《三》ひたすら南へ01

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 楽園パラディッサは、アツィームにあるというが、だれでもたどり着ける場所ではない。
 たどり着ける条件は分からないが、行ってきたという手記を残している人物が何人もいることから、存在はしているようだ。
 楽園パラディッサにどれだけの人が行けたのかは分からない。そのままそこに居座り、生涯を終えた人もいるという。

楽園パラディッサっていうから、そこにたどり着いた人たちは不老不死なのかと思ってた」

 真珠の少し無邪気な言葉に、モリオンは首を振った。

「もしかしたら、そうかもしれない。とにかく、情報が極端に少ないんだ。行ってきたという人たちの手記を見ると、一様に『素晴らしいところだった』としか書かれていない。どんな人がいて、どんな生活をしていたのか。場所も色んなものを漁ってようやく、アツィームにあるアラレヒベに繋がっている可能性が高いと分かっただけで、確定ではない」

 ということで、真珠たちは今、アラレヒベに通じているという道の端をひたすら歩いていた。
 道はそこそこ広く、整備もされている。真ん中をスアヴァーリが荷車を引っ張っている。
 人通りは多く、こんなところを堂々と通ってアレクに見つからないのかなと真珠が心配していた矢先。

「見つけた」

 正面から、焦げ茶色の髪に赤っぽい瞳の男が剣を構えてやってきた。片刃の剣。モリオンより少し背が低いものの、縦にも横にも大きな体格だ。その顔には、幾ばくか笑みが浮かんでいる。

「予想通り、楽園パラディッサに行くんだ」

 楽しそうな声音。
 先頭を歩いていたモリオンは立ち止まり、後ろにいる真珠とマリをかばうように片手を広げた。

「ふーん、抵抗、するんだ」

 鼻で笑う男に、モリオンは後ろの二人に端に逃げろと合図をしてきた。
 マリは真珠の肩を抱き、道の端へと移動して、小さくなった。真珠は壁に張り付き、やっぱり壁に擬態してみた。

「アメシストの兄で、護衛でもあるモリオンと一度、手合わせしてみたかったんだよな」

 追っ手の男は、モリオンのことを知っているようだ。
 しかし、モリオンは目の前に立つ男のことは知らない。

「おまえはだれだ」

 かたい声に男は楽しそうな笑みを浮かべ、左腕を伸ばして剣の切っ先をモリオンの鼻先へと向けてきた。

「名前を教えてもいいが、覚えたところでボクに倒されるんだから無意味だけど」

 ずいぶんと自信満々な男に、モリオンは抱えていた荷物を肩から下ろし、真珠とマリの側に投げた。マリは袋を受け取ると、抱え込んだ。

「アレクはオレを切り捨てた、ということか」
「その通り。前からおまえのことは目障りと思っていたみたいだな」

 モリオンは悔しそうな表情を浮かべ、背負っていた大剣の柄に手を掛けた。

「そこの赤い髪のお嬢ちゃんと、そっちのちっこいのは死なない程度に痛めつけて、連れて帰ってこいとご命令だからな」
「ぼっ、ぼくは壁だからっ!」

 三人の冷たい視線が真珠に刺さる。前回の木に擬態して失敗したことを踏まえればいいのに、懲りずにやっている。
 マリは隣でため息を吐いている始末だ。

「ははっ、おまえ、面白いな! そういうの、嫌いじゃないぜ」

 男は真珠の馬鹿を心から笑った。
 それまで険しい表情だった男が笑顔を見せ、それが妙に人懐っこくて、真珠はどきりとした。
 彼は悪い人間ではない。だけどアレクの命令で真珠たちを追ってきているのだろう。
 そう思うと、モリオンと彼が戦う無意味さを知り、真珠はどうにかしてそれを阻止したいと思うのだが、そう願う横で、二人は真剣な表情で対峙している。
 やめてと言ったところで、やめるような二人ではないだろう。やめさせたいのだが、どうすればいいのか分からない。

「行くぜ!」

 男は剣を中段に構え直し、腰を落としたと思った途端、地面を蹴り、モリオンに斬りかかった。
 モリオンは後退しながら背負っていた大剣を鞘から抜くなり、水平に振ってきた男の剣先を受け止め、すぐに流した。
 剣と剣のぶつかった乾いた音が、真珠の耳に届いた。
 男は流された剣先を上に持ち上げ、モリオンに向かって振り下ろす。モリオンは軽く受け止めるとはじき返す。

