偽りは舞う《二十四》

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 大和は結局、食事が終わっても戻ってくる様子がなかった。
 食事はどれも美味しくて幸せな気持ちになったのだが、反面、大和に申し訳ないという気持ちを募らせた。
 閏は結局、万里に気遣いの言葉を掛けたきり、その後はずっと無言だった。広い室内に食器の音だけが小さく響く。
 デザートも食べ終わり、大和の帰りを待っていたのだが、手持ち無沙汰になってしまった。

「あの……お手洗いに、行ってきます」
「……ああ」

 万里はなんだかじっとしているのがいたたまれなくなり、化粧直しも兼ねて荷物を持ち、席を立った。
 部屋を出て、思わず大きく深呼吸をしてしまう。二人でいると、息が詰まってしまいそうになる。
 閏も万里も基本的には口数が多い方ではないため、必然的に無言となってしまう。
 幸といた時は、幸が次から次へと話題を提供してくれたため、気が楽だった。
 そんなことを考えながら手洗いから出たためか、廊下の角を曲がる幸を見たような気がした。
 万里は慌てて自分の目をこすり、思わず追いかけた。廊下を小走りに通り抜け、幸が消えた角を曲がろうとしたところ、誰かが飛び出てきた。

「きゃっ」

 驚き、万里は足を止めた。

「おっと、失礼……って、あれ、万里ちゃん?」
「……大和さま?」

 なかなか戻って来ないと思っていた大和が、そこにいた。

「食事はもう、終わったかい?」
「はい。美味しくいただきました」
「それならよかった。思った以上に電話が長引いてしまって、こんな時間になってしまった」

 大和は悔しそうな渋面を浮かべていた。

「お食事は……」
「心配ない。別室を用意してもらって、そこで摂ったから」

 大和だけに仕事をさせて、食事も摂っていなかったのなら申し訳ないと思ったが、それは杞憂だったようだ。万里はほっとした。

「閏も来たか。それでは、帰るぞ」

 大和の合図に万里たちは再び車中の人となり、鹿鳴館の屋敷へと帰った。

 部屋に戻り、風呂に入って寝る準備をしていたら、久しぶりに飲んだアルコールと疲れのせいで、いつもよりも早い眠気が訪れた。
 本当は幸に今日の出来事をメールしようとしたのだが、目を開けているのも億劫だ。

「すみません、お先に休ませていただきます」

 万里はあくびを繰り返しながら、ソファに座って読書をしている閏に声を掛け、寝室へと向かった。
 ベッドに潜り込むと、次の瞬間、すでに意識はなかった。

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 目覚まし時計の音に、万里の意識が浮上した。
 カーテンの隙間から差し込む光に、昨日、ぐっすりと眠ったことを知った。目覚めは思っていた以上にスッキリしていた。

「おはようございます」

 と閏に声を掛け、ベッドから抜け出て、着替える。
 昨日と同じ。変わらない日常が待っている。
 また指一本も触れることのない日々が続くのだろうが、昨日のぬくもりを胸に抱き、万里は頑張っていくつもりでいた。

 大和は今週いっぱい、オフィスで溜まっていた事務処理を行うということだった。来週からはまた、オフィスと取引先を行ったり来たりの生活になるという。外出には基本、閏が付いていくので、その間、万里が一人、オフィスに残って電話などの取り次ぎを行うことになっている。
 だいぶ慣れたとはいえ、やはり不安がつきまとう。後は慣れの問題というのもあるので、この一週間、頑張るしかなかった。
 分からないことは積極的に、閏と大和に聞いた。とにかくひたすらに、がむしゃらに。
 仕事が終わり、屋敷に帰ると慣れない仕事にぐったりだ。
 力尽きて、食事も風呂も入らずに寝てしまう日もあった。
 幸にメールをしなければと気には掛けていたのだが、送る事が出来ずにいた。
 大和が歓迎会を開いてくれた日に見かけたのは、あれは幸本人だったのだろうか。それも確認したいのに、出来ずにいる。
 廊下の角を急いで曲がっていたのでよく見えなかったが、あの時、幸らしき人物は泣いていたような気がしたのだ。
 どうしてあの店に幸がいたのか。そして、なんで泣いていたのか。
 気にはなっていたが、ようやく万里に自由な時間が出来たのは、週末だった。
 土日は基本、仕事は休みになっている。それは閏も大和も同じだ。
 ようやくの休みにほっとして、万里は特に予定のない土曜日、朝食のあと、ソファに座って、幸にメールを出すために携帯電話と睨み合っていた。
 前回のメールから間が空いたのをまずお詫びを入れて……この一週間、なにをしていたのかということを簡単に触れた。大和が歓迎会を開いてくれたことも書き、そこの店で幸らしき人を見かけたということも書いた。でも、泣いていたようだということは書かないでおいた。
 万里は自分の書いた文面を読み直し、送信ボタンを押した瞬間。

