【お屋敷へ】

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智鶴視点


 ようやくわたしの涙が止まってくれた。そのタイミングで、深町が帰ってきた。
「智鶴、ごめんね待たせ……って。なんで秋孝がいるんだ!?」
 あきたかさんの腕の中にすっぽりおさまってようやく泣きやんだわたしを見た深町は、顔色を変えてあきたかさんに食ってかかっている。
「いくらおまえでも、智鶴を泣かすのだけは許さない!」
 深町はあきたかさんの元まで走ってきて、あきたかさんからわたしを奪い取るようにして、気がついたら今度は深町の腕の中にすっぽりおさまっていた。
「俺が泣かしたわけじゃない」
 少しばつが悪そうな表情であきたかさんはわたしを見ている。
「理由はどうであれ、智鶴を泣かした!」
 あきたかさんは最初びっくりしたように深町を見ていたけど、次の瞬間、面白そうに目を細めた。
「冷静沈着なおまえがそこまであわてるなんてな。そんなに大切か」
 その声音にからかいの色が見えて、深町はムッとしている。
「ああ。大切だ。できれば僕のもとにずっと置いておきたいほどだ」
 パパと一緒のことを言っている。わたしはうれしくなって、深町にギュッと抱きつく。
「腹違いとは言え、妹だろう。おまえには無理だ」
 事実を告げられて、深町はギュッとわたしを強く抱きしめる。
「俺なら、智鶴もおまえも守ることができる」
 あきたかさんの言葉に、深町は唇をかんでいる。
「俺に言っていれば、あのふたりを死なせることはしなかったんだがな」
 あきたかさんは木の箱を見つめてそうつぶやく。その言葉に……深町は後悔しているのか。わたしをさらにギュッと抱きしめて、さらにきつく唇をかむ。
「深町……」
 わたしは深町を見上げた。
「ごめん……。智鶴……僕がふがいないばかりに」
 わたしはせっかく泣きやんだのに、また涙が出そうになった。急にぐいっと深町と身体を離された。
「ちょっと! なにするのよ!?」
 気がついたらまた、あきたかさんに抱きすくめられていた。
「行くぞ」
 それだけ言うと、わたしを抱きかかえて歩き出した。
「ちょっと! 行くってどこによ!」
「どこって? きまってるだろ、俺たちの家だよ」
 俺たちって!?
「お屋敷に連れていくのか?」
 深町が驚いた顔をしてあきたかさんを見ている。
「ここよりもあそこの方が安全だ。俺の目も届く。荷物は全部、向こうに運ぶようにしてある」
 わたしはあきたかさんの腕の中で暴れた。
「パパとママの骨!」
 暴れるわたしを見て、あきたかさんはわたしを抱えている反対の手で木箱を大切そうに抱えて、
「俺が持っていくよ」
 それでもわたしは暴れた。
「暴れるな。暴れたら木箱が落ちる」
 わたしはその言葉に、おとなしくなるしかなかった。
「どこに連れていく気?」
「将来の俺の嫁さんをこんな狭い所に住まわせておけるかよ。屋敷に行くんだよ」
 狭いっていうけど……ここは充分に広いと思いますけど?深町はあきたかさんにあきらめたようで、おとなしくついてくる。
「玄関の前に止まってる車で戻る」
 あきたかさんはポケットから鍵を出して、深町に渡す。
「仕事は」
「サボってるおまえに言われたくない」
 わたしは驚いて深町とあきたかさんを交互に見る。
「気にするな。仕事なんてどうにでもなる。今の俺には智鶴の方が重要だ」
 玄関につくと、深町は玄関を開けてあきたかさんを先に通した。
 玄関の前には渋いグリーンの車が止まっていた。深町は後部座席を開けて、あきたかさんとわたしを座らせた。
「あの……。離して」
 車に乗っても、あきたかさんはわたしのことを離さない。深町はかなり機嫌悪くその様を見ている。
 深町は運転席に座り、シートベルトをしてエンジンをかけ、車を出す。
「なんで?」
 きょとんとなんで離さないといけないの、という表情をしている。
「ああ、智鶴。見れば見るほどかわいいなぁ」
 すりすりと頬を寄せてくる。
「ちょっと!」
 バックミラー越しに見える深町の表情はものすごく機嫌が悪い。
「深町、そんな顔で俺を見るなよ。かわいいなぁ」
「秋孝」
 深町の一言はものすごく怒りに満ちていた。
「うん? なに。文句ある?」
 ぎろり、とあきたかさんは深町を睨んでいる。
「ああもう、食べちゃいたい」
 わたしは身の危険を感じて、あきたかさんの腕の中で暴れた。
 けど。わたしの力ではどうしようもできなくて。
「やめてよ! わたしが嫌がってるのに、あなたは嫌がることをするの?」
「あなただなんて、他人行儀だなぁ、マイハニー智鶴」
 あきたかさんの言葉に、ぞっと寒気を感じた。
「秋孝なりアキなり好きに呼んでよ。俺のかわいいちぃ」
 ちぃ、って呼び方は、パパだけ……!
