松落葉(まつおちば)/【三話】能面館

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 クルーザーは船着き場につき、維織たちは島に降り立った。

「夏場に来てここで泳ぐのも最高なんだ!」

 もう少し暑ければ泳ぐんだけどなぁ、と真吾はぶつぶつ言っている。
 船着き場を通り、降り立った場所は砂地だった。
 維織は振り返り、来た方向を見るとうっすらと陸地が見える。

「もっと晴れて天気がいいと向こう側はもう少し見えるんだけど、今日はちょっと視界が悪いみたい」

 璃々香は肩にかかった髪を払いのけ、海に背を向けて歩き始めた。真吾はあわてて璃々香の後についていく。
 維織は少し伸びをして海の向こうを見たが、代わり映えしない。両肩に抱えた荷物を持ち直し、二人を追いかけた。
 砂浜の背後にはかなり立派な松が視界を遮るように植えられている。松の植えられている場所に足を踏み入れると、思ったより足がふかふかと沈み込む。足元を見ると、茶色くなった松葉があちこちに落ちていた。
 足元からずっと視線をたどると、緩やかな坂になっている。この上に宿泊棟があるらしい。二人が並んで通れるほどの道が広がり、左右にはクロマツが植えられている。

「今年はまだ、松の花は咲いてないみたいね」

 璃々香は上を見ながら口を開く。

「松は常緑樹の代表格と言われるけど、この時期になると松葉は落ち、赤や紫の花が咲く。だけど、松の花ってなんであんなに卑猥に見えるんだろうなぁ」
「そう見えるのは、見る人がそう受け取るからだと思うんだけど」

 軽口をたたき合っている二人を見て、維織は誤解していたことに気がついた。
 真吾は見た目が派手で軽い口調のせいかとても軽い男に見えるが、実は博識だし、頭もよいようだ。
 璃々香は見た目がいかにもなお嬢さま然としているせいか、少し高飛車な感じがする。しかし、話してみるとそんなにわがままお嬢さま、ではないことが分かった。
 維織は最初、二人は大学の先輩だし、見た目も自分とは違って大人だし、気遅れしていた。だけど、目の前で会話をしている二人を見ると、自分とそれほど変わらないことを知った。維織は二人の後ろからついていきながら、会話を聞いていた。

「なんでも下ネタにするのは成人しているんだからやめなさいよ」
「俺から下ネタを取ったらなにが残るんだ!」
「……残らないわね。骨さえなくなっちゃう」

 なにをー! とじゃれている二人を見ていると、維織はほほえましくなってくる。しかし次の瞬間、こんなだから私、彼氏いない歴イコール年齢、になるのかなぁ、と落ち込んだ。

「おい、維織!」
「ひゃ、ひゃい!」

 いきなり話しかけられ、維織は飛び上がる。それを見て、璃々香はまたくすくすと笑う。

「荷物を置いたら隣の能面館に行って写真を撮りまくるからな」
「のっ、能面館……?」
「おまえ、俺さまの華麗なる説明を」
「ごっ、ごめんなさい! 聞いてませんでしたっ!」

 維織の素直な返事に真吾は大きなため息をつき、もう一度、解説をはじめようとしたところで。

「ほら、ついたわよ」

 その声に、維織は前を向いた。

「うわぁ」

 いきなり視界が開け、その先に建物が一つあった。

「ここが宿泊棟。あまり広くないけど、それぞれ個室だから。掃除は先に来たうちのお手伝いがしてくれているはずよ」

 建物に近づくと、玄関の前に一人の女性が立っていた。

「お嬢さま、ようこそおいでなさいました」

 年の頃は璃々香とあまり変わらないくらいの女性。黒くて裾の長いいわゆる
「メイド服」
をしっかり着込み、深々とお辞儀をしている。

「彼女は坂口青葉(さかぐち あおば)。わたくしと同じ年なんだけど、とても仕事ができる方だから、今回は彼女一人でここを取り仕切ってもらうことにしたの」
「ひっ、一人で、ですか?」
「大丈夫よ。彼女は優秀ですもの。それに、先ほどクルーザーを運転していた赤塚もいるから」

 維織は驚いて目の前で未だに頭を下げている青葉を見つめた。

「青葉、部屋を案内して」
「はい、かしこまりました」

 璃々香の言葉に青葉は頭をあげ、どうぞこちらです、と先頭に立ち、宿泊棟の中へと入るように扉を開けてくれた。
 真吾は中に入る時に気易く

「青葉ちゃーん」

 と呼び掛け、肩に触れた。青葉はその行為にあからさまにびくりと震え、身体を大きく後ろへと引いた。

「しんちゃん、青葉は男の人が苦手なんだから!」
「男が苦手って、子どもじゃないんだからさ。そんなんじゃいつまで経っても彼氏なんてできないぜ」

 年齢イコール……な維織は真吾のその言葉が心に刺さった。

 宿泊棟は正方形で十字の形で廊下がついている。
 入ってすぐ左手はお風呂場で、今日は男性用ということだった。反対側は入ってすぐがお手洗い、その隣からが個別の部屋だ。

「みなさまのお部屋はこの廊下を行った奥にご用意させていただいております」

 十字路の真ん中に立ち、青葉は左手を横に向け、

「一番奥が食堂になっております。食事は基本、そちらで取っていただくことになっております」
「ここの食堂のシャンデリアが」
「しんちゃん、あとにしようか」

 璃々香の一言に真吾は口を閉じた。

「みなさまのお部屋はこちらの一○一から一○四のお好きなところをどうぞ」
「俺、維織ちゃんの隣の部屋がいいなぁ」
「駄目。夜這いかけようと思ってるでしょ? 維織、この男はケダモノだから、部屋に入ったらしっかり鍵をかけて、二人きりにならないように気を付けてね」
「はっ、はひ」

