【十章】痛みと後悔


流血表現を含みます。苦手な方はご注意願います。

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 サンクとキリエは手を繋ぎ、国境を越えるために関所までやってきていた。
 サンクはキリエに二つの提案をした。一つは関所を越えてオフェムという港町まで行ってそこで暮らす、もう一つは関所を越えないでコンフュタティスのどこかの街で暮らすという二つ。
 キリエはしばらく考えて、どちらでもいい、とサンクへ告げた。
 自分はサンクさえいればいい。サンクの行くところについていく、と。
 それならば、とサンクはイエム村の雰囲気に近いというオフェムに行きたいと告げると、キリエは行ってみたいと言ってきた。それならば当初の予定通りに関所を渡ることとなった。
 問題なく関所を通過でき、ある意味観光地と化している橋を渡る。二人は橋を渡り終わったところで、数人に取り囲まれた。

「サンク、待っていたぞ」

 そこには、魔王討伐の旅の仲間がいた。

「…………」

 サンクはキリエを背後に隠す。

「ここにいれば絶対に来ると思っていた」
「ずいぶんと派手に移動してきたのね。噂をあちこちで聞いたわ」

 旅の仲間唯一の女性が爪を唇につけながら嫌な笑みを浮かべている。サンクは女性のその癖が嫌いだった。いらだちを覚え、来た道を戻ろうとするが、後ろからも見知らぬ人物が取り囲んだ。

「王がお待ちです。魔王を退治したあなたに褒美を与えたいとお待ちしております」

 よく見ると、その男はグラデュアル国の紋章の付いた服を着ていた。王の横に控えていたような気がする。

「サンク……?」

 キリエの戸惑った声にサンクは微笑む。

「サンク、今……魔王を倒したって」

 キリエの震える声にサンクは大丈夫、と抱き寄せる。

「仲間を切りつけたのはあれはなかったことになっているから。安心して帰っていらっしゃい、サンク」

 そう言って戻っていらっしゃい、と手を伸ばしてきた。サンクはその手を振り払う。

「オレは帰らない。魔王は倒した。褒美も名誉もおまえたちにやる。だから、もう、オレにかまうな」

 サンクはキリエを引いて仲間の間を割って抜けようとした。しかし、キリエは固まったまま、動かない。

「……キリエ?」

 キリエはうつむいたまま、その場に立ちすくんでいた。

「行こう、キリエ」

 サンクの問いかけにキリエは繋いでいた手を振り払う。

「あなたが……わたしの両親を」

 キリエの今まで聞いたことのないほどの低い声にサンクは首をかしげる。しかも……わたしの両親?

「父は……確かに昔、魔王と言われていたみたいだけど……わたしにとっては父だった!」

 キリエは顔をあげ、サンクをにらみつける。その瞳に、あの日、対峙した魔王の瞳が重なる。キリエの瞳と魔王の瞳は──同じプラム色。
 聖剣に心臓を刺され、最期に見せたあの色と同じ色。

「キリエ……?」

 サンクはキリエに一歩、歩み寄る。

「あの日、血の海に沈んでいた二人を殺したのは……サンク、あなただったのね。わたしの両親を、あなたは殺した」
「そうよ! 魔王とあのピンクの髪の女を刺殺したのは、そこにいる『勇者』サンクよ!」

 女はけらけらと楽しそうに笑い声を上げる。

「そのまま血が足りなくて、あたしたちの仲間も襲った『勇者さま』よ!」
「言うな!」

 サンクはあの時の異常な高揚感を思い出し、身体が震えた。
 二人の血を浴びて、今まで感じたことのないほどの快感が身体を貫いた。もっと血を──剣のせいではなく、自らの心が血を欲した。これではどちらが魔王か分からない。後からサンクは気が付いた。自分は魔王を倒す勇者などではない。一歩間違えれば、自分が魔王となり、討伐される側に立っていた。