「どうした、攻撃してこないのか?」
「オレは別におまえと争いたいわけではない」
「ふん。そう言っていられるのも、今だけだぞ」

 男は再び上段に構え、モリオンに振り下ろす。モリオンはやはり、先ほどと同じようにはじき返すだけにとどめていた。
 剣がぶつかり合う度、甲高い音が響き渡る。
 その横を、スアヴァーリが荷台を引いて、駆け抜けていく。止まって見学をしていくような人はいない。
 男は何度も何度もモリオンに剣を振り下ろしていく。男の身体の大きさの割りには、細身の剣。どうしてそんなものを武器にしているのかと疑問に思っていたのだが、二人が戦っているのを見ているうちに、その意味が分かってきた。
 細身で刀身も少し短いということは、小回りが利きやすい。一方のモリオンの持つのは大剣で、幅が広く、刀身も長い。攻撃する側に立てば一撃は重たいが、逆に受けるばかりだと、その重さゆえに反応が遅れることもある。
 男が打ち込む度、少しずつモリオンの反応が遅くなっている。いや、モリオンが決して遅いわけではない。男の攻撃速度が速く、徐々に速度に差が出来てきているようだ。
 モリオンは男に振り下ろされた剣を受け止め、大きくなぎ払った。

「掛かったな!」

 男の一言に、モリオンの表情が引きつる。
 男は素早く切り返し、モリオンに切りつける。
 大剣を翻して受け止めようとするが、一瞬、遅れた。
 シュッと風を切る音がして、モリオンの頬を男の剣の先がかすり、血が舞った。

「ふっ。避けたことを褒めてやろう」

 モリオンは大剣を構えたまま、肩口に頬をすりつけた。服に血がにじむ。

「本気を出さないと、ダメってことか」

 男の声にまだあれが本気ではなかったのかと、真珠の全身から血が抜けていくような感覚を覚えた。

「……やめて」

 出した声はしかし、掠れていて、小さい。近くにいるマリの耳にも届いていない。
 男は剣を左手から右手に持ち替え、腰に差していたもう一振りの剣を鞘から抜いた。
 右手に持った剣よりも幅広で、刀身も長い。しかも、諸刃のようだ。

「二刀……?」
「久しぶりにボクが本気を出さないといけない相手に会えて、うれしいよ」

 男は赤い舌で唇をなめると、楽しそうな笑みを浮かべた。人懐っこいあの笑みとはまったく違う、加虐的な表情に真珠の身体は震えた。

「まさか……おまえ、賞金稼ぎのルベウス?」
「へー、さすがはモリオンさま。ボクのこと、知ってたんだ」

 肯定の言葉に、マリの身体が大きく揺れた。

「……ルベウス?」

 この世界のことが分かっていない真珠一人、不思議そうに首をかしげている。

「泣く子も黙るルベウスさまは、狙った獲物を一度たりとも逃したことがない。覚悟するんだな」

 ルベウスは両手に持った剣を交え、十字型に構えると腰を低くして、モリオンに斬りかかった。

「本気出して掛かってこいよ? そうしないとおまえ、死ぬよ」

 ルベウスの名は、悪名高い。

「ルベウスといえば、お金のためならなんだってするって噂で、昨日まで味方だったのに、次の日には敵になってるような人なの」

 それでも……とマリは続ける。

「腕は立つし、なにがなんでもやり遂げるから、お金を持っている人たちは彼に依頼をするみたい。……裏切られることがあることを知りながらね」

 それまでずっと、防戦一方だったモリオンだが、相手がルベウスと知り、険しい表情になった。剣を構えると、ルベウスに間合いに入られないうちにと大剣を振り下ろす。
 剣の長さ的にはモリオンの大剣が長いため、間合いは長い。しかし、大剣は大ぶりな動きになるため隙が出来やすく、相手に間合いに入られることは、他の剣以上に攻撃の機会を与えることになる。だからといって、動きを小さくすると大剣の本来の持ち味を殺してしまうことになる。
 モリオンは柄を握りしめ、身体を低くした。





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