《六》幻影世界へ04

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 真珠の呼びかけにしかし、なにも応えがない。

「あのぉ……どなたもいらっしゃらない?」

 真珠の後ろから見ていた三人が、恐る恐る、近寄ってきた。
 ルベウスは円蓋の中が見えるように明かりを真珠に近づけてきた。真珠は明かりを受け取り、中が見えるように掲げた。
 ぼんやりと中が見える。

「え……」

 なにかが見えたと思った瞬間。
 室内にもかかわらず、四人の身体に突風が吹き付けてきた。

「うわっ!」


┿─────────────┿

 突風は一瞬だった。
 とはいえ、突然の強い風に四人は驚き、とっさに身を守った。
 さらに風が身体を叩きつけるかと覚悟をしていたが、それっきり、なにも起こらない。
 それよりも四人の耳に、ざわめきが聞こえる。
 真珠には聞き覚えのある音だったが、残りの三人は初めて聞くその音に、不安げに瞳を揺らし、顔を上げた。

「なっ……!」

 四人の目に飛び込んできたのは、光の洪水だった。

「こっ、ここは……?」

 先ほどまで暗くて静かな部屋にいたはずなのに、真珠たちは周りが人がたくさんいる場所に立っていた。周りを見回すと、人々はすごい勢いで右へ左へと歩いている。少し先を見ると、車が止まっているのが見えた。
 見覚えのある場所なのに、真珠はとっさにここがどこか分からなかった。

「なんだ、ここは? それになんという人の多さ!」

 マリの目の前に男が迫ってきた。驚き、避けようとしたが遅れ、ぶつかってきた。

「きゃっ、危ないっ!」

 マリは身を縮めて身体をかばったが、しかし、男はマリの身体を通り抜けていった。

「え……」

 よく見ると、周りの人たちは真珠たちが立っていることに気がついていないのか、素知らぬ顔をして通り過ぎていく。真珠たちがいるにも関わらず、彼らは避けることはない。そして、身体はすり抜けていく。

「なにが……起こっているんだ」

 訳が分からないのは、真珠もだ。
 ここはたぶん地球で、日本。琥珀と珊瑚と何度か来たことがある街のど真ん中に立っていた。

「夜なのに、とても明るいです」

 マリが言うとおり、今は夜のようだ。空を見上げると暗いが、周りは明かりが灯り、とても明るい。

「これが……ここが、楽園パラディッサ?」

 ルベウスのつぶやきに、真珠は反論した。

「違う。ここは……ぼくが住んでいるところだ」

 ここが真珠たちが目指していた楽園パラディッサであるわけないのだ。もしも彼らの言う楽園パラディッサがここならば、真珠は間違っていると大きな声で訂正をする。
 真珠にしてみれば、話を聞いた限りでは、ジャーザナがよほど楽園パラディッサだ。

「カッシーが住んでいるところ?」

 真珠は肯定の意味で小さくうなずいた。
 しかし、どうして円蓋を捲った途端、地球へと来てしまったのだろうか。あそことここが繋がっていた……ということだろうか。
 真珠が強く地球に戻りたいと願ったから?

「どうしていきなり……」

 もちろん、真珠は一刻も早く地球で元の生活に戻りたいと思っている。だけど、今、目の前で起こっている出来事を放り出して戻れるかというと、微妙だ。

「だけど、夜なのにこんなに明るいなんて、楽園パラディッサとしか……」

 ふと気がつくと、周りの人たちはいなくなり、交差点で止まっていた車が動き始めた。運転手は真珠たちがまだ交差点の真ん中に立ち止まっているのが見えないのだろうか。すごい勢いで走ってくる。
 ぶつかる……!
 と目を閉じるが、いつまで経っても衝撃は訪れない。
 ゆっくりと目を開けると、先ほど人が通り抜けていったように、車もすっと真珠たちの身体をすり抜けて走っていく。

