偽りは舞う《二十七》

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 閏に電話を掛けると、すぐに大和とともに戻ってきて、閏が運転席に、大和は助手席に座った。

「とりあえず鹿鳴館の屋敷に戻ろう」

 大和の指示に、万里は反論はなかった。

「帝にはオレから連絡を入れておいた。日比谷家は幸がいなくなって、大騒動になっているようだ」

 幸が一人でここにいることが、とても気になっていたのだ。大和の素早い対応に万里は安堵した。

「屋敷に幸の部屋を用意させた。そこに連れて行こう」
「ありがとうございます」
「ん? 万里ちゃんにお礼を言われるようなことはしてないよ。オレの大切な人だからね」

 大和は愛おしそうに万里にしがみついて寝ている幸を見ている。万里は気になっていたことを、思い切って質問した。

「鹿鳴館のお屋敷で、大和さまには想い人がいらっしゃると色んな方からうかがったのですが」

 ちらりと閏に視線を向けると、無表情にハンドルを握って運転をしている。

「オレの想い人はずっと、幸だよ?」

 その一言に、万里はとてもうれしくなった。
 幸は大和のことを快く思っていないが、大和はずっと、幸のことを想っていてくれている。
 大和を見ていると、相手から冷たい対応をされてもくじけずに自分の想いを貫く大切さを教えられたような気がしたのだ。

「大和さま、ありがとうございます」

 万里は大和に大切なことを教えられたような気がしたのでお礼を告げたのだが、大和に困った顔をされてしまった。

「万里ちゃんのことは好きだけど、でもやっぱり幸が一番だな」
「はい、分かっています。それに、大和さまに想われても、困ってしまいます」

 大和はにやりと口角をあげ、閏に視線を送った。

「ふむふむ、なるほど」

 大和には万里の気持ちなどお見通しらしい。それが恥ずかしくて、真っ赤になって俯いた。

「あー、もうっ! 憎いねぇ」
「大和さま、お静かに。幸さまが起きてしまいます」

 それまで黙っていた閏は、大和に注意を促した。
 大和はふんと鼻を鳴らし、後部座席に向けていた身体を前に戻した。

 鹿鳴館の屋敷に着いても幸は眠っていた。もしかすると、ずっと悩んで満足に眠れていなかったのかもしれない。
 穏やかな表情で眠っている幸を見ていたら起こすのは忍びなくなったのだが、万里が幸を抱えて用意してもらった部屋に連れて行くのはとうてい無理だ。

「俺が連れて行こう」

 万里から幸を受け取ろうとした閏を、大和が止めた。

「ダメだ。オレが連れて行く」
「しかし」
「幸に触るな」

 大和を見ると、予想以上にぎらぎらとした表情で閏を睨み付けていた。想い人が近くにいるのに、奪われてなるものかといったところだろうか。鬼気迫る大和にそれ以上、閏もなにも言えないようで、素直に身を引いた。
 万里から幸を受け取った大和は壊れ物を扱うような丁寧さで、部屋へ抱えていった。

 二人を見送り、万里は閏とともに裏口へと向かった。
 万里は閏の背中を見ていて、コートのことを思い出した。

「あのっ、コート、ありがとうございましたっ」

 万里は慌ててコートを脱ぎ、閏に返そうとした。しかし。

「部屋に帰ったら、ハンガーに掛けておいてほしい」

 以前だったら無言で奪うようにしてコートを受け取っていたような気がする。しかし閏の中でなにかが変わったのか、万里に任せてくれたようだ。

「はいっ」

 万里はうれしくて、笑みを浮かべた。閏は辛そうな表情をして、顔を逸らした。

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 朝起きて、朝食を食べているところに幸の目が覚めたという知らせが届いた。
 昨日のこともあり、万里はいてもたってもいられなくなり、そわそわした。

「落ち着いて飯を食ってから、幸さまの部屋に行ってくればいい」

 今までは非協力的だった閏が一転して協力的なことを言ってくれて、万里は逆に恐ろしい。

「しかし」
「幸さまはおまえを頼ってきたんだ」

 閏はそう一言だけ告げ、食事に戻った。

「ありがとうございます」
「礼を言われる覚えはない」

 今回の件で、少しだけ閏が歩み寄ってきたような気がする。
 万里はそれがとてもうれしくて、笑みを浮かべて残りの朝食を口にした。

 片付けたあと、幸の部屋へと思ったのだが、そもそもが幸がどこにいるのか、分からない。

「あの……再びすみません。幸さんの部屋、どこかご存知……ですか」

 ソファでくつろいでいた閏は手に持っていた新聞をローテーブルに乗せると立ち上がり、部屋を出ようとしている。

「え、あの」
「幸さまの部屋に行くんだろう?」
「はい、そうですが」
「また迷子にでもなられたら、困る」

 またと言われたが、万里は迷子になった覚えはない。反論しようとしたが、閏はさっと部屋を出て行ってしまったので万里は慌てて後を追いかけた。
 閏は大和の部屋へ行き、幸がいる場所を聞いていた。

「ありがとうございます。……こっちだ」

 閏はそれだけ言うと、歩き始めてしまった。万里はただ、ついていくだけだ。
 幸がいるという部屋は、それほど離れていなかった。

「ここにいらっしゃるそうだ」
「ありがとうございますっ」

 閏は万里を一瞥すると、きびすを返して部屋へと戻っていった。
 万里が扉をノックすると、うっすらと開いた。

「……万里っ」

 幸は万里の姿を認めると扉を開け放ち、飛びついてきた。

「幸さんっ」

 万里はよろけ、どうにか幸を支えた。

「ねね、万里っ! 朝食は食べた?」
「すみません、お先にいただきました」
「そうなんだ。あたし、今からなのっ。付き合って、ね?」

 幸に強引に腕を引っ張られ、万里は苦笑しながら室内へ足を運んだ。

 幸が朝食を食べるのに付き合い、食後のお茶をともにして、日比谷家にいた頃のように万里と幸はよく喋った。

「ところで、幸さん」
「でね、万里っ! 聞いてよ!」

 万里が昨日の話題に触れようとする度、幸ははぐらかすように話題を変えた。
 万里は仕方がなく、幸に付き合った。
 そうやっておしゃべりをしていると、あっという間に時間が経っていく。
 昼もともに食べ、おやつまで出してもらい、久しぶりに幸と楽しい時間を過ごしたような気がした。
 こうして話をしていると、昔のままのような錯覚に陥る。

「ね、万里っ。今日は一緒に寝よ?」
「え……あ、そのっ」
「あ、あたしが万里をずっと占領してたら、だんなさまに怒られちゃう?」

 だんなさまと言われ、万里は一瞬、だれのことか分からなかった。すぐに閏のことだと分かり、恥ずかしさのあまり、真っ赤になってしまった。

「うわぁ、万里のそんな表情、初めて見たぁ。いいなぁ、万里、幸せで」

 それまでの楽しい空気が一転して、暗く沈み込む。万里は息を飲み込み、思い切って口を開いた。

「幸さん……一度、検査をしましょう」

 幸は万里の言葉に激しく首を振り、拒否をした。

「嫌よ! いやいやっ!」

 それまで穏やかだった幸が突然暴れ始め、手当たり次第に物を投げ始めた。

「幸さんっ、落ち着いてください!」

 万里は必死になって止めるのだが、幸は狂ったように泣き叫び、制止の声は聞こえていないようだった。




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