「その呼び方で呼ばないで! 呼んでいいのはパパだけなんだから!」
 あきたかさん……もうめんどくさいからアキって呼ぶことにした……は苦痛そうに眉根を寄せ、
「いい加減、死んだ人間から解放されろ。あいつも死んでも死にきれないぞ」
 アキに事実を突き付けられ、わたしは切れた。
「パパのこと、悪く言わないで!」
 どん、とアキの胸を叩く。するとあんなにがっちりと抱きしめていた腕を、悲しそうに解いた。
「ちぃ、あいつを早く……解放してあげろよ。そうじゃないと、あいつがかわいそうだ」
 わたしはその言葉に、はっとする。
 パパが……かわいそう?
「悔しいけど、あいつは俺以上にちぃのことを想っていて。だから……心配で心配でたまらないって」
 なんでアキが……パパのことを語っているのよ?
「ふん、ざまないな。俺の申し出を断るから、結果、こうなるんだ」
「なにか……知ってる……の」
 わたしの声はものすごくかすれていた。
「詳しくは知らないよ、俺は。あいつが追われているのを知ったから……俺は助けの手を出した。それを払いのけたのは、あいつだ」
 ぐっと苦しそうに、眉根を寄せる。その表情には嘘いつわりがなくて。
「真実を知っているとしたら、深町、おまえだろう」
 深町をバックミラー越しに見た。
 運転していた深町は、少し動揺したように瞳を揺らした。
「もう二度とこんなことがないように、俺がおまえたちを守るから。そのために……俺は今日まで働いてきたんだからな」
 にやり、と不敵に笑うその瞳が頼もしくて。
 きっとその時、わたしの中に何かが芽生えたんだと思う。
「だからちぃ。俺と結婚しろ」
「お断りします!」
 もちろん、即答する。
「そうか」
 少し傷ついたような瞳をアキがしていたけど、気がつかなかったことにした。
「まあ、そう言っていられるのも今のうちだな。この俺さまの魅力を知り、メロメロになるがいい!」
 メロメロって……そんな言葉、使う人初めて見たよ。
 深町をちらっと見ると、あきれた表情をしている。
 そんな感じでアキはずっとひとりでしゃべっていた。
 そしてなぜかわたしを抱きしめたまま。さっき離してくれたのに、気がついたらまた抱きつかれていた。
 最初ほど嫌じゃなくなっていたから、あきらめの境地で好きなようにさせていた。それ以上なにかしてくるのならわたしにだって考えがある。それに、アキはわたしが本当に嫌がることはしない、という確信もあった。

 どれくらい車で走っただろう。急に緑深い道に入った。
「もう少しでつくから」
 耳元でそう囁かれ、ぞくっとする。耳に心地よい声。
「ちぃは耳が弱いのか。今の表情、かわいい」
 語尾に音符マークかハートマークがつきそうで怖い。
「耳元で愛を囁けば『うん』て言ってくれるかな」
「言いません」
 きっぱりと断言する。
「またまた。強がりはよくないよ?」
「強がってません」
 アキは急にわたしの耳に息を吹きかけた。
「きゃっ」
 ぞくぞく、となにかが全身を駆け抜けた。
「やっぱり耳が弱いのか」
 にやにやした顔でアキはわたしを見ている。羞恥で真っ赤になりながら、反論する。
「き、気持ち悪い!」
 わたしの反応が面白いようで、アキはことあるごとにわたしの耳元でしゃべる。
「ちぃ、好きだよ」
 パパと同じように耳元でパパと同じ言葉を言っているのに、アキに言われるとなんだか胸がキュンとする。
 な、なんでわたし、こんな変態にときめいてるのよ!?
「あ、ときめいちゃった?」
 声がいいだけに、耳元でそんなことを囁かれたら、それだけで普通ならおかしくなってしまいそう。しかも、顔も超絶美形、ってなればもう文句のつけようがなくて。
 でも……アキの口から紡がれる言葉は……どこをどう取っても変態的な言葉ばかりで、げんなりする。
 これでもう少しまともなことをしゃべってくれたら……もしかしたら。
 とそこではたと思考を止める。
 そうしたらわたし、アキのことを好きになるの?
 いやいやいや、とかぶりを振る。
 ありえない! パパとは正反対のこの性格。絶対好きになんて、ならない!
 昨日会ったばかりなのに、どこか急速に惹かれている自分をものすごく否定したくて。
「あれ、急に静かになったけど。眠くなった? 俺の胸の中で眠りな」
「違う!」
「あ、起きてた? なんなら子守唄でも歌ってあげようか?」
 ちょっと聞いてみたい気もしたけど、わたしは断った。
「いえ、結構です。別に眠くなんかありません」
「ああ、疲れた?」
 それは……かなりある。
「アキに疲れました」
「え? 俺? アキって呼んでくれるんだ。もう、ちぃったらかわいすぎー」
 アキの脳内変換のすごさに、わたしはさらに疲れる。
 なんでそこを喜ぶ? その後ろのわたしの言葉に気がつけ!
