【二十章】確認

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 キリエは街の外へと続く門へ走った。人々は忙しそうに門を出入りしている。その中でじっとたたずむ影。遠くからでもそれがサンクなのを知り、キリエの動悸は早くなる。それとは逆に、足が止まった。
 どれくらい長い間、逢いたいと思っただろう。別れてどれくらい経ったのか思い出せないが、サンクの髪の毛はずいぶんと伸びていた。アッシュグレイの髪は伸びて前髪は顔を隠していた。表情はここから見えないが、その瞳はなにかを待っていた。キリエはそれが自分であればいいと願った。
 そのサンクの視線がふと、こちらへ向いた。かなりの距離があるというのに、サンクもこちらに気がついたらしい。目を見開き、止まっている。
 二人の時間は止まった。
 しかし。


「邪魔だ、どけろ!」

 勢いよく馬車が門に駆けこんできた。キリエはあわてて道の端へと寄る。馬車が通りすぎてサンクのいた場所を見ると、いなかった。

「サンク?」

 キリエはあわてて先ほどまでサンクが立っていた場所まで走り寄る。幻でも見てしまったのかというくらい、サンクの気配はなくなっていた。キリエはあわてて門の外を見る。旅の荷物も持たないで門の外を歩いていくサンクの後ろ姿が見えた。キリエは叫ぶ。

「サンク!」

 しかし、サンクは聞こえていないかのように振り返らない。

「サンク、聞こえてるんでしょう!」

 キリエは叫びながらサンクを追いかける。しかし、サンクはそのまま歩いている。町中で手を離された時の痛みをキリエは思い出す。

「サンク、待ってよ! お願いだから、待って!」

 キリエはありったけの声でサンクの名を呼ぶ。

「サンク、好きなの! お願いだから、もう独りにしないで!」

 キリエのその言葉にサンクはようやく足を止める。振り返り、キリエをじっと見つめる。サンクは信じられなくて、首を振る。キリエはサンクに向かって駆け寄る。

「もう独りになるのは嫌なの。サンク、約束したじゃない。側に置いてくれるって」

 キリエはサンクの右腕にしがみつく。サンクは痛みに顔をしかめ、キリエは自分が切りつけた腕だということを思い出し、急いで離れる。

「サンク、わたしを置いていくのなら、わたしを殺してからにして。独りにしないで。心がずっと痛かったの」

 泣きそうな瞳にサンクは眉根に力を込め、苦しそうに首を振る。

「……キリエ」

 サンクはそれだけを絞り出すと、キリエをきつく抱きしめる。キリエはサンクにしがみつく。
 インジェの街の門の前で、二人はかたく抱きあった。

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 ミルエラとの約束通り、キリエはサンクとともに『ルシス・ルナ』へと戻った。帰りも特にだれかにとがめられることなく入ることができた。

「ミルエラ……あの」
「おかえり、キリエ」

 ミルエラの優しい笑顔にキリエは涙が溢れそうになる。

「部屋に行こうか」

 キリエの肩を抱き、サンクを見上げる。

「マシな顔になったね」

 ミルエラは先ほどラクリモサを渡された時の悲痛な表情のサンクを思い出し、柔らかな笑みを浮かべてキリエを見つめている表情を見て、ミルエラはサンクへ笑みを向ける。サンクはミルエラを一瞥しただけだった。サンクの瞳には今、キリエ以外、映っていない。ミルエラがいるというのにキリエにべったりだ。キリエはさすがに恥ずかしくてサンクにミルエラがいるから、と伝えるのだがどうして? という視線を向けられる。

「あんたがキリエのことを大切に思っているのは分かったし、あたしはキリエを奪おうなんて思わないから、少し落ち着きなさい」

 ミルエラはサンクにそういうが、サンクはずっとキリエを見つめているだけだった。ミルエラはため息をつき、話は後からしようと告げて部屋を出た。ミルエラは大きくため息をつき、仕事へと取りかかった。

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 キリエは部屋にサンクと二人きりになり、どきどきと胸が高鳴った。
 あれほど逢いたいと願っていた相手が目の前にいる。先ほど、どさくさに紛れて告白してしまったことを思い出し、今さらながらに顔は熱を持つ。

「キリエ、逢いたかった」

 サンクにそう言われ、キリエはサンクを見上げる。サンクの声は出なかったのが、キリエに逢った途端、出るようになった。心因性の抑圧で声が出なくなっていただけのようだ。これまで心の奥にため込んでいた想いをサンクは口にする。

