《四十七章》「真夏のウエディングドレスショー」

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 奈津美と蓮は仕事をこなし、ようやく当日を迎えた。
 『真夏のウエディングドレスショー』と題して、ファッションショーをすることになった。

『熱い夏、あなたの心と身体をさらに溶かす、甘く美しいウエディングドレスが一同に集合!』

 だれが考えたキャッチコピーだろうと奈津美は苦笑しつつ、パンフレットを見ていた。
 夏場は基本、昔ほどではないが、結婚式は避けられる傾向にある。この業界では閑散期にショーをすることで業界関係者も見に来るのではという読みもあった。
「なんかさ、自分たちの式がいつの間にか違う形になってるような気がいまさらしてきたんだけど」
「気のせいだ。気にしたら負けだ」
「やっぱりそう思う?」
「うん」
 やはり口コミで今回のことも広まり、花嫁たちからの予想以上の申し込みに一回のショーとしていたところ、二日に分けて二回に分けてすることになった。
 二日に分けたが、ドレスを着る人は二日とも違うカップル……ドレスの枚数×2組のカップルとなった。
「さすが今話題のレミさんデザインのウエディングドレス。恐ろしい効果だね」
 奈津美は会場に人が入れないほどぎっしりいたのを見て、驚いた。

   *   *

 一日目は順調に済み。
 二日目。
「新婦が過労で倒れて入院!?」
 思わぬアクシデントに見舞われてしまった。
「うわー。あのドレスを着る子がこれないの?」
 奈津美は困ってしまった。他のドレスなら自分が着ればいいかと思ったが、これない人が着る予定のドレスはマーメイドラインのもので、背がないとかなりみっともないものなのだ。
「どうしよう」
 ふと蓮が視界に入った。
「蓮、着る?」
「いくら奈津美の頼みでも、それは無理」
「だよね……」
 途方に暮れていたら、会場に入っていく人ごみに見覚えのある人が見えた。
「蓮、あそこにいる人、捕まえて! あの黒い服を着た背の高い人っ!」
 蓮は分かってくれたようで話しかけ(蓮が人ごみに入っていったらなぜか黄色い声があがったのはこの際、奈津美は聞かなかったことにした)、連れてきてくれた。
「な、奈津美!?」
「美歌、お久しぶり」
 奈津美はにっこり笑った。美歌は後退りした。
「逃げないで。私に対してなにか後ろ暗いことでもあるの?」
 奈津美の言葉に美歌はびくり、と震えた。そして、奈津美は美歌がなにか抱きかかえていることに気がついた。
「あれ?」
 美歌は袋状のものを肩からかけていた。
「うん、赤ちゃん。2ヶ月になったばかりなの」
 奈津美は中をのぞいた。中には赤ん坊がすやすや眠っていた。
「わー、おめでとう」
「……ありがとう」
 奈津美は美歌を見て、
「私になにか思うことがあるなら、ちょっと手伝って」
「な、なに?」
 奈津美は美歌の腕を掴み、更衣室に連れていった。蓮は心配して奈津美を見守っている。
「貴史は?」
「……いるよ」
「呼んで」
 奈津美の言葉に美歌は携帯電話を取りだし、貴史にかけた。更衣室の外に来た貴史を蓮に任せた。
 蓮は奈津美がなにをしようとしているのかがわかり、貴史を男性用更衣室に連れていった。
「私、今すごく困ってるの。私に少しでも悪いと思っているのなら、それを着て今からステージに貴史と立って」
「どういうこと?」
 美歌はかなり戸惑った瞳で奈津美を見た。
「なにか文句ある?」
 奈津美の反論を許さない言葉に、美歌は従った。
「メイクはメイクさんがしてくれるから。赤ちゃんは私が預かるわ」
 なんとなく人質っぽくなってしまったが、美歌は素直に奈津美に赤ん坊を渡した。
「時間がないから簡単に説明するね」
 奈津美は赤ん坊をぎこちなく抱きながら、美歌に舞台での動きを説明した。
「みんなあなたと同じ素人さんだから、失敗しても気にしないで」
 着付けてもらい、メイクをしてもらっている横で奈津美は美歌に話をする。
「蓮が貴史にもきちんと説明していると思うから、分からなくなったら貴史を頼って」
「うん」
「ほら、そんな顔しないの。舞台の上では笑ってなさい」
 奈津美の言葉に美歌は泣きそうな表情をした。
「あなたは今から魔法にかかるの。幸せの魔法。みんなを笑顔にするの。わかった?」
「なんで?」
「うん?」
 美歌は正面を向いてメイクをしてもらいながら奈津美に問いかけた。
「あたし、あなたから貴史を盗ったのよ? なんで怒らないの? それに……」
「あー」
 奈津美は笑った。
「気にしてたんだ」
「当たり前じゃない」
「じゃあ、気にしないでいいのよ」
「どういうこと?」
 奈津美は美歌の正面に回り、
「だって、あなたたちのおかげで、蓮に会えたんだもん」
「蓮ってさっきあたしに声をかけてきた人?」
「うん、私なんかよりはるかに美人さん」
 美歌は蓮の顔を思い出し、奈津美の言葉に納得していた。
「さっき、なんて声をかけられたか知ってる?」
「?」
「『山本が仕事に復帰したときにオレにいじめられたくなかったら素直についてこい』って言われたの」
 奈津美は脱力した。蓮、なんで美歌の顔、知ってるの……?
 ああ、そういえば、と奈津美は思い出した。なんかいろいろ、私のことを調べていたんだっけ。
「奈津美の彼氏?」
「いや。だんなで嫁」
 奈津美の言葉に美歌は目を見開いた。
「正月に入籍して、このショーは実は自分たちの結婚式のなれの果て」
「なんかよく分からないけど、おめでとう」
「ありがとう」
 メイクと髪のセットが終わった美歌は、すごくきれいだった。
「ほんと、助かった。美歌、背が高くて細いから、このドレス似合うわ」
「ありがとう」
 ステージのスタッフが呼びにきた。
「美歌、出番よ。いい、失敗してもいいけど、笑顔を忘れないで」
「うん、ありがとう」
 にっこり笑った美歌を見て、奈津美は大きくうなずいた。
 美歌を見送り、奈津美は赤ん坊と一緒に更衣室を出た。
「あれ、その子は?」
 蓮は奈津美にすぐに気がつき、近づいてきた。
「美歌と貴史の子。預かってるの」
 蓮はのぞきこんで、
「かわいいね。寝てる」
「うん」

