《三》ひたすら南へ03

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 四人の横を、スアヴァーリが音を立てて通り過ぎていった。
 それを合図に、モリオンとルベウスが最初に顔を上げた。少し遅れてマリはゆっくりと顔を覆っていた手指の間から、真珠が立っている辺りに視線を向けた。
 そこには、何事もなかったかのように真珠がぼんやりと立っていた。
 ルベウスが一歩ずつ、地面を確認するかのような足取りで真珠へと歩み寄っている。それを見たモリオンは慌てて真珠へと駆け寄り、ルベウスからかばうように背中へと隠そうとした。
 ルベウスは真珠の側まで来ると、いきなり両膝をつき、右手を左肩に軽く添え、深々と頭を下げた。
 それを見て、モリオンとマリは目を見開いた。
 真珠はというと、ぼんやりしていたものの、モリオンが走り寄ってきたことで意識が戻り、その上、ルベウスまで近づいて来て跪かれているのを見て、動揺していた。

「う……え、っと?」

 こういうとき、どう反応すればいいのか分からない。おろおろとして、モリオンの背中を見て、さらには少し遠くにいるマリへと視線を向ける。マリは心配そうな表情で真珠を見ていた。

「ボクが間違っていました……! あなたの下僕にしてくださいっ!」

 ルベウスの言葉の意味が分からなくて、真珠はますます、当惑した。



 真珠は思い出す。
 モリオンとルベウスが戦っていて、お互いが最後の一撃と技を繰り出し、それを止めるために真珠は無謀にも飛び出した。
 一貫の終わりだと思っていたら、よく分からないものが真珠の中から飛び出し、二人が放った技を消し去った。
 モリオンとの対峙の時にマリが目撃して、精霊ファナーヒが言っていた真珠の力だというのなら、この世界に喚ばれた時に言葉が分かるようになったのと同じ、なにか分からないものが作用した結果なのだろう。
 そこまではいいとしよう。
 しかし、モリオンといい、ルベウスといい、どうしていきなり真珠に対してそんな態度を取るのか、分からなかった。

「なにが下僕だ! 下品だな、おまえ」

 モリオンが真珠の代わりに怒ってくれている。しかし、いきなり『忠誠を誓います!』と叫んだモリオンも、真珠にしてみれば似たようなものだ。

「けんかをやめてくれたら、どっちでもいいから」

 真珠にしてみれば、二人がけんかをやめてくれれば、今のところはそれでよかった。

「なんと寛大な心の持ち主なんだ!」

 ルベウスの大げさな言葉に、真珠はげんなりとした。
 さっきと今とでは、あまりにも態度が変わりすぎて、真珠はついて行けない。なにが原因なのだろうか。
 どう対応すればいいのか悩んでいたら、助け船を出してくれた人物がいた。

「……行きましょう」

 遠くから様子を見ていたマリが提案してくれなかったら、真珠はただ、モリオンとルベウスの間をおろおろしていただけだろう。
 モリオンは大剣を背負い直し、マリが大切に抱えている荷物を受け取ると歩き始めた。マリはその背中を追いかけている。真珠がルベウスの対処をどうしようかと悩んでいるうちに、モリオンとマリはどんどんと遠ざかっている。二人は振り返ることなく、歩いて行く。ここで置いて行かれたら大変だと、真珠は慌てて二人を追いかけた。

「待ってくれ! ボクも着いていくよ」

 ルベウスも剣を鞘におさめると、三人を追いかけて来た。

「おまえは来るな」

 モリオンは冷たく言い放ったが、その程度でルベウスが諦めるわけがない。むしろ余計に熱くなり、食らいついてきた。

「アレクに捨てられた役立たずのくせに、なんでそんなに偉そうなんだ」
「ふっ、ふふん。アメシストの威光を嵩に着ているようなヤツになにを言われても、なっ、なんともないんだからな!」

 とは言っているが、声が震えている。
 これまでそんな様子を見せなかったが、屋敷を出るときにもアレクより地位が低いと言われていたし、しかもその相手から切られたと知り、モリオンが痛手を受けていないわけはないだろう。

