【十七章】狂った想い

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 キリエは戸惑っていた。
 ラクリモサを片手に歌うようになって、キリエの出演する舞台の時はお店が満員御礼状態となり……いつからかキリエの出る時間帯のみチケット制になっていた。チケットは裏で取り引きされ、日に日に高額になっているらしい。店の外には入りきれない客もいて、さらにそのうわさがうわさを呼び、いつからか昼夜問わず、店の外にキリエが出てくるのを待ちかまえる者まで現れたらしい。
 キリエは恐ろしくなり、部屋に閉じこもっていた。

 ミルエラはそれを見て心配していたが、元々が洞窟の中にこもっていたキリエ。少しあそこより狭いが、それでも『ルシス・ルナ』の中は自由に動けるので、外に出られないことによる苦痛はそれほど感じられなかった。
 しかし、これではいつになったらサンクを探すために外に出ればいいのだろう。そのことだけが気がかりだった。
 キリエはそう思い……大きくため息をつく。
 そもそも自分は、サンクを探してもいいのだろうか。
 想うことが罪ならば、この想いは心の奥にしまい込んで封印してしまうしかない。だけど、そう思っていても気がついたらサンクのことを考えている。
 部屋に閉じこもり、ラクリモサの練習と称してこの音を聞き、サンクのことを考えている。棹の深緑色を見て、サンクの瞳を思い出す。これでサンクのことを考えるな、想うなというのは無理というものだ。


「キリエ、休みを取らなくてもいいのかい?」

 たまに心配したようにミルエラが姿を現す。キリエは自分が出なければ売り上げが減ることが分かっていて、いつもよくしてくれているミルエラのことを思うと休みをもらいたい、と思わない。それに、休みをもらっても結局、ここから出る勇気はない。
 限られた空間でいつも見る顔見知りとしか過ごしてこなかったキリエは、見知らぬ人間に対して必要以上に警戒心が強かった。それを思うと、ミルエラのことをすぐに信頼できたのは、どうしてだろう。そう考えて……いつも親身に考えてくれているからだ、と気がつき、そのミルエラをだましている自分にキリエは胸が痛む。
 いつか知られてミルエラに冷たい視線を向けられ、ののしりの言葉を投げられるかもしれないと思うと、キリエはますます自分の境遇を話せないでいた。
 だけど、話したところでどうするのだろう。同情を買う?
 魔王の娘、というのは同情に値しないだろう。それどころか、今まで優しくしていたのにだましていたのか、と裏切り者と言われるかもしれない。それだけならまだしも、追い出され、得体の知れない人たちに追いかけられ、死ぬよりもつらい目に遭わされるかもしれない。
 ミルエラはそんなことしない人だと思っていても……キリエの心のどこかでそうされるかもしれない、という思いが胸に影を落とす。
 どうしてそう思うのだろう、と考え……やはり、サンクとのことがかなり影響していると気がつく。
 キリエはとにかく、サンクを信頼しきっていた。別にキリエは嘘をついていたわけでも、だまそうと思っていたわけでもない。話す機会がなかったわけでもなかった。二人は長い間、ともに旅をしてきた。話そうと思えば話せた。だけど話せなかったのはどうしてだろう。
 一緒にいるだけでそれで良かった。お互いが何者でもよかった。ただ側にいる。それだけで良かった。
 サンクも同じように思っていたのだろうか。もし、同じように思っていてくれたのなら……キリエはサンクを想っても──。
 そこまで考えて、キリエはため息を吐く。
 これでは、想ってくれていなければ想わないとしか取れなくて、なんて傲慢なんだろうとキリエは首を振る。だけど、自分のような人間がサンクを想ってもいいのだろうか。
 キリエの中ではずっとそんな思いが堂々巡りになっていた。考えても出ない問題に、閉塞感を覚えていた。
 目の前にサンクがいれば、聞くことが出来るのに。サンクは、この質問に答えてくれるだろうか。素直に自分はサンクのことを好き、と伝えてもいいのだろうか。サンクは迷惑と感じるのではないだろうか。
 サンクと別れる前に一度だけ交わしたキスを思い出す。そっと自分の唇に触れる。
 熱くて思ったより柔らかかったサンクの唇の感触を思い出し、キリエは真っ赤になる。だれもいない部屋なのに、恥ずかしくて手で顔を覆う。
 照れを隠すためにラクリモサに口づけ、さらに自分のその行動がおかしくて、もっと恥ずかしくなってしまった。

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 サンクは予想外に稼げたことですぐにオフェムから『歌姫』のうわさのあるインジェへと向かった。オフェムまでは川を下ったので楽だったが、今度は歩いてソリウム川沿いを歩いてインジェへと向かうこととなる。
 昨日、痛む腕を無視してラクリモサを弾いたからか、治ったはずの傷口がずきずきと痛む。まるでキリエから責められているようで、しかし、その痛みの中にキリエを見出すことができ、苦にならなかった。
 ずっと独りだった。しかし、しばらくキリエと一緒で、ともに過ごした日々はあまりにも楽しかった。そのことを思い出すと今現在は独りだと知り、激しい孤独に一歩も動けなくなる。そういう時、ふと右腕がずきりと痛むと……ああ、キリエは側にいる、そんな錯覚を抱き、歩くことができる。
 キリエは独りでさみしく思っていないだろうか。
 そう考えて、キリエを独りにしてしまった原因は自分ではないか、と自分を責めた。右腕の傷口がずきずきと責めてきている。




