怨人─オニ─

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 今日一日、壮一に教わって見よう見まねで鈴を作ってみた。しばらく作っていると、なんとなくコツをつかんで来たからか、思った以上にたくさん作ることができた。
「お父さん、これ売るの?」
「かわいいから女の子向けに売れるかなと思ったんだけど、胡桃はどう思う?」
「もろにお守り、という感じじゃないし、売れるんじゃないかなぁ」
 胡桃の言葉に、壮一はうなずいている。
「明日からお試しで売ってみるか」
 今日、胡桃が作って出来栄えのよいものを選んで籐のかごに入れている。壮一は外を掃き清めてくるように胡桃にお願いする。
「はーい」
 ずっと座って作業をして身体が凝り固まっているような気がしていたので、胡桃は喜んで掃除へと向かった。
 今日もよく晴れていたらしい。雲があまり見えない空は太陽が沈み始め、夕闇に染まっていた。神社の奥の本殿から入口に向かって掃き清めながら、自分はいつまで停学しなくてはならないのだろうとふと思う。壮一も明枝もそのあたりのことを言っていないので、担任からも特になにも言われていないのかもしれない。それに、学校自体が休校と淳平が言っていた。一体、なにが起こっているのだろうか。
 掃除が終わり、鳥居の近くでちりとりにごみを入れていたら、目の端になにかが映った。視線を上げると、どこかで見たことのある少年が神社の入口にたたずんでいる。しかし、なにやら様子がおかしい。痛むのか、目を押さえている。やわらかそうな木蘭色の髪が特徴的で、胡桃はどこかで見たことあるんだけどと思いながら心配になり、遠慮がちに声をかけた。
「すみません。突然、目が痛くなって」
 ものすごくつらそうに目を押さえている。胡桃はどこか休憩できるところはないだろうかとあたりを見回したが、ベンチが設置されているわけではないのでこのあたりで休むことができない。社務所は今、壮一が片づけをしている。表に出していた物が中に入れられて、下手をすると足の踏み場がない可能性があった。休ませるのなら喫茶店がいいだろうと判断して、連れていこうと思ったその時。妙な気配を感じて鳥居の向こう側を見ると、ヤツがいた。
「こっちに入って!」
 胡桃は鳥居の向こう側で目を押さえている少年を神社側に引き入れ、入れ替わるようにして鳥居をくぐり、怨人と対峙する。今は手には先ほどまで神社内を掃き清めていた竹ぼうきしかない。柄の部分を握り、掃く部分を怨人に向ける。
「あんたたちはなんなのっ」
 緑色のそれは、何度見ても気持ちが悪い。それが怨念の塊であると聞くと、さらに怖い。
 怨人は胡桃を見つけた時点で、すでに敵意をむき出しにしている。飛び上がり、胡桃に向かって鋭い爪を振りおろしてくる。手の甲をやられたことを思い出し、急に左手が痛むような気がした。胡桃は歯を食いしばり、怨人に向かって竹ぼうきを振りまわす。怨人は胡桃の動きをあざ笑うように飛び跳ね、胡桃を翻弄している。胡桃としても何度か遭遇して戦ってきたので最初の頃よりは怨人の動きが分かっていたが、思っている以上にすばしこくて追いかけるのがやっとだ。先を読むというのも考えてはいるのだが、先を読んだつもりがまったくの見当違いで、竹ぼうきがよく宙を舞っている。
「もうっ! ちょっと止まりなさいよ!」
 そんなことを言って、素直に止まるわけがないのは分かっていたが、叫んだ。
 突如、胡桃の声に呼応するように涼やかな鈴の音が、夕闇に響く。その音に驚いた怨人は動きを止め、落ち着きなくあたりを見回している。胡桃は持っていた竹ぼうきをくるりと回して柄を怨人へと向け、ぼんやりとなにかが淡く光っている額に向かって、突きを繰り出した。先ほどあれだけ竹ぼうきを振ってもまったく当たりもしなかったのに、怨人の額に向かって糸で結ばれているかのように柄の先が当たり、手ごたえがある。さらに腕を伸ばす。竹ぼうきの柄は怨人の額に埋まり、はじけるような音をさせて怨人は消え去った。
「大丈夫か?」
 神社の入口で目を押さえてうずくまっている少年に、壮一は声をかけている。
「お父さん?」
 いきなり現れた壮一に、胡桃は驚きを隠せない。