「オレはアメシスト命! アメシストが言ったことなら、なんでも聞く! 他のヤツが言ったことなんて、聞きはしない! ……あ、カッシーは別格ね」

 とってつけたように言われ、真珠は苦笑いを浮かべた。

「まあ、いい。ボクは勝手にそこの少年についていくから」

 ルベウスは真珠を指さし、三人から少し距離を空けて、着いてくる気、満々のようだ。

「着いてくるな!」
「ボクがどうしようと、ボクの勝手だろ?」

 ルベウスの余裕そうな表情に、モリオンは地団駄を踏んでいる。悔しいとき、本当に地面を踏みしめるんだなと真珠はのんきに見ていた。

「……ほっといて先を急ぎましょ」

 マリがまたもやそう口にして、三人はアラレヒベへと向かうことにした。

┿─────────────┿

 日は高くなってきたが、幸いなことに雲に隠れているからか、歩いていても暑くない。むしろ、立ち止まると寒いと感じるくらいだ。

「ねえ、マリ。普段からこんなに寒いの?」

 なんだかだんだんと寒さを感じてきて、真珠は自分の身体を抱きしめながら、マリに質問した。

「いいえ。こんなに寒いのは、初めてです」

 マリも寒いようで、長い髪を首に巻き付けている。
 真珠たちが着ている服は、通気性の良い生地で出来た物だ。風が吹く度、素肌を撫でていき、鳥肌が立つ。

「この寒さは異常だな。街か村に立ち寄って、上に羽織る物を手に入れよう」

 少し後ろで会話を聞いていたルベウスが、口を挟んできた。

「ボクが近くの街から、上着を調達してくるよ」
「……そう言って、アレクに連絡を入れようなんて、思ってないでしょうね」

 マリの疑いの視線を受け、ルベウスはとんでもないと手を振った。

「そんなこと、するわけないだろう?」
「あなたの今までの行いを思えば、信じられないわ。だって、わたしたちは追われている身。それを助けたところで、あなたにはなんの利益もないじゃない」

 ルベウスが噂通りの男ならば、真珠たちをつかまえてアレクのところに連れて行く方が利益が大きいはずだ。それを途中放棄してまで着いてくるのは、ルベウスにとって、損なのではないだろうか。

「だっておまえたち、楽園パラディッサに行くんだろう?」

 そう聞かれ、三人は思わず、顔を見合わせた。素直にうなずいていいのだろうか。みすみす敵に行き先を教え、そこで待ち伏せされていても困る。
 真珠は答えることに躊躇して、モリオンとマリも同じように思ったのか、無言だ。
 だが、よく考えてみると、モリオンのことを仲間だとすっかり認識してしまっている真珠だが、彼もまた、真珠の追っ手だったのだ。今は真珠の味方のような振る舞いをしているが、ルベウスと同様、アレク側なのだ。
 そのことを思い出し、外の寒さと相まって、真珠は背筋が凍った。

「ぼくたちがどこに行こうが、関係ないだろう」

 突き放すように真珠は口にしたが、ルベウスはなにか面白かったのか、口角をあげ、真珠を見た。

「信じてもらえてないのは分かった。いいよ、ボクも今までの行いを思えば、すぐに信じてもらえるとは思っていない。信じてもらえるまで、つきまとう」

 宣言され、真珠は困った表情をマリに向けた。

「信じてもらえるまでと言うけど、信じてもらえるような物でも持っているの?」

 マリの冷たい声にも、ルベウスはくじけることはないようだ。うっすらと笑みを浮かべている。

「あるけど……でもきっと嘘だと思われるだろうから、今は言わない」

 そう言うと、ルベウスは真珠に近寄ってきて、腰に差していたふた振りの剣を鞘ごと外し、渡してきた。

「ボクが今、すぐに嘘ではないと証明できるのは、大切な剣を預けるくらいだ」

 ルベウスは真珠に無理矢理、剣を押しつけると、すぐに離れた。

「とにかく、この近くに小さいけど、村があるんだ。そこで四人分の上着を調達してくるよ。このまま、この街道を南下するんだろう? 先に行っていてくれ」

 ルベウスはそれだけ言うと、だれの同意をとることなく勝手に走って行ってしまった。

「どうすんだ、これ?」

 真珠は渡されたふた振りの剣が予想以上に重くて、抱えるのが精一杯だった。これを腰に差し、平然と歩いたり、しかも軽々と振り回していたことを思い出した。

「オレが持ってやろうか?」

 モリオンが手を出して、剣に触れそうになったところでぱちっとなにかが弾けた。

「った」

 モリオンは慌てて、手を引っ込めた。

「ちっ」

 モリオンは舌打ちをすると、しかめっ面で真珠が抱えているふた振りの剣をにらみつけている。

「わたしが一振り、預かりましょうか?」

 マリの申し出に、真珠は断ろうと思ったが、マリが馬鹿力だったことを思い出してお願いしようとしたが、マリが手を伸ばしたと同時に、ぱちっと弾けた。マリも慌てて、手を引っ込めた。

「大丈夫?」

 真珠は心配して声を掛け、マリの手を取ろうとしたら、頬を赤らめ、身体ごと引かれた。

「あ……ごめん」

 拒絶されるとは思っていなくて、真珠はずきりと心に痛みが走った。しょんぼりと肩を落としたのを見て、マリが慌てて弁解する。

「おっ、男の人に触れられるの、慣れてないからっ」

 そう言って、マリは真珠から視線を逸らし、手を確認している。
 確かに、真珠は男の格好をしているが、マリは真珠が本当は女だと知っているのだ。それは言い訳のような気がして、ますます落ち込んだ。

「手はなんともなってないようですから、本当に大丈夫です。その……ごめんなさい」

 マリの謝罪の言葉に、真珠は小さく首を振った。
 モリオンは忌々しそうな表情を浮かべ、真珠が抱えているふた振りの剣をにらみつけていた。





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