【三章】魔王・ディエスとミサ

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 魔王はミサに宣言した通り、破壊することをやめた。
 険しい谷を抜け、たどり着いた洞窟。ディエスはここがわが家だと告げる。ミサはディエスに微笑む。

「ここは私たちのおうち、なんですね」

 ごつごつとしたむき出しの石しかない無骨な洞窟にミサは喜んでいる。

「ミサ、こんなところですまない」

 ディエスの低い声にミサは首をかしげる。

「なんで? ディエスと二人なら、私はどこでもいいよ」

 ここまでの道のりですっかりディエスに懐いてしまったミサ。ミサはきっと、自分の姿を見ることができないから、そんな無邪気なことを言い、懐いているのだろう。見えないことに対してかわいそうだと思うものの、そのままでいいとも思ってしまう。この顔をみればきっと、ミサは怖がって逃げていくだろう。目が見えないことに対して、ディエスはありがたい、と思ってしまった。
 ディエスはミサを連れてここに着くまでに自分の中にあるミサへの気持ちがなにか、を自覚していた。
 自分にはないと思っていた、愛する気持ち。
 ミサのことを考えるだけで、あれほど冷たく凍っていた心が温められ、熱くなる。ミサを片時も離したくない、ずっと側にいたい。愛しているとさえ思った。
 ミサを抱えたまま、ディエスはここまで来たが、ミサは起きている間ずっと、ディエスのために歌っていてくれた。
 その歌声が、ディエスの凍えきった身と心を温めてくれた。もうこの先、ミサとこの歌声がなくては生きていけない、そうとまで思えた。
 魔王はそれまで、歌など歌ったことがなかった。人々の温かい気持ちにさえも触れたことがなかった。冷たく、痛い気持ちしか知らずにきた。しかし、その価値観を根底から覆してさらに考えを変えさせるほど、ミサの存在はディエスにとって大きくなった。
 ミサの歌に魔王は知らないうちに声を重ねていた。

「ディエス、素敵!」

 ミサの称賛の声にディエスは驚く。

「ワシは……」
「ディエスの声って低くて素敵。ねぇ、一緒に歌って」

 自分が歌を口ずさんでいたことに驚いたが、ミサにそう請われてそれがまったく嫌ではなく、むしろ心地よくて、ディエスはともに歌った。ミサはますます楽しそうに歌っている。それを見て、ディエスはうれしく思う。
 こんなにも温かくて穏やかな気持ちは初めてだ。こうして一緒に歌って暮らせれば、幸せかもしれない。
 ディエスの住む洞窟に戻り、昔からいる手下はミサと楽しそうに帰ってきたディエスを見て戸惑った。長い間仕えてきたが、これほどまで穏やかな表情をしたディエスを見たのは初めてで……。

「ミサさま、主は少し難しいところがございますが、よろしくお願いします」

 ディエスの身の周りの世話をしていた執事に頭を下げられ、ミサは開かない目を向けて微笑む。

「ディエスは優しいよ?」

 ミサの言葉に執事は驚く。人間に名を明かした主に、本気の気持ちを感じ取る。

「ミサさまが心地よくこちらで過ごせるようにいたします」

 ディエスは長い間、ここにずっと閉じこもっていた。日々、わけのわからない怒りと憤りを抱え、洞窟の中にヤツ当たりを繰り返していた。しかし、それさえももう耐えられないほどになり……突然、ここを飛び出して暴れ始めた時はどうしようかと執事は頭を悩ませていた。
 しかし、いきなりミサを抱えて帰って来たのを見て、今まで見たことのないほどの穏やかな表情を見て、世界のため、そして主のためにもミサを守らなければならない、と執事は思った。

「私ね……両親に虐待されていたの」

 ディエスには内緒、とミサは執事にこっそりと身の上話をしてくれた。

「だって、ディエスに悲しい思いをさせたくないの。だけど、だれかに話を聞いてほしくて」

 あまりにも無防備に信用するミサに執事は逆に心配になる。

「この目も、両親にまぶたを焼かれちゃったの」

 ずいぶんときれいに治癒はされていたが、確かによく見るとまぶたはただれ、閉じたまつ毛のあるあたりは痛々しい傷口になっていた。

「痛かったけど、目が見えなくなってよかった。だって、人の見た目だけでは判断できない心が見えるようになったのですもの」

 それがミサの強がりだというのは分かったが、優しいミサに執事は目に涙を浮かべる。

「でも、ディエスの顔が見れないのは残念だわ。あんなに素敵な声をしているし、魔王って言うからもっと怖い人かと思っていたけど……とても優しいもの。とても素敵な顔だと思うのよね」

