【十四章】キリエとラクリモサ

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 キリエは『ルシス・ルナ』で歌っていた。伴奏なしで歌っていたが、やはり、伴奏があった方がしっくりとくる。しかし、だれに弾いてもらっても駄目だった。
 どうすればいいのか分からず、行き詰っていた。

「気分転換にちょっと街を歩かないかい」

 『ルシス・ルナ』の女将であるミルエラにそう誘われ、キリエは乗り気しないまま久しぶりに外へ出かける。
 街を歩くとサンクと一緒に旅してきたことを思い出すから嫌だ。
 どんどんとふさぎこんでいくキリエにミルエラはため息をつく。

「若い子がなにそんな辛気臭い顔してるんだい」

 ミルエラに肩を強く叩かれ、キリエは泣きそうになる。

「あんたの大切な人、忘れられないのなら、無理して忘れることはないだろう? 忘れようとするから意識して辛いんだよ」

 ミルエラはそう言ってキリエの頭をぐりぐりとする。キリエはされるままにしてミルエラを見上げる。

「……忘れなくても、いいの?」
「忘れなくていいよ。そもそも、どうして忘れようとしているのかい? 好きなんだろう? あたしは事情は分からないから好き勝手言うけど、自分の心に素直になればいいと思うんだけどな」

 自分の心に素直になる……?
 サンクのこと、忘れなくてもいいの? 忘れようとするから辛いの? 好きと思っていても──いいの?
 キリエはミルエラのその言葉が思いもしていなかったことで、呆然とたたずむ。
 大切な両親を奪ったサンク。素直に憎めたらどれだけ楽だろう。憎むことができないのなら、最初からいなかった人と思えばいい。出逢わなかった人、知らない人。忘れてしまえば楽になれる。キリエはそう思ったので忘れようとしていた。しかし、歌うと嫌でも思い出す。だけど、歌わなければ自分は生きていけない。ミルエラにあそこから叩き出されたら……どうやって生きていけばいいのか分からない。その一心で歌っていた。
 しかし、ミルエラはそうではないという。
 自分はサンクのこと、どう思っている?
 父と母のことはこの際、少しの間考えないで……サンクのこと、どう思っている?

 自分への問いかけに、間髪いれずに出てきた答えは
「好き」
。その言葉に、泣きそうになる。
 サンクを傷つけて逃げてきた。好きな人を──大切な右腕を傷つけてしまった。あれではもう、ラクリモサを演奏できないかもしれない。
 そのことに気がついたキリエは、ミルエラにしがみつく。

「どうしたんだい?」
「わたし……大変なことをしてしまった」

 サンクが両親を殺したと知った時。目の前にいるサンクを殺そうとした。手に取ったナイフで心臓を一突きにしようと思った。だけど、サンクは避けてくれた。でも、大切な右腕が……。腕がなくなったわけではないが、あれでは演奏はおろか、下手すれば日常生活に支障をきたすほどの傷を負わせてしまったかもしれない。
 サンクと別れてどれだけ経ったのだろう。そのことにキリエはようやく気がついた。

「サンクの大切な腕を……ナイフで切りつけてしまった」

 キリエはミルエラにしがみついて震えている。ミルエラはキリエを抱きしめて、その背中を優しく叩いた。

「ならば、あんたがその人の腕の代わりになればいいじゃないか」

 震えるキリエにミルエラは優しく諭す。

「あんたはちょっと不器用だけど、なぁに、大丈夫。大切なその人の腕になる、それくらいの意気込みがあればどうにかなるよ」

 ミルエラの楽観的な言葉にキリエは信じられなくてミルエラにしがみついたまま、その顔を見る。

「許してもらおうとしないことさ。あんたが悪いことをした、そうやって反省して、真摯な態度を取っていれば心ある人間なら分かってもらえるさ」

 にっこりと微笑むミルエラにキリエは心が軽くなったことに気がついた。

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 キリエはミルエラの言葉にずいぶんと心が軽くなっていた。
 そんなキリエを見て、気がつかれないようにため息をつく。ふさぎ込んでいるキリエにミルエラは心を痛めていたのだ。なにか分からないけど、ほっておけないはかなさを持っているキリエ。元々のお節介な性格もあり、なにかあるごとにキリエを気に掛けていた。そんなキリエのために、ミルエラはとある場所へと連れてきた。