「父と母を返して! わたしの大切な、両親を返してよ!」

 キリエはサンクの胸を叩く。サンクの懐におさめられているナイフに手があたる。キリエはそれを抜きとり、

「!」

 サンクに向かってナイフを突き刺す。
 サンクはとっさに心臓をかばった。ナイフは右腕に刺さり、縦に切り裂かれた。腕から血が噴き出す。

「サンク!」

 旅の仲間が悲鳴を上げる。キリエはサンクに突き立てたナイフを抜きとり、それを振りまわしながら関所を抜ける。

「キリエ、待て!」

 サンクはあわてて追いかけようとするが、仲間に止められる。

「キリエ!」

 サンクの悲痛な叫びが関所に響き渡った。

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 キリエは後ろを振り返ることなく、ナイフを片手に駆け抜ける。サンクを切りつけた返り血を浴びたまま、キリエは走った。
 血の海に沈んでいた両親。遠目から幸せそうに微笑み、寄り添った姿で死んでいた二人。
 サンクのせいで……死んでしまったなんて……!
 嘘だ。
 サンクには嘘だと言ってほしかった。
 なのに……。
 サンクの口から魔王を『倒した』という言葉。肯定された。
 母はいつも気にしていた。いつか父を殺しに『勇者』が来るかもしれない。普通の人間には傷を付けることは不可能だが、勇者の血を引くものが
「聖剣」
を携えてやってきたら……。ずっとずっと……母はそれを心配していた。
『そうなったらそれを受け入れるよ』
 自分と同じ色の穏やかな瞳で父はそうつぶやいていたのを思い出した。
 現実にはあり得ない、キリエはあの血の海を見るまでそう思っていた。しかし……母・ミサが危惧していたことは現実に起こってしまった。
 母は父をかばったのだろう。

「…………」

 キリエは立ち止まる。後ろからだれも追いかけてくる様子はない。ほっと息を吐き出し、少し道をそれる。ここまで走ってきて、少し喉が渇いていた。水を求めてキリエはどこかにある泉を求めた。藪の中に入り、少し歩くとわき水を発見した。握りしめていたナイフごと手を入れ、サンクの血を洗い流す。キリエは手を開こうとするが、手は固まったかのように動かない。反対の手で指を一本ずつ開くと、ナイフは水底へと沈んでいった。キリエは腕を伸ばしてナイフを拾い上げる。水でサンクの血は流れ、きらめく刀身にキリエのプラム色の瞳が映る。
 ひどい顔をしている。サンクの腕を刺した時の返り血を浴び、醜くひきつれた顔をしている。父の次はその血を引く自分がきっと、サンクに殺される。こんな顔をしていたら、魔王の血を引く娘と言われ、サンクに殺される。
 ──それも本望かもしれない。
 すでに大切な両親はこの世にいない。生きていたって……仕方がない。
 ナイフを自分の手首に当てる。
 サンクがいるから生きていける。そう思っていたのに。サンクが……大切な両親を殺したなんて。そんなひどい仕打ち、あっただろうか。
 サンクのこと、好きだった。
 ううん、今も──両親を殺した憎い仇であるというのに──こんなにもサンクのことを求めている。そんな自分の心が信じられなくて、両親に対してのひどい裏切りのような気がして。それならばいっそのこと、ここで命を断ってしまえば。
 握りしめたナイフにぐっと力を入れる。刃を引くが、傷一つ付かない。

「どうして……?」

 このナイフは、あんなにもサンクのことを傷つけたのに。大切な右腕を切りつけた。あの腕でナイフを持って身を守り、そして……。

「なんで? サンク、あなたはわたしに死ぬなと……言っているの? だってわたし、魔王の血を引く娘なのよ」

 ナイフの切っ先を手首につきたてるが、それでもキリエの皮膚はまったく傷つかない。
 キリエは知らなかった。キリエの身体を傷つけられるのは、勇者の血を引くサンクのみだということを。
 キリエは自らの身体を傷つけることを諦め、ナイフに付いた水気を拭きとり、端切れにくるんで懐にしまう。
 わき水の中に再度手を入れ、顔を洗う。
 このままこの水の中に頭を入れてしまえば、窒息して死ぬことができるだろうか。そう思ったが結局、キリエは実行しなかった。
 自分は今ここで、死ねなかった。それにはきっと、なにか意味があるのだろう。
 キリエはできるだけサンクの血を洗い落した。冷たい水に触れ、少し清められたような気がした。
 少しだけ落ち着いたキリエは、サンクの言葉を思い出す。
 あの関所を越したところにある街でしばらくゆっくりしようと言っていたことを。
 キリエもだいぶ、世間慣れしてきた。やはり人ごみは苦手だったが、ずいぶんと上達はしたはずだ。
 とりあえず、街に行ってみよう。
 もしかしたら、サンクと再会できるかもしれない。
 サンクに会ったら……自分はどうするだろう。両親を殺したことをまた、責めるだろうか。
 キリエは昔、魔王と言われ恐れられた父・ディエスのしたことを知らなかった。知っていたとしても、それがどういう意味をなすのか。洞窟の中で大切に育てられた娘は、その事実を知らなかった。だれ一人として教える者がいなかった。
 穏やかな時間の流れの中でひっそりと暮らしていたはずなのに。それを破壊したサンクに心惹かれていた自分のことが苦しかった。
 こんな気持ち、知らなければよかった。
 キリエは初めて知る『後悔』という感情の元、街へと向かうために歩き出した。

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