「キリエにあのとき斬られて、避けなければよかったと何度も思った」

 サンクはキリエを抱き寄せたまま、耳元にささやくように口にする。キリエはサンクの言葉が苦しくて、サンクの腕を握りしめる。

「死んでしまえばキリエとずっと一緒にいられたのに──何度もそう思った」
「いや……だ。サンク、ごめんなさい。逢ったら謝らないとと……ずっと思っていたの。サンク、痛かったよね? 謝っても許されないと思うけど、ごめんなさい」

 キリエはサンクの瞳を見つめて、ごめんなさい、と何度もつぶやく。自分が斬りつけたサンクの右腕をそっとなでる。サンクは目を細めてキリエの行為を受け入れる。

「キリエに与えられたものは、痛みさえ甘いよ」

 その言葉にキリエの頬に朱がさす。キリエは照れを隠すために背負っていたラクリモサをあわててサンクに返す。

「大切な物をわたしに託すなんて……」
「キリエ以上に大切なのはないよ」

 どうしてこの人は口を開くとそんな甘いセリフばかり出るのか、と少しあきれ顔でキリエはサンクを見上げる。クロムグリーンの瞳には甘い光が宿っている。

「キリエ……逢いたかった」

 サンクはキリエを抱き寄せ、ピンクホワイトの髪をなでる。細い絹糸のような繊細なさわり心地に、サンクの瞳はうれしそうに細められる。髪を一房とり、その先に軽く口づける。その手はキリエの頬に当てられ、少しあごを上に向ける。視線と視線が絡み合う。自然と重ねられる唇にキリエはなぜかとても苦しくてサンクの腕にしがみつく。

「オレはキリエの両親を殺してしまった……。血の海に沈んだ二人を見て、美しいと思った。だけど自分の血を見て、汚い、けがらわしい……。こんな汚れたオレはキリエにふさわしくないと思ったんだ」

 キリエは驚いてサンクを見る。けがらわしい? 魔王の血を引くという自分はでは、どうなってしまうのだろう。

「サンクが汚れているのなら、わたしは」
「キリエはきれいだよ。穢れたオレが触れても汚れないほどきれいだ」

 キリエは激しく首を振る。こんなにもどろどろの感情を持っているのに、きれいなわけがない。自分の両親を殺した仇にこんなに恋焦がれているなんて、常識的に考えておかしすぎる。

「ねえサンク。わたしを殺して」

 キリエは甘い声で実現しない願いを口にする。今度はサンクが首を横に振る番だった。

「殺せない。世界中を敵に回しても、キリエだけは殺せない」
「どうして? わたしは魔王の娘よ? あの二人と同じように──殺してよ」
「キリエは、二人のところに逝きたいの?」

 サンクの問いにキリエは首を横に振る。

「死にたいと言われても、キリエを殺すことなんてできないよ」

 こんなにも恋をしてしまったのに、今さら殺すことなんてできない。
 サンクのつぶやきにキリエは目を見開く。

「キリエ、好きなんだ。きっと、初めて見たその時から。恋がこんなに甘くてにがくて苦しいものなんて……知らなかった」

 心の奥から吐き出すような告白に、キリエの時が止まる。
 サンクが……わたしのこと、好き?
 その言葉を理解するまでキリエはかなりの時間を要した。

「う……そ」

 信じられなくて、キリエは顔を上げることができなかった。
 そんなはずがない。キリエの一方的な想いで……お互いの気持ちが通じ合うなんて、有り得ない。

「嘘じゃない。好きすぎて……大切すぎて、どうすればいいのか分からなくて。触れることもできなかった」

 サンクは再度、キリエを抱きしめる。キリエはサンクの胸に顔をうずめる。サンクの香りに心が落ち着くのが分かった。

「わたしは……サンクのこと、想ってもいいの?」

 ずっと確認したかったことをキリエは目の前にいるサンクに問いかける。

「オレなんかでいいのなら」

 その答えにキリエは顔を上げる。

「サンクだから……! サンクじゃないと」
「キリエ、それはオレも同じ答えだよ。キリエだから好きなんだ。大切すぎて、どうすればいいのか……自分で自分が分からない」

 サンクはこみ上げてくる感情をどうしてよいのか分からず、キリエを抱きしめる腕にさらに力を込めた。

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