に未練があったみたいだ。
『結婚ねぇ……』
 自分にはものすごく遠い言葉だった。
『結婚の前に、きちんと恋愛よ、恋愛!』
 恋愛に結婚に、夢を持てていいなぁ……。
『私は今、仕事が面白いから。仕事が恋人かな』
『うわ、奈津美! 暗ッ!』
 暗い……のかな、私?
『でもまあ、さっきの人は憧れの人。あたしにもひとりやふたり……』
『なになに、いるの??』
『あ、うん。いるにはいる……かな。同じ課の年下の男の子』
『年下、かぁ』
 そういえば蓮も年下だよなぁ。
『年上もいいけど、残ってるのはゴミばっかりだしぃ』
『ゴミ!?』
 奈津美も同じ会社の年上男性を思い出していた。……言われて納得だけど……ゴミは言い過ぎでは……?
『ろくなのいないよ、あの憧れの先輩を除く、だけど』
 そうだね、と曖昧にあいづちを打った。
『かわいい年下の彼ってのも、いいんじゃない? まあ、好きになったら年なんて関係ないけどね!』
『愛に年齢は関係ない、って?』
『そうそう、それそれ!』

   *   *

 奈津美は友だちとの会話を思い出し、もう一度ため息をついた。
「……帰るか」
 気がついたら、フロアにはぱらぱらとしか人がいなかった。
「おつかれさまー」
 奈津美は残っている人にそう声をかけ、ロッカーへ行った。今でもひとりでロッカーに行くのが、実は怖い奈津美。でも、今日は人がまだいるから……。
 着替えて、会社の外へ出る。外はすっかり暗くなっていた。
 前の社長が逮捕されてから、ずいぶんと時間が経っていた。あのときはとにかくものすごくあわただしく、逮捕に関する対応で、奈津美たちも追われて大変だった。さらにあの余り糸のシーツも好評だったが蓮が手伝ってくれて……ものすごく助かった。
 仕事もできるし、家事も料理もできるし。その点、私には……仕事しかない……。
 下を向いた時、ふとバッグの中の携帯電話が目についた。着信を知らせる、ランプがついていた。
「?」
 気がつかなかった。奈津美はバックから携帯電話を取り出し、着信履歴を見た。蓮からだった。珍しい。奈津美はコールバックした。
 しかし、留守番サービスにつながるだけで、蓮は出なかった。
 なんだろう……?
 別れ際に見た蓮の少し赤い顔を思い出したが、明日聞けばいいか、と思い、奈津美はそのまま家に帰った。


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