【四章】魔王討伐

注意書き



残酷な表現を含みます。苦手な方はご注意願います。


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 サンクは震えていた。
 勇者の血を引くから、という理由だけで魔王退治の勇者として祭り上げられてしまった。いきなり聖剣と言われている武器を持たされ、仲間とともに魔王を討伐して来い、と言われた。サンクは嫌で嫌で、とにかく逃げたかった。隙あらば逃げようと試みたが……
「仲間」
の監視の目は厳しく、逃げることができず、魔王が住んでいるという洞窟にまで到達してしまった。

 サンクの心の中ではずっと、魔王の元へ行ってしまったミサのことだけがあった。目の見えない彼女は魔王の元へとたどり着いたのだろうか。魔王のところへたどり着いたとしても、彼女は無事なのだろうか。
 今さらだが、ミサのことを助けられるのなら助けたいと思っていた。しかし、すでにあれから二十年以上が経ち、魔王の動向はおろか、ミサのことさえ噂が聞こえてこない。
 魔王がぱったりと姿を消した、そのことはすぐに人々の口から口へと伝わって行ったが、その理由はだれも知らなかった。
 その理由をサンクだけは知っていた。ミサはきっと、魔王を説得したのだ。それがどんな魔法だったのか分からないが、あの日、丘の上から魔王の元へと駆けていった後ろ姿だけがサンクの目に妙に焼き付いている。
 きっとミサは、未だに魔王とともにいる。サンクには妙な確信があった。
 だから……嫌で逃げたい、隙があれば逃げようと思いつつも本気で逃げようとしないのは、もしかしたら魔王の元からミサを救いだせるかもしれない──そんな淡い期待があったからかもしれない。

 魔王が住むという洞窟に着いた途端、その心は震えた。
 なんだ、自分は人間だったのだ。魔王に対して恐怖心を抱いている。この震えは、魔王に対する恐怖なのだ。
 サンクは自分の心にも人間らしさがあることを知り、こんな状況だというのに安堵しながら仲間とともに洞窟を進む。
 途中で、その場にいるはずのない少女と出逢った。

「あなたたち、だれ?」

 透き通った声。こんな洞窟の中だというのに、目の前に美しい夕焼け空が広がったかのような錯覚。

「ここは魔王の住む洞窟よ。分かっているのなら一刻も帰りなさい」

 凛とした声に、サンクは思わず笑みを浮かべる。ずっとここまで共にしてきた仲間たちは、初めて見るサンクの笑みに虚をつかれる。

「ここが……魔王のすみかであるのは間違いないのだな」

 サンクは自覚していなかった、自分が笑みを浮かべていることを。先ほど、心が震えたのは恐怖ゆえと思っていたが……それは強者に出会えることへの喜びに打ち震えていたことに、サンクは気が付いていなかった。
 あれほど魔王を討伐することを嫌がっていたサンクの豹変ぶりに、仲間は不審に思う。サンクが言っていた
「昔は魔王と言われて恐れられていたが、今はおとなしくしているのなら討伐の必要はない」
という言葉を思い出し、一人の仲間がサンクに提案をする。しかし、サンクは首を縦に振らなかった。
 少女はサンクたちが帰らないのを知り、あわてて奥へと戻って行く。それを見たサンクはあの少女は魔王に囚われているのではないかという考えに至る。
 囚われの身の少女を魔王から解放しなくてはならない。サンクの中で魔王と戦う大義名分ができた。
 ミサがいるかどうか確認は取れなかったが、あの少女を助けることが先決だ。サンクはそう結論を下し、仲間に今までの自分が主張していた意見を翻す決定事項を告げる。

「彼女を救おう」

 サンクの言葉に、仲間はますます疑いを抱く。しかし、ようやくこの勇者さまは魔王を倒す気になってくれたらしい。仲間同士で目配せをして、さらに奥へと進む。
 洞窟は一本道だった。あまりにも無防備なその造りに仲間たちは疑問に思う。
 途中、これといった罠さえない。この洞窟にたどり着くまでの道のりの方がよほどきつかった。警戒しながら先へとすすむが、本当になにもなかった。
 まっすぐに進むと、いきなり視界が開けた。どうやらここが一番奥のようだ。
 それまで暗く、明かりのない洞窟だったのに、そこは天井から光が差し込み、きらきらと輝く空間が広がっていた。

