《三十二章》「母の優しさ」

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 いつものように携帯電話のアラームで目が覚めた。手探りで携帯電話を探し、ふとだれかの頭に手があたり、奈津美は慌てた。そして、そういえば……と思いだした。そうか、昨日蓮と……。奈津美は思い出し、ひとりで赤くなっていた。
「あ……ん。相変わらず早起きだな、奈津美は。おはよう」
「あ、蓮。おはよう」
 蓮は上半身を起こし、奈津美を抱き寄せてキスをして、ベッドから這い出た。
「一度家に帰るだろう?」
「うん。帰って着替えてから会社行く」
「ちょっと早いけど、ご飯作るから食べてから行けよ」
「うん」
 蓮は手なれた様子で朝ごはんを支度してくれて、奈津美は幸せに思いながら、朝ごはんを食べた。
「やっぱり蓮の料理、美味しい」
「そうか?」
 一緒に食べながら、奈津美は幸せをかみしめる。
「男の人の家事をする後姿って、いいなぁって思っちゃった」
「やっぱりオレ、嫁か」
「うん」
 どうひっくり返ってもそうにしかならないようだ。
「ごちそうさま」
 奈津美は全部食べ、いつものようにふたり分の食器を片づけた。
「送ろうか?」
「うん、大丈夫。もう道は覚えたから。じゃあ、会社でね」
 少しなごり惜しそうな奈津美に蓮はキスをして、送り出した。外に出ると、今日も曇っていた。昨日は雪、降らなかったのか……。
 ちょっと残念に思いつつ、雪が降ると大変だもんなぁ、と思いながら、駅への道を急いだ。
 前にホームで一緒に電車を待ったのを思い出して、奈津美はちょっと笑った。
 そして、そういえば自分は無断外泊だった、と奈津美は思い出して、青ざめた。とりあえず、家に電話を入れておこう。
 奈津美は携帯電話をバッグから取り出し、家にかけた。
「あ、あの、お母さん?」
『おはよう、奈津美。今から帰ってくるの?』
「あ、うん」
『お父さんならもう、会社に行ったから。心配しないで帰っておいで』
 奈津美はその言葉に、ほっとした。それと同時に、ちょっと後ろめたい気分。2、3言会話をして、携帯電話を切った。
 ほぉ、とため息をついてふと左手にはめられた指輪を見た。きらきらと光るピンクダイアモンドが、奈津美を励ましてくれていた。
 電車が来たので、乗り込んだ。朝早い時間だけあって、車内は人がまばらだった。奈津美は適当に席を見つけて、腰掛け、ぼーっと流れる景色を見つめていた。
 家に帰った奈津美を母はやさしく迎えてくれた。
「朝ごはんも食べてきた。着替えたら会社に行くね」
「ああ、わたしの奈津美ちゃんが……大人になっていくのね」
 母親の言葉に、奈津美は真っ赤になった。
「お父さん、昨日泣いてたわよ」
 ……やっぱり。
「お父さんにやさしくしてね」
「……はい……」
 奈津美は苦笑した。普段は偉そうにふんぞり返っているけど(会社では部長をやっているらしい……)、奈津美のことになると、すぐに泣く。蓮の言うとおり、親離れ・子離れしなくちゃいけないな、って思う。
 呪いとはよく言ったものだ。言葉が人を縛り、言葉を発した人も縛る。
 蓮がそれを断ち切るって言ったけど、どう考えても王子さまではなく、勇敢なお姫さまにしか見えない。蓮が聞いたらきっと、怒るだろうな。
 奈津美は着替えて、出かけようとしたら、珍しく母親が玄関先に来た。
「昨日の佳山さんにありがとうって伝えておいてね。ほら父さん、あんな失礼なこと言っちゃったから」
「うん、わかった」
「母さん、うれしかったの」
「え?」
 奈津美は靴を履いていた手を止めて、母を見上げた。
「あなた、男っ気全然なくて、わたしは父さんと違って、心配していたのよ。父さん、昔から『嫁にはやらん!』って言ってるけど、本当はね、早く孫がほしくてたまらないみたいなのよ」
「ま、孫!?」
 ちょっと待て、なんでそこに飛躍する!?
「父さんと母さん、残念ながらあなたしか子どもができなかったから……」
 聞いてないけど、なにか事情があったのはうっすら知っている。
「向こうは若いみたいだけど、まあ、あなたを好きっていうモノ好きさんみたいだし。早く結婚して、私たちを安心させなさい」
「母さん……」
 なんか微妙にひどいことを言われたような気がするけど、気にしないでおこう。
「あら、大変。こんな時間だわ」
 奈津美の母は時計を見て、のんびりそう言った。
「うわ! やば! 行ってきます!」
 奈津美も時計を見て、あせって家を出た。


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