《六》幻影世界へ05

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 真珠の視線は琥珀に釘付けになった。
 夢の中でも見たが、久しぶりに本物の琥珀を見ることができた。スーツを着ているところを見ると、今、学校から帰ってきたところなのだろう。

「琥珀……!」

 真珠は状況を忘れ、琥珀に向かって駆け寄った。

「琥珀だぁ」

『お兄ちゃん、夕飯はだからなににするの?』
 珊瑚と琥珀がこうして仲良くいることはそんなに珍しくない。日常風景であるには違いないのだが、珊瑚の言葉にどこか違和感がある。
 そんなことを思いながら、真珠は琥珀に会えた嬉しさに身体が勝手に動き、いつものように飛びついた。

「!」

 のだが。
 いつもなら琥珀がすぐに真珠に気がつき、抱きつこうとしたらその長い足で阻止されるのだが、今日はそれがない。そればかりか、真珠は琥珀に抱きついたはずなのだが、するりと身体が通り抜けてしまった。
『飯はいつも通りでいい』
『いつも通りって言っても! もー、適当に作るよぉ?』
 呆れたような珊瑚の言葉に、真珠は違和感の正体を知った。
 食事当番は真珠の係だ。献立を考え、買い物をして料理をする。珊瑚は作れない訳ではないがあまり上手ではないので、いつもは真珠の手伝いをしている。
 なにが食べたいかということを真珠はよく琥珀に聞いている。今の珊瑚の言葉は、真珠がいつも口にしているものだった。

「……どうして?」

 真珠の口から思わずそんな言葉が洩れる。
『今日もどうせ二人なんだから、飯は適当でいいからな』
 琥珀のその言葉に、真珠は目を見開き、息を飲んだ。
 琥珀と珊瑚の両親は現在、不在だ。というのも、二人の父は海外に長期の出張、母は父について行っているからだ。真珠の両親は研究所に寝泊まりしていて、真珠が幼い頃からずっと不在だ。
 琥珀はすでに成人しているし、就職もしている。真珠と珊瑚も、家のことは一通り出来る。
 だから三人で協力し合って暮らしてきたのであるのだが……。
 いくら琥珀が真珠に対して冷たいと言っても、無視することはない。
 琥珀は今、二人と言った。しかも『今日も』と言っていた。
『お兄ちゃん、あの女の人と付き合うの?』
 珊瑚の言葉に真珠の身体はぎくりとかたまった。あれは夢の中で見た真珠の妄想だったのではないだろうか。
『付き合うつもりだけど?』
『えー。やめときなよぉ。真珠が聞いたら……って、あれ? 真珠って……だれ?』
 そこで珊瑚に『真珠とはだれ』と言われるとは思わず、これ以上はもう目が開かないというほど真珠は見開いて珊瑚を見た。
『だれだ、それは。珊瑚の友だちか?』

「う……そ」

 夢の中でも琥珀は真珠のことを知らないと言っていた。でも、あれは夢であって……。
 でもこれは、夢ではない。マリとモリオンにルベウスもいて、一緒に見ている。
 真っ青になって震え始めた真珠を見て、マリが遠慮がちに声を掛けてきた。

「カッシー、どうしたのですか?」

 確かに真珠は、地球で産まれ育った。両親は健在だがいないも同然だったけど、珊瑚と琥珀がずっと側にいてくれた。
 真珠はいきなり飛ばされた見知らぬ世界で、珊瑚と琥珀をよりどころに頑張ってきた。地球にいる二人が真珠のことを待っていてくれると信じて……。
『珊瑚、電話が掛かってきた』
『もー、その例の彼女?』
『ああ……。もしもし……ああ、いいよ。今から行く。……ということで、珊瑚、悪いんだが、呼ばれたから行ってくる』
『えー、もう、お兄ちゃん、さいてー!』
 琥珀は少しだけ笑みを浮かべ、珊瑚の頭を軽く撫でると来た道を振り返り、足取り軽く歩き始めた。
『明日もあるんだから、早く帰ってきてよ!』
『分かってる』
 琥珀は真珠に気がつくことなく、足早に去って行った。珊瑚はその後ろ姿が消えたのを見ると、大きなため息を吐き、マンションの中へと戻っていった。