「……だれにメールをした」

 万里の真後ろから冷え切った声が掛けられ、思わず飛び上がった。

「え……あのっ。幸さんに……近況報告、を」

 万里はゆっくりと振り返り、閏を見上げた。

「雇い主ではないはずの相手に、どうして近況報告などしなくてはならない?」

 銀縁眼鏡の奥の瞳は細められ、万里の心の奥を射貫くような鋭い視線を向けてきていた。

「幸さんは前の雇い主ではありますが……どうしてお世話になった相手に、近況報告をしてはいけないのですか」

 閏は万里が反論してくるとは思っていなかったのか、さらに瞳を細め、睨み付けてきている。そして視線は万里が手にしている携帯電話へと移った。

「貸せ」
「えっ……あっ」

 閏は手を伸ばし、万里の握っていた携帯電話をもぎ取り、送信ボックス内を見た。
 メールは数通しか存在しておらず、その宛先はどれも幸宛てだった。閏は先ほど送ったと思われるメールを選択して、中身を読み、そしてその前のメールにも目を通した。

「……なるほど」

 閏は口角をあげ、万里を見下ろした。

「そういうことか」

 万里は閏がなにを思ったのかまったく分からず、首を傾げた。

「この携帯電話、借りるぞ」

 閏はそれだけ言うと、足早に部屋を出て行った。
 携帯電話は普段からそれほど使用している訳ではないので、取られても特には問題はない。困ってしまうことを一つだけ上げれば、幸との連絡手段が断たれてしまうことだ。しかしそれも、いざとなれば大和経由で帝に連絡を取ってもらい、幸に伝えることは出来るだろう。
 だから万里はそれほど慌てることなく、閏が戻ってくるのを待つことにした。
 閏が部屋を出て、それほど経たずになぜか大和とともに部屋へと戻ってきた。

「そういえば、万里ちゃんは幸と仲がいいんだよな」

 上機嫌な大和に対して、閏は渋面を浮かべていた。

「あの……」

 仲はよかったが、万里が結婚することになり、けんかのような状態になっているとは言い辛かった。
 言い辛そうにしている万里を見て、大和は手に持っていた万里の携帯電話をパチンと二つ折りに戻した。

「ああ、帝から聞いて、知っている。万里ちゃんがこちらに来てから、幸の様子がますますおかしいと相談を持ちかけられたんだ」

 そんなことになっているとは思わず、万里はソファから立ち上がった。

「そこでだ。幸はどうやら、噂のよくないグループと付き合っているらしいと聞き、毎週、先日行ったレストランで会合が行われているから見てきて欲しいと帝に調査を依頼されたんだ」

 あの日、廊下で見たのは幸で間違いない、ということらしい。そしてそこで見かけたのは、偶然でもなんでもなかったようだ。

「幸一人が部屋から出てくるのを見計らって、声を掛けたんだが……ストーカーだと言われ、逃げられたよ」

 大和は手に持っていた携帯電話を万里へと返した。

「ということで、万里ちゃん。オレからお願い。幸にとにかく、連絡を取り続けて欲しい」
「え……あ、はい」

 万里は大和から返された携帯電話を見つめ、それから大和へと視線を向けた。

「幸を……救いたいんだ」

 予想以上に真摯な表情をした大和を見て、万里は大きくうなずいた。





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