【五章】二人旅

リベラ大陸の地図




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 二人はあの後、少し歩いて川沿いに火を起こして野宿した。
 サンクは魔王の洞窟に着く前に捨てた手荷物を拾い上げた。帰ってこらえるか分からなかった。ここに荷物を捨てていけば、次に来るかもしれない魔王討伐隊が気がついてくれるかもしれない。もし万が一、勝って戻ってこれたら……きっとこの荷物は役に立つだろう。そう思って捨てた荷物。
 まさかそれが後者になるとは、あの時ここに荷物を置いた時の自分は考えていただろうか。
 不安な表情をした少女──名前はキリエと名乗った──をなだめ、先ほどようやく眠りに着いた少女を炎越しに見つめながら、サンクは思索にふける。
 服はすぐに着替え、血に濡れた服は炎にくべた。水を含んでいたのでなかなか燃えなかったが、しばらくすると黒い煙を吐きながら燃え尽きた。
 ミサと魔王の血を吸った服。
 サンクはキリエの前で平静を装い、荷物の中から食べ物を取り出し食べさせたが、心の中は嵐のただ中にいるかのように混乱して……いなかった。心は今までなかったほど、穏やかだった。サンクは平静さを装っているように装っていた。
 自分は初恋の人・ミサの肉を刺し、殺した。
 もっと混乱・悲しみ・嘆き・後悔……そういった念に囚われるかと思っていたのに。
 どうしてだろう。なんでこんなに心穏やかにいられるのだろう。
 食事が終わったキリエは戸惑いの表情を浮かべたまま、しかし、風の音に消えてしまいそうなくらいか細い声で歌い始めた。サンクは手元の荷物からラクリモサを取り出し、キリエの声に合わせてつま弾く。キリエは目を丸くしてサンクを見つめる。
 サンクはキリエを見て微笑む。
 自分にそんな柔らかな笑みを浮かべられるとは思っていなかったサンクは、戸惑う。サンクの笑みを見て、キリエは花が開くかのようなあでやかな笑みを浮かべる。
 サンクは調弦して、弓を持ち曲を奏ではじめる。その曲は、コンフュタティスのどこの家庭でも聞くことのできる子守唄。

「知らない」

 キリエはサンクの奏でる曲を最後までじっと聞き、口にする。

「知らない? 子守唄なんだけど」

 だれもが知っているこの曲を知らないと言われ、サンクは戸惑う。

「じゃあ、これは?」

 サンクはいろいろと弾いて聞かせるが、キリエは知らないとどれもこれも首を横に振る。

「わたしが知っているのは……」

 口にした歌は、もう忘れ去られたのに等しい鎮魂歌。サンクは記憶のかなたにある音を拾い上げ、キリエの歌声を消さないようにたまに音をはじいていく。

「その曲は?」
「母から教わった曲です」

 キリエの歌った曲は、サンクのいたイエム村にのみ伝わるもの。墓場で死者を悼むために歌われるもの。ここからサンクのいたイエム村はかなりの距離がある。この少女はイエム村から魔王にさらわれてきた……? それならば、救って正解だった。そう言い聞かせる。

「では、この曲は?」

 サンクは弓を構え、曲を奏でる。やはりこちらもイエム村でしか歌われていないもの。キリエはそれを聞き、口ずさむ。
 キリエの歌声とサンクの奏でるラクリモサがひとつの流れを作る。だれもいない川べりで、せせらぎの上にそれは乗り、消えていった。

「少しは落ち着いたか?」

 サンクの問いかけにキリエは小さくうなずく。先ほどまで浮かんでいた戸惑いの表情は消え、安らかな表情になっている。

「明日はここを抜けて町に行く。もう寝ろ」
「サンクは……?」

 少女の澄んだ声で名を呼ばれ、サンクの全身はなぜか熱くたぎる。

「オレも寝るから。心配するな」
「……うん、おやすみなさい」

 キリエは少し眠そうな表情で微笑み、小さく欠伸をして横になる。するとすぐに寝息が聞こえてきた。平気そうな顔をしていたが、疲れていたのかもしれない。
 サンクも疲れてはいたが、先ほど名前を呼ばれ、妙に起きてしまった気持ちをどうすればいいのか悩み……心を落ち着かせるためにラクリモサを適当に弾く。