 維織は夜這い? なにそれ、美味しいの? 状態で璃々香の言葉を聞いていた。

「わたくしが部屋を決めるわ。維織はこの一○四、わたくしが隣の一○三、間を開けて一○一にしんちゃんね」
「えー!」
「なに? 不服なの?」

 璃々香の鋭い視線に、真吾は、

「いえ、問題ないです、のーぷろぶれむ!」

 と叫んで一○一に入ろうとして、盛大にドアに頭を打ち付けた。

「鍵はこちらです」

 青葉に鍵をさしだされ、真吾は手の上からかぶせるように鍵を取ろうとして、璃々香に横から思い切り手を叩かれた。驚いて手を一度引っ込め、真吾は手のひらを上にして青葉に手をさしだし、鍵を置いてもらった。

「しんちゃん、維織と青葉に手を出したら……分かってるわね?」

 璃々香は真吾を睨みつけて釘をさす。真吾は小さくなって、逃げるように鍵を開けて部屋に入っていった。

「二人とも、しんちゃんには気を付けてね。特に青葉。本当はもっと年配の人に来てもらおうと思っていたんだけど……」
「この度の同行はわたしが希望したものですから」

 青葉はそれぞれの部屋の鍵を維織と璃々香に渡し、

「お食事の件ですが」

 と璃々香とそのあたりの相談を始めた。
 維織は一○四のドアの前に立ち、鍵を開けて中に入り、言われた通りにすぐに鍵を閉めた。
 部屋は薄暗く、スイッチを探すと入ってすぐ右側にあったので付ける。明かりがつき、室内の様子が分かる。
 長方形の部屋で、スイッチの先の壁に視線を向けるとクローゼットらしきものが目に入った。肩に担いでいた荷物を一度置き、クローゼットを開けるとかなり大きかったので維織はそのまま荷物をそこへ突っ込んだ。
 その隣は小さな冷蔵庫とそれと同じ高さの棚、その上には液晶テレビが置かれていた。テレビの下の棚にはリモコンが置かれていたので手に取り、付けてみる。いつもと変わらぬ番組に維織は妙な安堵を覚える。
 リモコンに視線を落とすと、
「オートターン」
と書かれていたので押してみると……。

「おおおお!」

 なんと、テレビの角度が代わり、右に左にと画面が動くではないか。
 テレビを見るのなら正面に置いてある椅子に座って見ないといけないとばかり思っていた維織は、これならばベッドからでも見られることを知り、うれしくなった。
 しばらく部屋を探索して、先ほど、真吾に言われた言葉を思い出す。なんとか館に撮影に行く、と言っていた。荷物から借りているデジタルカメラを取り出す。
 扱いやすいから、と渡されたのは、キヤノンのEOS Kiss。シャッターを押せばすぐに反応が返ってきて、カシャという独特の音が気持ちがいい。
 一眼レフデジタルカメラ、というものらしく、レンズを交換すれば色々違った写真を撮ることができるらしいのだが、撮ることに慣れない維織には最初からついているレンズのままだ。それでも充分、維織は楽しむことができた。
 カメラを取り出し、室内を何気なく撮る。

「……あれ?」

 シャッターを切った瞬間、視界の端になにかが横切った。
 維織はあわててファインダーから目を離し、室内を見回す。

「……気のせい、だよね?」

 自分以外がこの部屋にいるのはおかしい。フラッシュを焚いての撮影だから、目が変になったのだろう。
 維織はそう結論づけて、カメラをしまった。

 部屋の電気を消し、鍵を持って部屋を出る。
 廊下に出ると、だれもいなかった。維織はどうすればいいのか悩み、少しそのままぼんやりとしていた。

「お、維織!」

 一番端の部屋から真吾が出てきた。首からカメラを提げている。

「りりか、撮影に行くぞ」

 維織の隣の部屋を真吾は叩く。

「昨日、寝るのが遅かったの。お昼ごはんまで寝る」

 中からそんな声が聞こえてきた。
 維織は璃々香の声に、真吾と二人っきりになるなと言ったのはどこのだれだ! と叫びそうになったが我慢した。

「じゃあ、維織ちゃんとデートだ」

 維織は心細く思いながら、璃々香に言われた言葉を思い出す。
『しんちゃんはあなたのこと、女と思ってないから』
 だから、大丈夫、大丈夫……。

「天野先輩、撮影に行きましょうか」
「おう、行くぞ」

 真吾が先頭に立ち、維織に割り当てられている一○四を右に曲がり、食堂の横を通って外に出る。
 外に出ると、松の木が壁のように生えていた。

「ここって本当に松だらけなんですね」
「お昼を食べたら島を散策してみよう。さすがにりりかも起きるだろう」

 維織と真吾は松の木を抜ける。その先に、宿泊棟と同じような建物が建っていた。

「こちらは能面館。かつてのこの島の主がここにこもって能面を作っていたらしい」
「能面って……お能で使う、あのお面ですか?」

 維織の質問に、真吾はうなずく。

「説明しても聞いてくれないから簡単に話そう。この島のかつての主は能面を作る職人だったらしい」

 能面職人はこの島の松の木を使って面を彫ろうとしていたようだ。能面は桧で作られることが多いが、松の木で彫られることもあった。この島は一面に松が生えているため、職人は簡単に能面の材料が手に入ると思っていたようだ。

「職人は来る日も来る日もひたすら面を打ち続けたという。この島にある能面は松の木で作られたものばかりだから、ここは『能松島』と呼ばれるようになったらしい」

 維織はクルーザーの中で璃々香から聞いた話を補足する真吾の話にうなずいた。
 真吾は能面館の扉に手をかけ、鍵をかけて開ける。維織は真吾の後ろに続いて、中へと入った。


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