《三十七章》「それぞれの家族の元へ?奈津美?」

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「お父さん、帰ってる? うん、わかった」
 奈津美は携帯電話で家にかけ、確認した。
「お父さん、いるって」
「うわー、緊張する……」
 奈津美は蓮と一緒に家に向かった。いつもひとりだから、なんだか変な感じ。
 マンションのエントランスで同じ階の住人とすれ違った。会釈だけしたけど、奈津美の後ろの蓮に釘づけになっていた。ああ、やっぱりそういう反応するよね。
 エレベーターに乗り、階数ボタンを押す。エレベーターがつき、降りる。と、扉が開いて母が待っていた。
「いらっしゃい」
 にこにこ顔の母に、奈津美はほっとした。
 家に入り、リビングへ。
 しかめっ面した父を見て奈津美はちょっと尻ごみしたけど、蓮はずいっと前に出て、深々と頭を下げようとしたら……。
「うちのできそこないの娘をもらってくれる奇特な人とはあなたですか!」
 土下座でもしそうな勢いに、奈津美は驚いた。蓮もいきなりのことで驚いて、下げかけた頭をどうしようか悩んでいた。
「まあまあ、酒でも」
 そう言って、ソファの横に席を勧める。
「あ、父さん。蓮、お酒だめなんだって」
「うん、大丈夫。心配しないで」
 蓮は奈津美の父の横に座り、手渡されたグラスを差し出す。奈津美の父はすでに栓の抜かれたビールを蓮のグラスに注ぐ。
「うちの娘をたのむよー」
 と言いながら、しくしく泣いてる。
 ……あーあ。
 お酒を飲むと泣き上戸になるから困った……。
 そんな奈津美の父を見て、蓮は少し困ったような顔をして、ビールをちょっとだけ飲んだ。この間のシャンパン一口を考えたら、ものすごい進歩だ。でもやっぱり嫌みたいで、渋い顔をして、グラスをテーブルに置いた。
「お父さん、蓮が困ってるから」
 蓮に抱きついておいおい泣いている奈津美の父を見て、奈津美の母は父の腕をはがし、その腕の中におさまった。
「!?」
「あらあなた、男の子は抱けるのに、わたしはだめっていうの?」
「あ、いえ……。あははは」
 その隙を見て、蓮は奈津美の横に逃げてきた。
「あの、その、ご、ごめんね」
「殴られた方がよかったかも……」
 どんどん本格的に泣きだした奈津美の父を母は放置して、婚姻届を受け取って、署名と印鑑を押して渡してくれた。
「あー、自分の時のことを昨日のように思い出すわ」
 うっとりと宙を見つめる母を見て……奈津美は頭が痛くなった。
「蓮くん、よかったら夕飯食べていってね」
「あ、はい」
 奈津美と蓮は奈津美の部屋に移動した。
「あのさ、たぶんあまりの部屋の汚さに、引くと思うけど、この部屋みて嫌になったら結婚改めて考えてもいいから!」
「どんだけ汚いんだよ……」
 蓮は呆れた顔をして、奈津美を見た。
「まあ、大体想像はつく」
 部屋に入り、蓮は部屋を一瞥して、
「なんだ。もっとすごいのかと思った」
 奈津美はバッグを床に投げだし、ベッドに身体を投げ出した。
「あー、疲れた」
「あー、それは確かに引く。おっさんくさい」
「あ、う?」
 奈津美は起き上がり、蓮を見た。
「いっつもオレんちでばっかりだから、」
 ぎしっとベッドをきしませて蓮は奈津美の元に行った。
「!」
 奈津美はびくり、と身体をこわばらせた。蓮は奈津美の腕をつかみ、引き寄せた。
「ここでやる?」
 蓮の言葉に奈津美は真っ赤になった。
「え、や。父さんと母さんがいるのに!?」
「婚姻届出せば、オレたちはれて夫婦だぜ? なんかいけないか?」
「あ、うん。いけない!」
「ふーん、いけないんだ。イブの日、そっちから誘っておいて?」
 蓮はにやにやと笑っている。明らかにそれは……奈津美をいじめて楽しんでいる。
「あああ、そそそそれは……!」
「ふふふ、やっぱりかわいい」
「!」
 軽くキスだけして、蓮は奈津美を離した。