「それに、あんなに大きな箱がすごい速さで走っていくのも……とてもではないですが、考えられません」
「あれは……」

 車だと説明しようとしたら、モリオンがその言葉を遮った。

「ところで、カッシーはどこに住んでいたんだ?」

 モリオンは不思議そうに周りを見回していたが、ふと疑問に思ったらしいことを聞いてきた。

「ぼくは……」

 真珠がぼんやりと家を思い浮かべた途端、風景がいきなり切り替わった。

「うわっ!」

 映画のスクリーンが切り替わるように、いきなり目の前に見える物が変わり、驚きの声を上げた。
 そこは真珠には見慣れた場所。
 茶色い外壁の五階建てのマンションだった。

「……なんだ、ここは?」
「ぼくが住んでいるところ」
「こんなに大きなところに、ですか?」

 マリはぽかんと口を開け、建物を見上げている。ルベウスとモリオンも同様の表情で見ている。

「これは……すごいな」
「オレが住んでいるところより、大きいな」

 感心したような口ぶりに、真珠は誤解されていることに気がついた。

「いやっ、こっ、この建物全部がぼくの家って訳じゃないよ! この中にはたくさんの家が詰まってるんだ」
「……家が詰まっている?」

 真珠の説明に、三人は同じような反応を返してきた。

「家が詰まっているとは、どういうことだ?」

 まさかそんなに食いつきがいいとは思わず、真珠はまごついてしまった。

「えーっと、……なんて説明すれば分かりやすいかな」

 真珠がフィラー国で今まで見てきた家は平屋建てばかりだった。神様の屋根サンブフィアラは布で出来た大きなテントという感じだったし、階層構造の建物はなかった。加工場(チャーヌ)は例外だが、あそこも上にあった要塞のようなところは結局は外壁しか見えなかったため、中の建物がどうなっているのかはよく分からなかった。
 そんな人たちに説明するにはどうするのがいいのだろう。

「複数個の箱を横に並べて、さらにその上に同じように箱を並べたら、無駄な場所がなくなるだろ?」

 なにか違うと思いつつ、真珠は説明を始めた。

「で、その中に寝室に食卓、お風呂を入れたら人が住めるだろ」

 我ながら説明が下手だなと真珠は思うのだが、これ以上の最適な言葉を思いつかない。

「……どうしてそんなことをする必要があるのですか?」

 マリの質問に、真珠は言葉に詰まってしまう。

「どうしてって……言われても」
「なんだか牢屋のようだわ」

 マリの感想に真珠は思わず苦笑してしまった。そういう感想を持たれても仕方がないような説明の仕方だったような気がする。

「家を建てるための土地が少ないから、仕方がなくって感じかな……」

 フィラー国の一部しか真珠は見なかったが、森の中に村を作って住んでいるところ以外に人の気配を感じなかった。神様の屋根サンブフィアラから加工場チャーヌまでとても遠かったような気がしないでもないが、全行程が徒歩だったことを考えると、思っているより長距離を移動したわけではなさそうだ。
 真珠はフィラー国の地図を見たことがないのでなんとも言えないが、国はそれほど大きくなく、しかも人口も少ないのではないだろうか。本来ならばそんな弱小国はすぐに大きな力を持った他国に侵略されそうだが、アラレヒベが侵入を阻む自然の障壁になっていたのだろう。
 温暖で暮らしやすい気候と環境、そしてラーヴァを中心とした穏やかな生活。
 フィラー国こそが楽園パラディッサそのものではないだろうか。

「さっき見ただろう? ぼくたちの世界は人がとっても多いんだ。だからこういう建物を作ってそこに暮らすしかないんだよ」

 三人は真珠の言葉に納得したのかどうかは分からないが、マンションをじっと見ていた。
『ねえ、お兄ちゃん』
 そこに突如、聞き覚えのある声がしてきた。真珠は反射的にその声に視線を向けた。
 そこには、制服を着た笑顔の珊瑚と、いつも通りの仏頂面をした琥珀がいた。





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