偽りは舞う《九》

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 睨み合っていた帝と幸をどうにかなだめ、万里は幸と並んでソファに座った。帝は思案でもしているのか、万里と幸の前を右へ左へと動いていた。

「お兄さま、座っていただけません? とても目障りですわ」

 幸はまだ、怒りがおさまらないようだ。普段よりも辛辣な言葉を帝に投げかけた。
 帝はそれが聞こえていないのか、足を止めることなく腕を組み、あごに手を当ててうなっている。なにか言いにくい話でもされるのだろうか。万里は気が気でならない。
 幸はずっと帝をにらみつけている。万里はソファの手前に腰かけていて、油断するとまた、土下座をしそうだった。幸はそのことに気が付き、万里の腕を引っ張り、もう少し深く腰掛けるようにしたのだが、動く様子はなかった。

「まず、順序だって話をした方がよさそうだね」

 帝はようやく立ち止まり、万里と幸を見下ろした。

「お兄さま、いいからお座りになってください」
「ああ、失礼」

 帝は執務椅子を引っ張ってきてソファの斜め前に置き、そこにどっかりと腰掛けた。ようやく落ち着いたようだ。足を組み、膝を抱えるようにしている。
 そうしていると、写真でしか知らないが、先代によく似ていると万里は思う。優しげな顔立ちなのに、芯は強くて簡単には折れそうにない。見た目に油断して近づいてきた者を容易に砕いてしまいそうな、強靱さを内に秘めている。
 それが万里の帝像だ。
 その帝が万里に視線を向け、組んでいた足を戻すと、両膝に拳を置き、頭を下げてきた。

「ボクは最初に、万里に謝らなくてはならない」
「え……あのっ」

 まさかそういわれるとは思わず、万里は目を見開き、帝を見た。言葉だけではなく、頭まで下げられているのだ。どうすればいいのか分からずに幸を見たら、謝って当然という表情をしていた。
 帝に頭を下げさせてしまった。
 その事実に、万里はただ、おろおろすることしか出来ない。
 帝は頭を上げると、口を開いた。

「あの日、なかなか現れない幸にイラついていた。ようやく来たらしいという知らせを受けて『なにがなんでも逃がすな』と命令したんだ。それからしばらくして、準備が出来たからお連れしますというので安心していたら……万里だけが現れたから、戸惑っていたんだ」

 そういえば、幸は後から来ます、みたいなことを帝が言っていたような気がする。
 万里はそれどころではなかったし、『見合い相手』に見とれていて聞こえていなかった。
 すでにあの時点で、万里が幸ではないということが分かっていたのだ。そのことを思い出し、耳が熱くなってきた。

「ボクが幸に縄をかけてでも連れて来ていれば、万里に苦労をかけなくてもよかったんだが……。万里にすっかり甘えてしまっていたようだ。本当に申し訳なかった」

 再度、帝に頭を下げられてまで謝られ、万里は慌てふためいた。しかし、横で話を聞いていた幸は、怒り始めた。

「なにが縄をかけてでもですかっ! あたしはだから、大和さまとはっ!」
「幸。これはもう、決まっていることだ」
「でもっ……!」

 さらに嫌だと言おうとしていた幸を、帝は鋭い視線でにらみつけた。
 普段は妹に甘い帝だが、これはどうやら彼として譲れないところなのだろう。

「幸の言い分も分かる。ボクだって無理強いをしたくて言っているわけではない。でもこれは、プライベートな話ではなく、会社同士の話なんだ。だからこれは、ボクたちだけの問題ではない」

 幸はすがるように帝を見たが、厳しい表情は崩れることはなかった。

「簡単に断れる事柄ではないんだ、幸。今、日比谷と鹿鳴館が別れてしまえば、どちらも周りからつぶされる。ボクはもちろん、そうならないように頑張るが、きっと、幸にはとてもつらい思いをさせてしまうと思う」
「……お兄さまの言っていることは、分からないわ」

 分かっていないはずがないのに、幸は首を振り、呟いた。

「ボクだって、幸を人身御供状態で嫁がせるのは嫌なんだ」

 帝はなにかに耐えるようにぐっと唇をかみしめ、拳を握りしめた。

「幸が少しでも大和を好いてくれているのなら、よかったんだ」
「だって……大和さま……」
「前にも言っただろう、幸。あれは幼いころのほんのいたずら心だって。大和もあの出来事は、反省している。直接謝りたいってずっと言っているのに、おまえが拒否をするから」
「…………」

 しばらく、沈黙が落ちた。その静寂を破ったのは、帝だった。

「見合いの後、大和と話し合いを持ったんだ」

 帝は足を組み、幸に視線を向けた。

「大和は一度、幸に直接会って、あの時のことを謝りたいと言っている」
「……あたしは、嫌です」
「だれに似たんだか、頑固だな」

 少し前は大和に興味を持って万里に話を聞かせてほしいと歩み寄る姿勢を見せていたのに、また、元に戻ってしまったようだ。

「本当に謝りたいのなら、普通は向こうからあたしのところに来るべきじゃない! それなのに、なにがお見合いですかっ!」

 幸はスカートを握りしめ、肩を怒らせている。

「大和なら、何度もこの屋敷に来ている。幸に謝ろうとしているのに、会おうとしなかったのはだれだ」
「…………」

 万里は初耳で、驚いて幸を見た。幸はふいっと万里の視線から逃げるように窓の外を見た。

「会いたくありません。絶対に嫁ぎませんから!」

 ここまで強く言い張る幸を見るのは初めてで、万里も帝も途方に暮れてしまった。

「……幸がそこまで言うのなら、仕方がない」

 帝は大きくため息を吐き、それから万里へと視線を向けた。

「それでは万里、君にこれからのことを話してもいいかな?」

 思いもしなかった方向で話を向けられ、万里はきょとんと帝を見た。

「私の……今後、ですか?」
「そうだ。幸はこうまで言って、大和との結婚を拒否している。しかし、ボクはどうあってもどんな形でもいい、鹿鳴館と繋がりを持ちたい。大和とは親友だが、もっと強くて確かな絆がほしいんだ」