「気に入った伴奏者がいないのなら、自分で弾けばいいじゃないか」

 ミルエラはそう言って楽器がたくさん置いてある店へ連れてきた。ミルエラの目的はどうやらこれだったらしい。

「まあ、あんたは信じられないくらい不器用だけど、音楽のセンスはあるようだから、どうにかなるんじゃないのか?」

 戸惑いを浮かべてキリエはミルエラを見る。

「気分転換にはなるよ。ちょっとこの子に楽器の説明をしてやってくれよ!」
「おや、ミルエラかい? 珍しいね」

 店の奥からにこにこ顔の男性が現れた。

「ああ、この人が今、噂の歌姫か」
「そうだよ。この子にあう伴奏者がいなくて困っていてねぇ」

 キリエはキョトンと二人を見る。

「あんたの伴奏者を探すのに、この人にも手伝ってもらったんだよ」

 ミルエラに説明され、キリエはあわててお辞儀をする。

「一度、聞かせてもらったけど……あんたのその声を映えさせる伴奏者を探すのは本当に難しいね」

 この店の主人らしい人物はあごに手を当て、唸っている。

「マイナーだけど、ラクリモサあたりは声に映えていいかもしれないね」

 ラクリモサ、と言われてキリエは弾かれたように顔を上げる。

「あの……!」

 キリエの必死の顔に主人は少し驚いた顔をする。

「ラクリモサ、知ってるの?」
「あ、はい。前に専属で弾いてくれていた人がその、ラクリモサ奏者だったので……」

 サンクはいつも大切にラクリモサを背負っていた。あまりにも大切にしているからキリエは少し、ラクリモサに嫉妬を抱いたくらいだ。楽器に嫉妬だなんて、馬鹿みたい……と思ったが、本当に大切にしていた。
 自分があの楽器だったら、ずっと一緒にいられたのに。魔王だの勇者だの、そんなの関係ないのに。
 そんなことを考えて、キリエは少し、落ち込む。

「キリエ、ラクリモサを見せてもらったら?」

 キリエが沈み込んだことに気がついたミルエラは助け船を出す。

「はい、あの……見せていただけますか」

 主人の案内で、店内の一番奥の片隅に連れて行かれる。申し訳程度に置かれているラクリモサ。その中で棹の部分が深緑の珍しいものが目を引いた。

「あの……その、緑のラクリモサ、ください」

 キリエは一目で気に入り、指を指す。

「これかい? これはちょっと……」

 主人は戸惑い、商品を出そうとしない。

「なんだい、店に置いてあるのだから、売り物だろう?」
「実は……あれはちょっといわく物でして」

 言葉を濁す主人にミルエラは渇を入れ、出すように言う。主人はしぶしぶ取り出し、キリエに手渡す。
 キリエはサンクに少しだけラクリモサを教わっていた。あれだけ大切にしている楽器だから触らせてもらえないかもしれない、と思ったが、思い切って教えてほしいというと、とてもうれしそうな表情で教えてくれた。
 キリエは知らなかったが、実はそれを口実にキリエに触れることができる、という大いに下心を含んだものだったのだが……それでも今のキリエにはそれは身の助けになった。
 ラクリモサを受け取り、弓を調整して出してもらった椅子に座る。少したどたどしいキリエにミルエラはハラハラして見ていたが、一音目でミルエラと主人は目を見張る。キリエの演奏はお世辞にも上手とは言えなかったが、ラクリモサ特有の澄んだ少し物悲しい音とキリエの歌声が絡み合い、魂が昇華されるような錯覚に陥る。
 キリエは一曲歌い終わり、ほーっと息を吐く。サンクに教えてもらって音の出し方はどうにか分かったが、演奏はさっぱりだ。だけど、思っていた以上にきれいな音で、なにがどう問題なのか分からなかった。
 キリエはミルエラと主人を見る。二人は魂が抜けたかのような表情でぽーっと宙を見つめている。

「あの……」

 キリエの声に二人は同時に我に返る。

「すっ、素晴らしい!」

 主人はキリエに向かって拍手をする。

「そのラクリモサ、どうも気難しいようで……ようやく運命のご主人さまに出会えたのかな」

 主人はそう言い、キリエからラクリモサを受け取り、弾いてみせる。が、不思議なことに音が出ない。ラクリモサは基本的には二本の弦に弓毛を当て、左右にこすると音が出る至って簡単な楽器である。主人は別のラクリモサを手に取り、同じように弾いてみせるとそちらは音が出た。

「これはだれにでも弾ける代物じゃなくて、売りたくても買い手がつかなかったんだよ」

 うれしそうにラクリモサのメンテナンス用のさまざまなものをキリエに手渡す。

「お金は要らないから! その代わり、ミルエラ。たまに彼女の歌と演奏を聞かせてもらっていい?」
「あーあ、あんたもほんっと楽器馬鹿だねぇ。また奥さんにどやされるよ?」

 ミルエラはキリエに布袋を出すように言う。キリエは言われるままにミルエラに渡す。

「ほら、聞きに来るのはいつでも来てもらっていいから」

 ミルエラはそう言って他のラクリモサにつけられている値札を見て、それより少し多めにお金を手渡す。

「この子はちょっと世間知らずなんだから、駄目だよ、そういう無償であげるなんてしたら」

 主人にそう釘をさし、ミルエラはキリエを見る。

「いいかい。この袋に入っている物はお金だ。これがないと生きていけないんだ。あたしたちはこれを稼ぐために店をやり、あんたは歌う。これを得て、こうやってほしい物とお金を交換して暮らしていくんだ」

 ミルエラにそう言われ、うなずく。
 キリエは『世間』を知らなくてはならない。いつまでも籠の中に閉じ込められて大切にされている『歌姫』では駄目なのだ。
 キリエはそのことに気がつき、初めて買ったラクリモサをギュッと抱きしめた。

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