「噂には聞いていたが、本当に来たのか」

 地を割るような声がその空間に響き渡る。仲間たちはその声に腰を抜かし、その場に座り込む。中には失禁する者もいた。
 しかし、サンクは違っていた。魔王の声に胸が高鳴るのを覚えた。
 サンクは無言で鞘から聖剣を抜く。天井から降り注ぐ光を浴びたその剣は、美しい七色の光を広間に広げた。
 その剣を見たディエスは驚愕の声をあげる。

「そっ、それは……!」

 勇者の血を引くものにしか扱えない『聖剣』。それが現存して、さらに剣を扱える者がいたとは……!
 今のディエスは、人間より無力な存在だ。心穏やかにこの洞窟で暮らしていたというのに。もう二度と再び、暴れることなどない。その証拠に、二十一年前のあの日から、一度もディエスは表舞台に現れることはなかった。
 しかし、二十一年前の出来事を思えば、もう二度と再びすることはない、と言ったところで信じてもらえないだろう。
 ならばせめて、ミサと娘だけでも逃がせば、自分はあの時の罪を独りで背負い、勇者に倒されるとしよう。長すぎた命にピリオドを打つには、相手に不足はない。

「くるがいい、勇者よ」

 ディエスは剣を抜き、構える。サンクはもう一度、聖剣を握り直し……ほとばしる思いを口にして、ディエスに切りかかる。
 ディエスも人間より無力とは言え、剣の腕前はかなりのものだ。サンクは今まで出会ってきただれよりも歯ごたえのある相手に、自然に笑みが浮かぶ。
 サンクとディエスの剣の打ち合いに仲間たちは見惚れていた。
 よく、剣の達人の剣さばきは舞いに似ている、と言われるが、双方ともの無駄のない動きは確かに舞いのようで……命のやりとりをかけたその剣戟は、美しかった。
 どれくらい、そのやり取りは続いていただろうか。
 さすがの二人も全力で切り合い、息が上がっていた。少し離れてお互い、息を整え合っている。
 二人には分かっていた。次に剣を交わした時が勝負だと。
 息が整い、お互いが剣を構えてにらみ合う。
 サンクは初めて出会う、自分同等、もしかしたら上かもしれない相手に、今まで感じたことのないくらい心が高揚していた。
 ディエスは勇者という割には自分と同じ昏い感情を持ったサンクに、激しく興味を持つ。ディエスは今までたくさんの相手とこうして剣を結びあった。サンクより優れた者はたくさんいた。しかし、サンクはその者たちより少し劣るのに、なのにまったく倒れようとしない。そればかりか、どちらかというと押され気味だ。剣の腕ではないなにかがサンクをより強くしている。それがなにか、ディエスは知りたいと思った。
 守りたい者と救いたい者。
 ディエスとサンクはお互いが同じ人を想っていた。しかし、立場が違うので思いは違う。

「ミサという名の少女を知っているか」

 サンクはディエスに問いかける。

「ミサはワシの伴侶だ」

 サンクはディエスの言葉に頭を殴られたかのような衝撃を受ける。サンクの頭に血がのぼる。目の前が真っ赤に染まる。自分を止めることができない。

「うをおおおおっ!」

 サンクはうなり声をあげ、ディエスに切りかかる。今まで以上の激しい剣に、魔王は受け止めることしかできない。

「くっ……」

 ディエスの頬をサンクの切っ先がかする。血がにじむ。
 人間よりも無力とは言え、並大抵の武器では魔王を傷つけることなどできない。サンクの振るう剣は正真正銘の聖剣のようだ。
 サンクは渾身の力を込め、ディエスに剣を振り下ろす。ディエスはサンクの剣をかろうじて受け止めた。
 二人の力は拮抗している。ぎりぎりという音が洞窟奥の空間に響く。

「ディエス!」

 そこに、金切り声が上がる。しかし二人は気がつかない。お互いにらみ合い、どちらが根負けするか勝負をしている。

「二人とも、やめて!」

 一人の女性が二人の元へと駆けつける。サンクの仲間の一人が女性を止めようとするが、腰が抜けて動けない。他の仲間も同じ状況だ。

「お願い、やめて!」

 二人の側に駆け寄ってきている女性に、ディエスだけが気がつく。

「お願い、ディエスは静かに私たちと静かに暮らしているの! 私が命に変えても、もうあんなことはさせないから、やめて!」

 サンクにはミサの声は聞こえていない。どちらかが気を抜けば、命はない。
 ディエスの側にミサがきた。

「来るなっ!」

 ディエスの声にミサは首を振る。サンクは美しく成長したミサに一瞬、見惚れる。ディエスはそのことに気がついたが、反撃には出なかった。
 サンクは二十一年前の記憶の中のミサと今のミサの違いに気がつき、目を見開く。
 固く閉じられていたあの瞳が、今はセピア色の美しい瞳が悲しそうにサンクを見つめている。
 サンクは力を緩めようとしたその時。聖剣が予期せず、光を放った。

