《六》幻影世界へ08

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 人は分岐点に立ったとき、どれか一つを選ばなければならない。選ばない、というのも一つの選択肢となる。
 生きていると毎日のように選択することとなるのだが、たまにその選択肢を間違ったのでやり直したかったり、別の選択肢が良かったのではないかと悩むことがある。
 他人にそそのかされて選んだ選択肢も、最終的な判断は自分が下すもの。
 そう、自分が選んだものだったら、どんな結果になっても自分の責任の範囲内だ。
 ──自分が選んだ物だったら。

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 真珠の目の前は一瞬、真っ暗になり、次にはまばゆい光が瞳を貫いた。
 真珠は驚き、慌てて目を閉じた。
 しばらくして薄目を開けて、周りを確認する。

「…………」

 見覚えのある景色だ。

「ここは……」

 白い壁紙に茶色のフローリング。壁際にはベッドが置かれていて、シーツは白い。茶色いカーテンはうっすらと開いていて、外の光が入り込んできていた。
 そう、ここは真珠の部屋。
 カーテンの前には机があり、教科書などが散乱している。
 真珠は数度、瞬きをした。
 なんだかよく分からないけど、長い夢を見ていたような気がする。
 内容は思い出せない。それが悲しかったのか、楽しかったのかさえも分からない。
 でもその感覚はすぐに真珠の身体から抜けて行った。

 ふと自分の身体を見下ろすと、すでにグレイのブレザーにチェックのスカートという制服を着ていた。
 そうだ、今日も学校だ。
 真珠はカレンダーを見て、今日の日付と曜日を確認した。それから時間割を見て、教科書を用意して鞄に詰めた。
 部屋を出ると、暗くて静まり返っている。
 真珠の両親は健在だが、研究所に寝泊まりをして、家にはほとんど帰ってこない。
 だから今、真珠は一人だった。
 冷蔵庫を開けて、食パンとタマゴとベーコンを取り出す。トースターに食パンを入れて焼いている間に、フライパンでベーコンエッグを作る。野菜ケースを漁り、レタスを取り出して洗ってボールに千切り入れた。
 キッチンに美味しそうな匂いが漂ってきた。
 チンという音がして、トーストが焼けたことを告げてきた。
 真珠はお皿にトーストを入れ、ベーコンエッグをその上に乗せた。
 ダイニングテーブルに座り、冷たい牛乳を入れたコップを添えて、今日の朝食とする。
 もそもそと一人で食べる朝食は、淋しいけれど慣れた。

 真珠が中学に入るまでは両親のどちらかが家に帰ってきて、真珠のことを面倒見てくれていた。
 真珠の祖父母はすでに他界していたため、両親だけが頼りだった。
 しかし真珠が中学生になると、両親は手が離れたと思ったのか、徐々に家に帰ってくる回数が少なくなり……今では年に一度、戻ってくればいい方だった。
 最初の頃は一人で過ごす夜は怖かったが、今ではもう慣れてしまった。
 朝食も昼食も夕食も、一人。
 学校に行っても、一人……。

 気が乗らないと思いつつも、真珠は重い足を無理矢理動かし、学校へと向かった。
 通学途中、明るくおはようという声が飛び交うが、だれも真珠には声を掛けてこない。クラスメイトを見かけたから声を掛けようとしたが、相手も真珠に気がついたものの、慌てて目をそらし、逃げていく。
 見知った顔を見かける度に声を掛けようとするのだが、だれもが真珠を避け、逃げていく。
 どうしてこうなってしまったのだろうか。
 真珠は悔しくて、唇を噛みしめた。

 両親の希望により、真珠は学力重視の高校へ進学した。
 有名大学への進学率が高いと謳っている高校ということで、入学してから真珠は勉強についていくのにかなりの苦労をした。
 どうにか授業についていけるようになり、そして新生活にも慣れて友だちもそこそこ出来てきていた。
 そして高校に入って初めて迎えた中間試験の結果が出た頃。
 真珠の成績は可もなく不可もなく、真ん中辺りだった。
 両親は今回の成績について満足はしないだろうが、赤点が一つもなかったことに安堵していた。
 結果が出た後の放課後は開放感にあふれていて、クラブ活動は始まっていた。そして真珠のような帰宅部が帰るには少し遅いタイミングだった。
 帰宅するために靴箱へと向かうと、ぼそぼそという話し声が聞こえてきた。
 普段だったらそのまま気にせずに帰ったのだろうけど、なんとなく不穏な空気が流れているような気がして、それを確認するために声がするところに近寄り、そっとのぞいた。
 そこには険しい表情をした数名の女子生徒がいた。
 見てはいけないものを見てしまったと真珠はとっさに隠れたのだが、その中の一人の女子生徒と目があってしまった。
 真珠はマズイと思い、慌ててその場を離れた。

 そのときはこれでもう終わりだと真珠は思っていたし、すぐにその出来事は忘れた。
 それからしばらくは特になにも動きはなく、金曜日になり、土日は休みということで真珠もほっとして帰宅した。
 土日は家にこもって宿題をしたり、予習をしたりして過ごした。
 そして週が明けて学校に行くと……世界が変わっていた。

 いつもと変わらず通学していると、クラスメイトが登校しているのが見えた。
 真珠はおはようと声を掛けたのに、聞こえなかったのか、その人は無視して学校へと向かっていった。
 そのときはちょっと声が小さくて聞こえなかったのかな、程度だった。
 しかし通学路で出会うクラスメイトに挨拶をしても、だれからも返事が返ってこなかった。
 これはなにかおかしい。
 そう気がついたものの、予鈴が鳴り始めたことで真珠は慌てて学校へと向かい、教室へ入った。

 おはようと言って入室しても、まるで真珠のことが見えていないかのように反応がない。真珠の後から入ってきたクラスメイトが挨拶をした時、数人がおはようと返事をしていた。
 ここでようやく、なにかがおかしいと気がついた。
 よく分からないけれど、もしかして他の人に見えていない?
 まさかと思いつつ、不安な気持ちのまま席に着いた。
 本鈴が鳴り、教師が入ってきて朝礼が始まった。
 出欠を取るとき、真珠は名前を呼ばれたので返事をしたら、教師はちらりとこちらを見ていたので透明人間になったわけではなさそうだ。
 どういうことかと思いながらも授業が始まったため、だれかに聞くことも出来なかった。
 そして一時間目の授業が終わり、次は移動教室となった。
 いつもなら仲のよい子が一緒に行こうと声を掛けてくるのに、それがない。
 いぶかしく思いながらも準備をして、席を立った。

「一緒に……」

 と言ったところで、仲のよい子たちは真珠を無視して教室を出て行った。
 どういうことだろう。
 なにかやらかしてしまったのだろうか。
 訳が分からないまま、しかし、移動先の教室はここから遠い。急がないと遅刻になってしまう。
 教科書とノートと筆記具を持ち、真珠は眉間にしわを寄せたまま、教室を出た。

 その出来事はその日一日だけかと思っていたのだが、どうやら違ったようだ。
 次の日も、次の日も真珠は無視され続けた。
 どうしてと仲のよい子の肩をつかんで聞いても、うっとうしそうに振り払われるだけ。
 担任に相談しても、気のせいだと取り合ってもらえなかった。
 時が経てば問題は解決されるだろうと真珠はそのとき、本気で取り組まなかった。
 それは解決されるどころか、高校三年間、ずっと続けられたのだ。





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