「あの二人は……カッシーのお知り合い、ですか?」

 マリの質問に、真珠は小さくうなずいた。

「もしかして、大切な人って言っていた……?」

 ルベウスの問いに、真珠は唇を噛みしめた。
 両親よりも大切な、二人。
 珊瑚も琥珀も、大切な、人。
 その二人が、真珠のことを忘れている。
 いや、最初から『いなかった人』扱いされている。
 まるで真珠の記憶が偽物のようで……。
 そんなこと、ない。
 アメシストに喚ばれるまで、真珠は確かに珊瑚と琥珀とともにあった。
 授業中に琥珀に怒られて廊下に立たされていたし、その後、珊瑚とともに手洗いにも行った。
 それ以前の記憶だって、思い出だって、たくさんある。
 真珠の記憶のどこを取っても、二人とともにいたという物しかない。
 真珠の中から二人の記憶を抜き去ってしまったら、真珠は真珠ではなくなるような気がする。それほどに二人は真珠に深く関わっていた。
 ……そう思っているのは真珠だけで、珊瑚と琥珀は真珠のことをそこまで想ってくれていない、ということ、なのだろうか。

「どう……し、て」

 身体から力が抜けていくような気がする。
 立っているのも辛くて、真珠はその場に座り込んでしまった。

「カッシー! 大丈夫ですかっ」

 マリが驚き、駆け寄ってきてくれた。

「琥珀と……珊瑚が、知らないって」

 耳を澄ましてようやく聞こえる真珠のか細い声に、三人はなんと言えばいいのか困惑して、顔を見合わせた。

「ここは本当に、カッシーがいた世界なのか?」

 真珠は小さくうなずいた。
 どこをどう見ても、ここは真珠のいた地球だ。琥珀も珊瑚もいる。目の前の建物も、見慣れたものだ。

「……これは本当に本物なのか」

 モリオンのつぶやきに真珠は少しだけ顔を上げた。

「さっきからどうもおかしいと思っていたんだが」

 モリオンはあごに手を当て、真珠の住んでいるマンションを睨んでいる。

「最初に見た風景を思い出してみろ。オレたちは人がたくさんいるところに立っていた。だけど、あのたくさんの人たちはオレたちの身体をすり抜けていった」

 そうなのだ。
 人混みの中に放り出されたのだが、周りの人たちは真珠たちのことに気がついていなかった。そればかりか、ぶつかってもすり抜けていった。

「それに、今もあの二人にカッシーが飛びついて、すり抜けた」
「そうですね。でも、それだけでここが本物ではないという証拠にはならないかと思います」
「まあ……マリの言うとおりなんだが。オレたちはつい先ほどまで加工場チャーヌにいたよな?」

 モリオンの確認にマリもルベウスもうなずいた。

「……それは間違いない。そして、奥の一室に、ラーヴァしか使用することの出来ない白い円蓋がなぜかあった」
「はい、確かにありました」
「アメシストは」
「はい。アレクの元にいらっしゃると思います」
「ということはだ。ここにいるのは、オレの母であるシトリンしかいない」

 そこまでは間違いないだろう。

「それでカッシーが閉じられている円蓋の中を確認するために開いたら……よく分からないが、カッシーが住んでいる世界に飛ばされてしまった」

 そこまでの共通認識は間違っていないようで、マリとルベウスもうなずいた。

「これがもし、オレやマリ、ルベウスが開いていたら……どうなっていた?」
「それは……」

 マリは分からないと首を振ったが、ルベウスは冷めた瞳でモリオンを見ている。

「カッシー、やっぱりおまえ、ラーツィ・マギエだな!」





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