「うわっ!」

 サンクだけではなく、ミサもディエスもいきなりのことに驚く。ディエスはその光に一瞬、力が抜ける。拮抗していた力が崩れ……サンクが力を抜く間もなく、聖剣はディエスに振りおろされる。それに気がついたミサはディエスを守るように抱きつく。

「あああっ!」

 一瞬、なにが起こったのか分からなかった。
 サンクの腕に、肉に剣が刺さった時のにぶい感触が伝わる。その先には……。

「!」

 ミサがいた。あわてて剣を抜こうとするのだが自分の意に反して剣はずぶずぶと埋まり、後ろにいるディエスにまで到達する。サンクはミサの返り血を浴びて真っ赤に染まる。さらには後ろのディエスの血が噴き出す。

「ミ……サ」

 ミサはかろうじて心臓を外れていたが、ディエスは心臓を貫かれた。ミサの名を呼ぶと、そのまま息を引き取る。

「ディエス!」

 サンクはミサとディエスを貫いた剣から手を離せないでいた。
 ミサはディエスの頬を叩き、目をさまさせようとしているが、その瞳は固く閉じられ二度と開かれない。

「ディエス……」

 ミサも失血でどんどんと朦朧としてくる。

「ディエス……愛してる」

 ミサは最期、そうつぶやくとセピア色の瞳を閉じた。

「ミサ……?」

 サンクは柄に手をかけたままミサを呼び掛ける。しかし、返事はなかった。

「うわあああああっ!」

 サンクは狂ったように叫ぶ。二人を突き刺した剣から手を離そうとしても石膏で固められたかのように指が動かない。先ほどは剣を抜こうとして抜けなかったのに、今度は剣は簡単に二人の身体から抜ける。
 剣は二人の血の味をしめ、聖剣のはずなのに新たな血を求めてサンクの意思を無視して新たな血を求める。

「やめろ!」

 サンクは止めるが聖剣は意志を持ち、サンクを操る。引きずられるかのように仲間の元に連れてこられ、聖剣は次々と仲間に切りつける。サンクは必死になり聖剣の暴走を止めようとする。

「よけろーっ!」

 サンクの叫びに仲間の一人がよけ、サンクの背中を強く押す。サンクはそのままの勢いで走り、聖剣は壁に突き刺さる。そこでようやく、聖剣の暴走は止まった。サンクはあわてて剣から手を離す。

「……すまない!」

 サンクは自分のやった惨状を目の当たりにして、耐えられずに走りだす。

「待て!」

 仲間たちはサンクを止めるがだれ一人として追いかけることができない。
 広間の入口まで走り、そこに先ほど、洞窟の中で出会った少女が立ちつくしているのを見つけた。

「逃げよう」

 サンクは少女の手を握ると走りだす。

「待って!」

 少女はサンクを止めようとするがしかし、サンクは止まらない。少女は仕方なしにサンクについていく。
 サンクはまっすぐな洞窟を抜けた。そのまま近くに流れている川へと向かい、そこでようやく少女の手を離し、サンクはそのまま飛びこむ。

「あっ!」

 驚く少女をしり目に、サンクは川を泳ぎ、血まみれの身体を洗い流す。
 服にしみ込んだ血は取れなかったが、不快な部分はほとんどきれいに取れたのを確認して、サンクは川からあがる。
 そこで改めて、日は暮れはじめていたが、洞窟の薄暗い中とは違う自然の光の中でサンクと少女は初めて向き合う。
 お互い、目が離せずにいた。
 憂いを帯びたクロムグリーンの瞳に先ほど川に飛び込んで水にぬれているアッシュグレイの髪。精悍な顔、というよりはややもすれば優男に見えるようなしかし、優しさの中に少し昏さを持った顔のサンク。
 初恋の人・ミサと同じ不思議な髪の色に夕焼け空のようなプラム色の瞳。整った顔の少女。
 洞窟の中で逢った時から予感はあった。
 ──二人は同時に、恋に落ちた。


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