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 サンクは気がついたらラクリモサを抱えたまま眠っていた。ひんやりとあたりを流れる空気に目が覚めた。
 眠る前は燃え盛っていた火が消え、寒さで目が覚めたらしい。サンクはきしむ身体をゆっくりと動かして立ち上がり、伸びをする。ラクリモサを片付け、布を片手に持って川に向かう。指先が凍えそうなほど冷えた川に布を入れ濡らし、絞って顔を拭く。かなりさっぱりした。もう一度、冷たい川の中に布を入れて軽く洗い、絞る。それを手に持ち、たき火跡に戻り、薪をくべる。少ししてまだ火が残っていたのもあり、小さく炎をあげて燃え始めた。
 暖かい炎にかじかんでいた身体が温まる。水を沸かし、お茶を入れる。炎の向こう側にまだ眠っている少女のお茶も作り、声をかける。少女・キリエはサンクの呼び掛けを夢うつつで聞いていたが、ようやく思い出し、驚いて飛び起きる。

「おっ、おはようございます」

 キリエの挨拶にサンクは目を細めて答える。久しく聞いていなかった朝の挨拶になぜか心が和む。
 サンクはお茶を渡し、キリエはそれを大切に受け取り、両手で大切そうに抱える。ふうふうと息を吹きかけて冷まして、恐る恐る口をつける。寝袋にくるまっていたとはいえ、ここは暖かくて居心地のよかったあの洞窟とは違い、野外。しかもこのあたりは朝晩、とんでもないほど冷え込む。少し熱めのそのお茶は、身体を温めてくれた。
 軽く食事を取り、サンクは荷物を片づける。朝霧がかすむ中、サンクはキリエの手を握りしめ、歩きはじめる。

「あの……」

 キリエはサンクの手のぬくもりに戸惑う。両親とも違う、ぬくもり。

「迷子にならないようにと思ってなんだが……。嫌か?」

 少し不安に瞳を揺らし、サンクはキリエを見つめる。

「えっ、いえ……」

 キリエは恥ずかしくなり、うつむく。
 昨日は顔を合わせたのは夕方だった。一緒に歌ったり話をした時はたき火越しだった。でも今は、まだ薄暗さを残しているとはいえ、日が昇ってきてずいぶんと明るくなってきた。顔もはっきりと見える。キリエは初めて見るまったく見知らぬ他人に戸惑っていた。

「村に行って少し旅支度をしよう」
「え……あの」

 キリエは予想していなかったサンクの言葉に動揺している。

「わたし……あの、帰らなきゃ」
「帰る? どこに?」
「洞窟に……」

 サンクは足を止め、キリエに向き合う。

「もうあそこにはだれもいない」
「…………」

 キリエは血の海に倒れた二人を見ていた。サンクの言う通り、もうあそこには──だれもいない。

「キミはあそこで一人さみしく過ごすつもりなのかい?」

 サンクに問われ、自分が独りということに気がつく。

「キミはきっと、オレのいた村の出身なのだろう」
「サンクのいた村?」
「ああ……。魔王に焼かれてなくなってしまったけど」

 サンクの言葉にキリエはうつむく。

「村の人は散り散りになったけど、残った人たちで村を復興したし、出ていった何人かとは連絡が取れるから。だから心配しないで」

 キリエはなにを心配しないでいいのか分からなかったので答えない。サンクはそれを見て、両親のことでも思い出しているのだろうと勝手に結論づける。

「なにも心配することはないから」

 サンクの微笑みにキリエはあいまいな笑みを浮かべる。
 サンクの真意が読めなくて、キリエは戸惑う。しかし、洞窟でずっと人とあまり接しないできたキリエにはどうすればよいのか分からない。サンクはたぶん、悪い人ではない。キリエは根拠なくそう決めて、ついていくことにした。

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 川べりを下って行くと、小さな村に行きついた。
 そこは、魔王の洞窟に行く前に通過しなかった村。サンクは仲間たちにあれだけひどいことをした負い目を少しだけ負っていた。見つかったらたぶん、タダでは済まない。
 小さな村は普段、旅人さえも来ないだろうからサンクがキリエを連れて訪れたら目立つし人の記憶に深く残るだろう。それは分かっていたがしかし、ここで荷物を調達しないことには大きな街には行けない。あえて危険を冒してサンクは村を訪れた。
 雑貨屋でキリエの荷物を調達して、食料も追加する。用事を済ませるとサンクはキリエを連れてさっさと村を後にした。
 二人とも目立つ容姿の上に不思議な組み合わせ。しかも終始ずっと、手を離さない。村人たちはキリエの身につけている上質の服を見て、どこかのお貴族さまの娘と従者の駆け落ちではないか、と噂し合った。その噂はサンクの耳にも入っていた。逆にそう思ってくれるのなら、もしかしたら討伐の仲間がここを訪れてサンクのことを尋ねても口をつぐんでくれるかもしれない。雑貨屋の主人に言われた金額より少し多めに渡し、できたら聞かれても黙っておいてほしいと頼む。意味深に目配せもして、キリエの手を取り、去る。雑貨屋の主人は二人を見送りながら、あの二人はずいぶんと訳ありなんだな、幸あらんことを、と心の中で祈った。



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