 幸はなにかに思い当たったようで、ソファから立ち上がった。口を開いて言葉を発しようとしたが、しかし、帝ににらまれ、大人しく引き下がった。

「この間の見合いの席で、どうやら鹿鳴館家は君に興味を示したようなんだ」
「私……ですか?」

 万里は話が見えず、首をかしげた。

「幸が駄目なら、君を、と」

 思いがけない言葉に万里は息を止め、帝を見た。
 まさか大和と……?
 少し前に夢見て、すぐにあり得ないし望んでもいけないと思ったことが現実に……?
 どくんと鼓動が弾み、すごい勢いで血液が全身を駆け巡っていくのが分かった。

「というのも、大和の側近も独身で、君とも年齢的にちょうどいいから、幸が駄目ならそちらでどうだろうと」

 万里は自分がとんでもない勘違いをしてしまったことに気がつき、恥ずかしくなった。真っ赤になり、俯いた。

「どういうことですか、お兄さまっ!」
「幸は嫌だという。だけどボクも大和も絆を得たい。そこの利害関係は一致したんだ」

 幸はわなわなと身体を震わせ、帝を睨みつけている。

「お兄さま、おっしゃっていること、分かっていらっしゃいますよね?」

 幸にしては低い声。怒りに震えている幸に気がついていないはずはないのに、帝は朗らかに答える。

「万里にとっても、悪い話ではないとは思うのだが」

 突然すぎて、万里は判断がつかない。

「なにが悪い話ではないですかっ! あたしが駄目なら、万里を身代わりに差し出すなんてっ! いつからそんな冷酷な方にな……っ!」

 幸が最後まで言い切る前に帝は、口角を上げて笑みの形にした。しかし目は笑っておらず、幸は気圧されて、口を閉ざした。

「だからこれは、ボクと幸だけの問題ではないと最初に言っただろう? 今、鹿鳴館との絆を深めておかないと、ボクたちだけではなく、たくさんの従業員とそれに付随してくる人たちが路頭に迷うことになりかねないんだよ? そうなると、たくさんの人に恨まれることになる。幸はそんなことになったら、耐えられるかい?」
「そっ、そんな……!」
「こんなこと、ボクだって言いたくない。幸ひとりに背負わせたくない。大和に姉か妹がいれば、ボクは喜んで受け入れただろう。だけど、向こうは大和一人だ。ボクと大和が結婚するわけにはいかない。となると、幸にはどうあっても大和に嫁いでもらいたい。でも幸は、大和と結婚するのは、嫌なんだろう?」
「…………」
「ボクは、経営者だ。利用出来るものは、なんだって使わせてもらう」

 そこで万里は気がついた。
 万里がここに採用されたのは、幸の世話をするというのとは別に、こうなることを読んでいたのではないかと。
 万里は親戚の紹介でここへきた。親戚は昔から日比谷家に家族ぐるみで仕えていると聞いたことがある。身元もはっきりしているし、そういう手駒としても使えると踏んで、万里は雇われたのだろう。
 それを思うと、過分な給料の意味や、先日の買い物も合点がいく。
 帝は万里にそういった役割を期待して、先行投資されていたのだ。
 果たして、万里にそれだけの価値があるのかは分からないが、どちらにしても万里は、断ることが出来ない状況であるのだけは分かった。

「あの……」

 帝が自分にそう期待をしているのなら、今までの恩を含め、応えなければならないだろう。

「私が大和さまの部下に嫁げば、幸さんは大和さまと結婚をしなくても、済みますか?」

 ひどく真剣な表情で万里に聞かれ、帝はなぜか少し、躊躇った。

「君は幸のように抵抗はしないんだね」

 戸惑いは見せたものの、それほど抵抗なく受け入れられるとは思っていなかった帝は、思わずそう聞いてしまう。

「嫌よ、万里! あたしの代わりになんて……!」
「私に幸さんの代わりが務まるほどの価値があるとは思いません」
「価値があるとかないとかじゃなくて!」
「万里、君は自分を過小評価しすぎだよ。確かに君は日比谷家とはなんの血の繋がりはない。しかし、君はすでに日比谷家の一員だ。幸は君のことを姉だと思っているくらいだから。そんな人物と、向こうは腹心の部下の嫁にと万里をご指名してきたんだ」

 万里を指名してきた。
 その一言に、帝をじっと見つめる。

「大和自ら、言ってきたんだ。ボクはとてもいいチャンスだと思っているよ」

 大和自らと言われ、万里は再び、頬が上気するのが分かった。
 大和本人と結婚、というのはやはり、どう考えても不可能だ。
 しかし、大和の腹心という人物の妻になれば、今よりも大和に会えるチャンスは増える。
 大和とどうにかなりたいとは思わない。だけどただ、近くで見ていられることが出来るのなら……。
 帝が言ったように、これは万里にとってもチャンスだ。
 だからそれほど深く考えず、万里は大きくうなずき、返事をした。

「そのお話、受けます」

 幸の悲鳴のような声が耳元でしたが、万里はそのとき、幸せな気持ちで一杯だった。





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