「お兄さんの背中に背負っている物はなんだい?」

 途中、何気なく寄った村の食堂で隣になったおばさんにサンクはそう声を掛けられた。サンクは声を出すことを忘れてしまったかのように背中を指でさす。

「そう。他の客があんたの後ろを通る時、迷惑そうだよ」

 サンクは食事が終わり、お茶を飲んで人心地ついたところでそう指摘され、ラクリモサを肩から降ろす。移動中に傷つかないように布で覆っていたのをはずし、調弦する。お詫び代わり、とサンクは一曲ほど披露する。演奏するとやはりずきずきと右腕は痛むが、やはりそこにキリエを感じる。妙な恍惚感。右腕の傷口から、キリエの声が聞こえてくるようだった。
 演奏が終わり、ふと周りを見ると、たくさんの人間に囲まれていた。それなのに、なにひとつ音がしない。驚いて弓を持ちあげると、かたり、とそれは音を立てた。その音に観客は気がつき、割れんばかりの拍手喝さいが起こる。サンクに向かってお金が投げられる。ラクリモサを片付け、サンクはお金を拾い、その場を後にした。

 キリエと別れて、もうラクリモサを弾くことができないと思っていた。痛む右腕はキリエが弾くなと言っていると思っていた。しかし、どうやらそれは違うようだ。弾くことで側にいないキリエを感じることができる。
 ──こんなにもキリエを求めている。
 魔王の娘を好きになってしまった自分を呪ったが、キリエがだれだっていい。キリエだから好きになった。世界だの勇者だの魔王だの、どうだっていい。キリエに逢いたい。ひとつになりたい。サンクの胸にその想いだけが満たされた。

 サンクはキリエを求めて旅をする。右腕の傷口の痛みだけが、自分がキリエとともにいたことの証。この痛みを感じなくなった時、自分とキリエは終わってしまう。そんなことを思ってしまうほど、今のサンクは腕の痛みを感じなくなることが怖いと思っていた。
 キリエに拒否されても、逢えたら抱きしめよう。嫌がられても抗われてもいい。あの身体に楔を突き刺そう。

 そこまで考えて、キリエのプラム色の穢れのない瞳を思い出し、あまりにも自分の汚らわしい考えに嫌気がさす。
 こんなことを考えるヤツのこと、キリエが好きになってくれるわけがない。
 それ以前に、キリエの両親を殺してしまったのだ。憎まれることがあっても、好きだという感情を持ってくれるわけがない。
 それでも、その憎しみの感情でもいいから自分に対してなにか抱いてほしい。そう思うのは、少し精神が病み始めてしまったからだろうか。
 愛情と憎悪は紙一重だと思う。愛はすぐに憎しみへと変わる。憎しみを抱くのは、愛情を抱かれるよりも熱くて痛くて激しい。愛される気持ちよりも……憎しみを抱かれ、言葉とナイフで自分を傷つけてほしい。それがなによりも生きている証でキリエとの関係のようで……そこまで考えて、サンクは自分がとうとう狂ってしまったと嗤った。
 声を出して自分を嗤ってやろうとしたが……声の出し方を忘れてしまったかのように、音にならない。
 キリエに逢っても、これでは想いを告げることができない。告げてはならない、ということなのか。
 キリエは、想われることを拒否している。

 それはそうだろう。親の仇に想われてうれしいヤツなんているわけがない。まともな精神(こころ)を持っているのなら、憎しみを抱くだろうし、想われるのが迷惑だということも分かるだろう。
 だけど、キリエを忘れようとしても、忘れられなかった。ならば忘れずに想おうと思っても……それさえもできないらしい。
 どうすることもできない想いに心から血が流れ出す。
 キリエ、せめて一目だけでも見たい。贅沢を言えば、もう一度、歌声を聞きたい。
 遠目からでもいい、あの澄んだ声を聞きたい。

 サンクはその一心で『歌姫』のうわさのあるインジェへと向かった。
 グラデュアル国はその間にも魔王をかくまっていたという罪を着せて、コンフュタティスへと攻め入る準備をすすめていた。
 グラデュアル国の王は自分の元から逃げ出したサンクをひっそりと尾行させていた。旅の仲間から聞いた『魔王の娘』を捕まえ、戦争の材料にするために。サンクを追えば必ず娘へと繋がると信じて。
 サンクはそのことに気がつきながら、どうすることもできずにいた。
 キリエを探さないのが一番いいことに気がついていた。それはキリエにとっても、この世界の平和のためにもいいと分かっていた。しかし、心が身体がキリエを求めて勝手に動く。
 『勇者』なんて嘘だ。
 世界も愛する女も守れない自分が、『勇者』であるわけない。むしろ自分は世界を破壊へと導く『魔王』だ。
 どこまでも無力で愚かだ。
 それでもキリエを求める。
 キリエに斬られた傷口が疼く。探さないで、お願い。そう言っているようで、だけど本当は探してもらいたがっているように思えて、真実を確かめたくて、サンクはキリエの元へと急ぐ。

 サンクはようやく、インジェへとたどり着く。キリエに逢える──その想いだけでサンクは街へと足を踏み入れた。

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