   *   *

 ふたりは舞台の袖に向かい、美歌の出番を待った。
 ショーがはじまり、笑顔のカップルが出てきて、会場はものすごく盛り上がっていた。
 美歌の番が回ってきた。奈津美との約束を守り、笑顔で舞台を歩く。
「美歌も貴史も似合ってるね」
「ああ。どうなるかと思ったけど、良かった」
 スポットライトを浴びて、ドレスが光をきらきらと返す。光が当たるとバラの模様が浮き出るように生地を作ってもらった。
「社長の努力の生地だ」
 奈津美が無理を言って頼んだ生地が今日も日の目を見られて、ホッとした。
 ショーは無事、終わった。
 奈津美は更衣室に戻り、着替え終わった美歌の元へ行った。
「ありがとう、助かりました」
 美歌に赤ん坊を返した。
「よく寝ていたよ」
「あはは、この子がこんなに寝てるの、めずら……」
「ぶぎゃああ」
 ものすごい声で泣き始めた。
「はーい、えらかったね」
 美歌は袋の中から赤ん坊を取り出した。
「その袋みたいなの、なに?」
「これ? スリングっていう最近流行りらしい抱っこ紐。この中でしか寝なくて」
「へー」
 なんとなくカンガルーの袋を連想させられた。
「安心するのかな?」
「そうかも」
 美歌は授乳するねっと言って、奈津美に背を向けた。奈津美はお礼を言って美歌の元から去ろうとしたら、
「奈津美」
 美歌が真剣な顔で奈津美を見上げた。
「ありがとう」
 奈津美は美歌の言葉に驚き、目を見開いた。
「小林さーん」
 更衣室の入口から、奈津美は呼ばれた。
「美歌、ごめんね。私、行かなくちゃ。また近いうちに連絡する! 携帯電話、変えてないよね?」
「うん」
 奈津美はそれだけ聞いて、入口に走った。

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