《七》月をナイフに08

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 言われてみれば、神様の屋根サンブフィアラでダイアンとディーナに祈りを捧げていた水晶族の女たちには、伴侶がいなかった。
 水晶に祈りを捧げ、そこから次世代を担うラーヴァ候補が生まれてくるのだ。
『二つで一組という取り決めを作っておきながら、我とあれら水晶族は片翼だった』
 言われてみれば、そうだ。
 なにか歪なものを感じていたが、どうやらその正体は対となる者が存在しないことだったようだ。
『だが、新しい世界になり、水晶族の女たちにも伴侶が出来た』

「え……あ、そうなん、だ」

『だから我は、要らぬ存在だと』
 真珠はなんだか複雑な気分になった。
『新しい世界には、安寧を祈る水晶族はいなくなった』

「いなくなった……?」

『みなが同じ立場になり、平穏に自由に生きる──』
 ラーツィ・マギエの説明は抽象的すぎて真珠にはよく分からなかったが、アメシストの願いはどうやら叶ったようだ。

「じゃあ、あなたは本当の意味で、一人になっちゃったんだ」

『……そうだ』
 真珠はうーんと唸った。
 どうやらジャーザナは新しく生まれ変わったらしいが、そのせいでラーツィ・マギエははじき出されたようだ。
 その一端の責任を真珠はやはり感じてしまう。

「……じゃあさ」

 このままこの暗い空間に置いて行くのも心苦しく、真珠は一つの提案をしてみることにした。

「あたしと一緒に、地球に来る?」

 真珠の言葉に、暗闇が一瞬、止まったような気がした。
『……地球……?』

「うん。あたしが産まれ育ったところ。ほら、あんたも見たでしょ。あそこよ、あそこ。そこには琥珀がいるの! あたしの大好きな人!」

『…………』

「琥珀、呆れるだろうけど、きちんと受け入れてくれるよ。だって、あたしが好きになった人だよ?」

 説明になっていない真珠の言葉に、ラーツィは呆れたように口を開いた。
『その根拠のない自信はどこから来るのだ?』
 真珠が大好きな人だから、ラーツィ・マギエも受け入れてくれるという理論は、とうてい受け入れがたい。
 しかし真珠は、頬を膨らませた。

「……うるさいわね。とにかく! 来るのっ? 来ないのっ?」

『選択肢は一つしかない』
 ラーツィ・マギエの声に、真珠はにっこりと笑みを浮かべ、手を伸ばしてきた。

「じゃあ、おいで。ほら」

 ラーツィ・マギエは伸ばされた真珠の手を取った。
 そのとき、真珠はちらりと新しいジャーザナを見たような気がした。アレクとアメシストが幸せそうに寄り添って微笑んでいたし、マリもモリオンも笑っていたし、ルベウスは妹のルビーと元気にどこかを歩いているようだった。シトリンも微笑んでいた。
 ああ、みんな、幸せなんだ。
 真珠は嬉しくて、微笑みを浮かべた。

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 ふと気がついたら、真珠は宝石図鑑を手に持ったまま、図書館に佇んでいた。

「あ……れ?」

 二・三度、瞬きをして、辺りを見回す。
 窓から差し込む光は琥珀色をしていて、日が沈み始めたことを示していた。
 真珠が図書館に入った時はまだ辺りが明るかったので、時間が経っていることが分かった。
 それにしても、どうして宝石図鑑など手に持っているのだろう。
 真珠は思わず首をひねり、本棚に図鑑を返そうとしてふと背表紙を見た。

「え……」

 背表紙のタイトルに思いっきり切り傷が入っている。
 それを見て、真珠はすべてを思い出した。

「う……そ」

 真珠は慌てて自分の身体を見回した。
 ここに立った時、足下に鞄を置いたはずなのにそれもなく、しかも制服を着ていたのに、なぜかあの旅装束のまま。おそるおそる、髪に手を当てると……。

「……み、短いままだ」

 あれは夢……だったのでは?
 珊瑚が言っていたように、立ったまま白昼夢を見ていたのではないだろうか。
『おまえの中はほんと、居心地が悪いなあ。もうちょっとどうにかならないのか?』
 聞き覚えのある声に、真珠は辺りを見回すが、声の主はいない。
『中だよ、中。ラーツィ・マギエさまだよ!』
 あの真っ暗な空間から真珠はどうやらラーツィ・マギエを伴って、地球に帰ってくることが出来たらしい。

「……ということは! うわっ! 琥珀を待たせてるんだった! 急いで行かなきゃ!」

図書館から走り出た。

 見覚えのある懐かしい風景に、真珠は涙ぐみそうになった。
 一時期はどうなることかと思ったが、地球に無事に帰ってくることが出来たようだ。
 校舎内はすでにだれもおらず、生徒は帰った後のようだ。
 制服を着ていない上に髪が短くなった恰好を見られたらなにを言われるか分からないので、それはありがたかった。
 真珠は脇目も振らず、琥珀が待っているはずの科学室へと急いだ。
 途中、廊下からグラウンドを見たが、誰一人いない。
 なんかおかしいなと思いつつ、またもや変な世界に迷い込んだのかとラーツィ・マギエに疑いを掛けたのだが、中から否定の返事が返ってきた。
『失礼だな。我はなにもしておらん』
 ということは、ここは本当に地球……らしいのだが。
 どうにも先ほどからある違和感がなんなのか分からず、真珠はとにかくと急いで科学室へと向かった。

 真珠は科学室の前に立った。
 この扉の向こうに、琥珀がいる。
 ずっと逢いたいと願っていた相手が、いる。
 それだけでもう胸がいっぱいになり、どきどきで、苦しい。
 真珠は深呼吸をして、扉を叩いた。
 が、返事がない。
 まさか琥珀は真珠に放課後に科学室へ来いと言ったことを忘れて、帰ってしまったのだろうか。

「あ……」

 もしかして、準備室にいる?
 真珠はすぐ隣の科学準備室の扉に向かい、もう一度、叩いた。

「……はい」

 あれほど聞きたいと思っていた琥珀の声が、中から聞こえた。
 真珠は逸る気持ちを押さえ、扉に手を掛けて思い切って開いた。
 扉を開けると、琥珀が机の上に祈るように手を合わせ、額を乗せていた。なんだかその様子は妙に憔悴していて、真珠は気後れしてしまった。

「あの……し、失礼、しま……す」

 琥珀のただならぬ様子に真珠は緊張で声が掠れた。

 掠れた声に、弾かれたように琥珀は顔を上げた。

「お……ま、え」
「あ、ははは。えっと……そのぉ」

 真珠はなにから説明しようかと悩んでいると、琥珀が椅子から立ち上がり、無言で歩いてやってきた。なんとなく琥珀のまとう空気が怒っているようで、真珠は身体を小さくした。
 あまりにも遅いから、怒ってる?
 ここは素直にごめんなさいと謝るべき?
 そんなことを考えているうちに琥珀は真珠の目の前にやってきた。
 じっと見下ろす視線に、真珠はちらりと琥珀を見た。
 長年の付き合いだから分かる。琥珀が本当に怒っている時は、無言になるのだ。マズイ、これは本気で怒っている。
 そこで琥珀と目が合った。





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