 ずいぶんと穏やかな表情を浮かべることが多くなったとはいえ、それでもまだまだ恐ろしい顔をしている主を思い出し、執事は苦笑しながら告げる。

「きっと、恐ろしくて怖い思いをされるので、見えなくて正解かもしれませんね」
「そうなの? そんなこと言われたら、ますます見たくなるわ」


 ミサはディエスによく仕えた。
 片時も離れず、歌を歌う。ディエスもミサの歌に追随して歌った。執事はその様子を目を細めて見守っていた。

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 ある日、執事はひとりでこっそりと泣いているミサを見つけてしまった。どうして泣いているのかと思ったが、声をかけられなかった。
 気にしてミサを見ていると、ディエスに隠れてよく泣いている。あまりにも痛々しいその姿に執事は耐えられなくなり、思いきって聞いてみた。すると……。

「目が見えないことに対して今までは不便だとは思ったけど、仕方がないと諦めていたの。だけど、ディエスのことが好きになればなるほど……見えないことが辛くて」

 執事は主にある日こっそり、ミサが目が見えないことを苦にしているということを告げた。

「ワシは……ミサにこの顔、この姿を見られるのが怖い」

 初めて聞く弱音に執事は目を見張る。魔王と言われたほどの力を持ちながら、どうしてミサの目を治癒しないのか疑問に思っていたのだが……そういうことか、と納得する。

「ミサさまと一度、お話してみてくださいませ」

 執事はそれだけしか言えず、主の前から去った。


「ミサ、見えないことは辛いのか」

 ディエスはミサに思いきって聞いてみた。突然そう聞かれ、ミサは戸惑う。しかし、正直な気持ちをディエスに伝える。

「私、ディエスをこの目でみたいと思ったの。側にいるだけでも充分なのに、贅沢な願いよね」
「その願い、叶えてやれる」
「……本当に?」

 今まで、一度として願いを口にしたことのないミサから出た、普通ならば不可能な願い。ディエスはしかし、それを叶えるだけの力を持っていた。

「ああ。ワシのすべての力をもってすれば、ミサの目を治すことなど、たやすいこと」
「だめよ、ディエス。今はいいけど、この先、あなたを倒すと言ってやってくる人がいないとも限らないじゃない! いや、やめて。そんなことしなくても、私は幸せだから」

 ディエスの言葉の意味を知り、ミサはあわててディエスを止める。そこまでして叶えたい夢ではない。

「大丈夫だ。ワシは強い。心配するな」

 やめて、というミサの目に手を当て、ディエスはミサの目に力をすべて注ぎ込む。ミサのまぶたはみるみると元通りに戻り、縫い付けたかのように繋がっていた傷口は治っていった。

「ほら、ミサ。ゆっくりと目を開けて」

 ディエスはミサの目に手をあてたまま、耳元に囁く。ミサは恐る恐る、目のあたりに力を入れ……ゆっくりとまぶたを開く。うっすらと開けた隙間から入ってくる光がまぶしい。洞窟の中なのでそれほど光があるわけではないのに、明かり程度の光でもまぶしい。ゆっくりと目を開くと、少しぼやけてはいるものの、目の前にディエスのものと思われる大きな手のひらを見ることができた。

「ゆっくり手をはずす」

 その言葉の通り、ディエスの手はゆっくりと取り払われ、周りの様子が見えてきた。
 目の前には薄暗い空間。ディエスの気配がする方向に顔を向け見上げると、そこには、予想していたよりも優しい顔があった。

「ディエス……」

 想像していた顔とは違ったけど、それでも優しさにあふれたディエスの瞳にミサの両目から涙があふれる。それを見たディエスはあわてる。

「やっ、やはり怖かったか」
「違うの」

 ぽろぽろと涙を流したまま、ミサはディエスを見上げている。

「ディエスの顔、見たかったの。それで、ようやく見れて……思っていたよりも優しい顔で、うれしいの」

 手で顔に触れてなんとなくは知っていたが、やはり自分の目で見るのは想像とはまったく違う。あまりにもうれしくて、ミサは涙が止まらなかった。

 ディエスはミサの瞳の色の美しさに見惚れていた。
 薄暗い洞窟。ランプの明かりしかない空間。それでも、初めて見るミサの瞳の色は美しかった。セピア色の瞳をじっと見つめるディエスの視線がいたたまれなくて、ミサは恥ずかしそうに身をよじる。ディエスはミサの瞳の色を知ることができ、満足していた。

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 二人はさらに愛を深め、身体を重ね合うのはそれほど時間はかからなかった。二人が出会って五年が経ったある日、ミサは一人の女の子を産んだ。

「ミサ、よく頑張った」

 ディエスはミサをねぎらう。ミサは満足そうにディエスに微笑む。

「私、もっともっとたくさん子どもを産むね。賑やかな家庭にしましょう」

 ディエスにそう約束をするが、ミサはその後、身体を壊し、子どもを産めない身体になってしまう。

「ごめんね、ごめんね……」

 泣き続けるミサをディエスと娘が慰める。
 二人の娘はお互いの良いところを持って産まれて来ていた。

「まま、泣かないで」

 ミサは娘を抱きしめ、ごめんね、とつぶやく。

「ぱぱとままがいるし、みんなもいるからさみしくないよ」

 娘の言葉にミサはますます涙する。

「ごめんね……」

 ミサは泣きぬれ、娘を抱きしめた。

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