   *   *

 蓮は本棚を見て、
「ああやっぱり。努力してるんだ」
 本棚には様々な本が並んでいた。小説もあるが、専門書や辞書などたくさん並んでいた。
「女の本棚じゃないって言われた」
「うん、確かに。オレより男らしいラインナップ」
「……やっぱり嫁だ……」
 奈津美の言葉に、蓮は笑った。
「私、結婚しても仕事辞めないよ。だって今、仕事が楽しいんだもん」
「うん。オレも奈津美には仕事は辞めてほしくない。オレ、ずっと奈津美の補佐やるから」
 専業主婦の奈津美は……まったく想像がつかなかった。
「え……。だって蓮。いろいろ話を聞くよ、蓮の力がほしいっていう部署、たくさんあるって」
 奈津美はかなり戸惑った。
 自分なんかのせいで、せっかくのチャンスを無駄にするのはよくない。
「うーん。みんな、オレのこと、かいかぶりすぎだよ。オレ、奈津美のためだから仕事がんばってるんであって、もともとはかなり気分屋だと思ってる」
 言われて、ちょっと思い当たる節があったから、笑った。
「そういう奈津美も、いろいろあるんだろ?」
「あ、うん。ないといえばウソだけど……。私、角谷部長の下でずっと働きたくて」
 角谷はあんなこと言っていたけど、ほんと、みんなのことを親身になって考えてくれていて。あんなすばらしい部長、他に見たことない。
「助けてもらったのもあるけど、角谷部長のために頑張りたいって思ってるから」
「うん、奈津美の気持ち、よく分かる。オレもなにかとあの部長によくしてもらってるから」
 そういう気持ちがわかってくれるから、奈津美は蓮が好きなんだと思う。ダメなところはきちんとだめって言ってくれるし。こういう気持ちをきちんと共感できるってのはものすごく些細だけど、大切なこと。今さらだけど、蓮のことを知れば知るほど、好きになる。なんだかおかしい。こんな気持ち、初めてだった。
「あのね、蓮」
 本棚を興味深く見ていた蓮は、奈津美に顔を向けた。
 奈津美は笑顔で、
「大好き」
 奈津美の言葉に、蓮は驚いた。
「“好き”って気持ち、不思議だよね」
 奈津美は枕を抱きしめた。
「“好き”ってね、色んな気持ちを教えてくれるよね。幸せだったり、切なさだったり、楽しかったり嬉しかったり……時には、悲しかったり」
 蓮は奈津美の言葉に頷いた。
「“好き”って言葉、呪いを解いたり呪いをかけたり。すごい言葉だと思う」
「奈津美の今の好きは、どんな“好き”?」
 蓮の質問に奈津美は悩んだ。
「うーん……」
 悩んでいたら、お腹がなった。
「お腹空いた、かな?」
 奈津美の答えに蓮はがっかりした。せっかくいいムードだったのに、
「台無し」
「ん? なんか言った?」
 奈津美は立ち上がり、ドアノブに手をかけた。蓮も奈津美に続いた。
 奈津美の後ろに立ち腰に手を回し、キスをした。深いキスを交わし、瞳を絡ませた。
「こんなに幸せでいいのかな」
 奈津美の呟きに、蓮は奈津美の頭をくしゃっとした。
「もっと幸せにするよ」
 蓮の言葉に奈津美は嬉しくて、目を伏せた。
「ありがとう」

   *   *

 奈津美の父と母と四人で夕食を食べた。
「お母さん、うれしいわ。こんなかわいい息子ができて」
 奈津美の母は上機嫌だった。奈津美の父は無言で食べている。なんとなく話がしにくい。
「あの、お父さん」
「なんだ?」
「怒ってる?」
 奈津美の言葉に、奈津美の父は笑った。
「いや……。なんというか、正直、戸惑っている」
 それがきっかけだったのもあり、ぽつぽつとだけどなんとなく会話にはなってきた。
 蓮の意外な面も見れたし、良かったかな?
「今日はご馳走さまでした。美味しかったです」
 蓮は夕食を食べた後、家に帰ると言った。
「お世辞でもうれしいわ」
 たぶん、蓮はお世辞はあまり言わないはず。いつもよりよく食べていたし。
「蓮、道分かる?」
「うん、大丈夫。調べてきたし」
 名残惜しけど、蓮もやることあるみたい。
「気をつけてね」
 奈津美は玄関から蓮を見送った。奈津美にも年末でそれなりにやることがあり、蓮もなんか忙しそう。

 その代わり、31日は一緒に過ごそうとは約束していた。なんだかきちんと準備して荷物を持ってお泊まりって初めてかも。
「行ってきます」
 家を出ようとしたら、奈津美の母があわてて出てきた。
「蓮くんのところに行くの?」
「うん、だ、だめ?」
「ダメじゃないけど、これ持っていきなさい」
 そう言って渡されたのは、お餅。
「あ、今年もおばさん、送ってきてくれたんだ」
「明日の朝、これでお雑煮でも作って」
「ありがとう」
 奈津美は喜んで受け取った。
 蓮の家に着き、お餅を渡した。
「あ、助かった。買い忘れてた」
「良かった」
 蓮は台所で忙しく色々作っているようだった。
「なにか手伝うこと、ある?」
「ある。おおあり」
 蓮に指示をもらって、奈津美は手伝った。
「なに作ってるの?」
「簡単なおせち」
 おせちが作れるとは、すごすぎる。
 夕方にはどうにか形になり、片付けて夕食の支度に取りかかった。
「いつもならもう終わってるんだけど、今年はこんなにばたばたしてごめんな」
「ううん」
 奈津美は夕食を作るのを手伝った。


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