「掃除の様子を見に来たら、胡桃がほうきを振り回していたから驚いたよ」
 胡桃は手に持ったほうきに視線を落とし、苦笑を浮かべる。
「手持ちがこれしかなかったから」
 ばつが悪そうに胡桃は、口の中で言い訳をつぶやいた。
「……あ、目が痛いのが治った」
 その声に、胡桃は救いとばかりにとびついた。のぞき込むように少年の顔を見て、名前を思い出した。
雉子波きじなみくん?」
 胡桃の声に顔を上げる。首をかしげ、少年は胡桃を見ている。柔らかそうな木蘭色の髪がさらりと頬に落ち、それでなくともかわいい容姿がさらにかわいく見える。男にしては大きな焦げ茶色の瞳が胡桃を見つめてきて、かなり恥ずかしい。
柚月ゆづきちゃんの弟でしょう? あたし、桃里胡桃」
 胡桃の同級生である雉子波柚月は、母親がイギリス人ということで母譲りの金髪をしている。瞳は父譲りで茶色だ。その上、容姿の整った子なので、とても目を引く。目立つ外見のせいでよく目をつけられていじめられていた。男前で正義感の強い胡桃はそれを見て耐えられなくて、よく止めに入っていた。何度か助けた胡桃は柚月と仲良くなった。
「ひとつ下の弟がいるとは聞いていて、入学式の時に遠目では見たことあったんだけど、柚月ちゃんが言っていた意味がよくわかるわ」
 守ってあげなくてはと思わせるほどかわいい見た目に、胡桃は急に弟ができたような錯覚に陥る。
「雉子波将司まさしです。ゆずねえがお世話になっています」
 将司はその場に正座をして胡桃に頭を下げる。胡桃もあわてて正座をして、頭を下げる。その二人を見て、壮一は声をあげて笑った。
「なにをしているんだい、二人とも」
 二人に立ちあがるように促し、喫茶店へといざなう。
「いらっしゃ……なんだ、あなたたちか」
 入口のドアを開けたら鳴る鈴の音に明枝は奥から声をかけながら表に出てきて、入ってきた人物を見てつぶやく。
「お店は閉めるわよ」
「大丈夫、すぐだから。お水だけもらえる?」
 壮一は明枝にお願いして、入ってすぐ右側のちょっと奥まった席へ向かう。そこは胡桃が小学校時代の指定席だった。学校が終わり、家ではなく、この喫茶店のこの席に来て、おやつを食べたり宿題をしていた。喫茶店の常連さんはそのことを知っていたので、かわいがってもらったり宿題を見てもらっていた。胡桃も中学生になり、その頃から剣道を習い始めて放課後は道場通いを始めていたので、学校が終わってから喫茶店へ帰るということはなくなってきていた。久しぶりに座るその席に、胡桃はとても懐かしい気持ちになる。
「えーっと……きじ……?」
「雉子波将司です」
「将司くん」
 壮一は椅子に座り、運ばれてきた水に口をつけてから口を開く。
「キミはさっきのあの緑色の変な生き物を見た?」
「緑色の……?」
 壮一の問いかけに将司は首をかしげる。
「急に目をなにかで刺されたかのような鋭い痛みが走ったので、周りを見られませんでした」
 それで目を押さえていたのかと胡桃は納得する。
「雉子波」
 呟く声に、胡桃は声をあげそうになった。
「そうか。将司くん」
 壮一はなにか納得したようで将司に声をかけ、懐に手を入れてそこから取り出した物を手渡す。きれいな音が喫茶店の中に響く。先ほど鳴った鈴の音はこれだったのかと納得する。
「これは怨人避け」
 将司は素直に鈴を受け取り、ひもの部分を手に持って眺めている。
 先ほど必死になって胡桃が作っていた鈴のひとつだ。ひもは水色にして、鈴を包むように編んだ水引は青色にして、思ったよりうまくできたものだった。
「目が痛くて見えなかったのかもしれないけど、最近、『怨人』と呼ばれる異形の生き物がこのあたりを徘徊しているんだ」
「異形の生き物?」
 壮一の言葉に、将司は眉をひそめる。まさかそんな単語を聞くとは思っていなかったのだろう。宮司服の壮一を上から下まで眺め、再度、手渡された鈴を見る。
「それは今日、胡桃が一生懸命作ったものだ。怨人避けになるから、必ず持っておくこと。いいね?」
 壮一は将司にそう念を押す。
「はい」
 将司は鈴を見て、それから胡桃と壮一に視線を移し、二人の真剣な表情に返事をした。



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