 緑のトンネルを抜けると、急に視界が開けた。
「お、ついたぞ」
 目の前には、今まで見たことのないくらい大きな建物が建っていて。『お屋敷』って言っていたのを……実感した。
 深町は正面まで車を走らせ、ゆっくりと止めた。するとすぐに中からだれかが走り出してきた。
「秋孝さま! お早いお戻りで」
 少し禿げかけた白髪頭の男の人だった。
「ああ。じい、すぐに出るけどな」
 じい?
 じいと呼ばれた人は後部座席のドアを開けた。アキはわたしを連れて、車から降りる。そしてすぐに車の中に上半身を入れて、木箱を取り出す。
「昨日話した俺の嫁」
「嫁じゃありません! わたしは絶対、あなたとは結婚なんてしません!」
「やだなぁ、ちぃ。俺のこと、好きなくせに」
 自信満々の言葉に、反論する気力を無くしそうだったけど、気力を振り絞った。
「好きじゃないです」
 わたしの言葉にひどく傷ついた色を浮かべていたけど。だって……アキのこの強引なところとか。全然わたしのタイプじゃないんだもん。パパや深町みたいな人がいいんだもん。
 深町は運転席から降りて、じいと呼ばれた人に車のキーを渡していた。
「これは深町さままで。平日に珍しいですね」
「あ、うん。秋孝のわがままに付き合ってる」
「わがままとは失礼な! ちぃを俺の手元に置いておきたいだけだよ」
 深町はなにか言いたそうだったけど、ぐっと言葉を飲み込んだようだ。
「智鶴さまのお部屋は秋孝さまのおっしゃる場所に準備いたしております。荷物も到着しているかと思います」
「そうか。ありがとう」
 アキはじいにそれだけ言うとすたすたと屋敷に向かってわたしを抱えたまま歩きだした。
「おろして! 自分で歩けるから!」
「やだ」
 暴れようと思ったけど、視界の端に木箱が入ったからわたしはおとなしくあきらめた。暴れないわたしを確認して、アキは屋敷の中に入る。
 屋敷の外観は純和風っぽい立派な建物で、中に入るとヒノキとたたみのいいにおいが鼻孔をくすぐった。
 玄関で靴を脱ぎ、わたしの靴は深町が脱がしてくれて、手入れの行き届いた美しい木の廊下を迷うことなく進んでいく。
 中の作りはもっと日本家屋かと思っていたら、思っているよりは洋風だった。不思議な作りの家。ひときわ豪華な扉を横目に見つつ、その隣の扉の前に立った。
 深町がドアを開いてくれた。アキは部屋の中に入った。
 わたしは目を見張った。
 一面に美しいたたみが敷かれていて、ものすごく広い部屋。
「寝具はベッドと床に布団、どっちがいい?」
 アキの声が耳元でした。
 わたしはたたみの上に立たされていた。
「お布団がいい」
ベッドで寝たことがないから、布団の方がいいなと思ってそう告げたら、
「ちぃも布団派かあ。奇遇だなぁ」
 とのんきな声が上からした。
「この木箱、どこに置こうか?」
「え……ここって」
「ん? ちぃの部屋だよ? 隣が俺の部屋」
 そう言ってアキは壁を指差す。
 そこは、なぜか扉がついていて。
「いつでもあそこから出入りできるから。さみしかったら遠慮なくおいで」
「さみしくなんかありません! それより、そこの扉、鍵はかかるの?」
「かかるわけないじゃないか」
 わたしはその言葉に、ものすごい身の危険を感じた。
「あの……。別の部屋にしてくれませんか?」
「なんで?」
「だって……」
「なに? 俺、さすがに嫌がる女に手を出すほど女に不自由してないし。ちぃが望むのなら俺、いつだって今すぐにだって抱けるけど?」
 その言葉にカーッと頬が赤くなるのがわかった。
「ち、違います!」
「秋孝……。お願いだからそろそろ僕のかわいい妹で遊ぶのをやめてくれないかい」
 深町も見るに見かねて助け船を出してくれた。
「遊んでない。俺はいつだって本気だ!」
 そうは見えないんですけど。
「ああ。それともあれか。俺が女遊びするのが耐えられない? それなら今すぐ全部縁切ってちぃ一筋になるよ」
 いや、それも違うし。
「俺、ちぃに好かれるためならなんだってするよ」
 その真摯な瞳にわたしはどきりとする。
「俺……こんなにちぃのこと、好きなのに」
「秋孝、認めているとはいえ、兄がいる前で口説かないでください」
 い、今のは……口説かれていたの?わたしはさらに赤くなる。
「ほら。智鶴が困ってるじゃないか」
 深町はわたしを抱き寄せて頭をなでる。
「あー! 深町、最近おまえもあいつに似てきたな!」
 いらっとした声にわたしはアキをにらむ。
「またパパの悪口、言ったでしょ」
「ああ、言った! 俺が昔、深町と遊んでいたらこうやってあいつはこいつを連れて帰っていたんだ!」
 なんとなくその場面が想像できて、わたしは少し笑う。
「なにがおかしいんだ! 俺はな、俺からすべてを奪っていくあいつが嫌いだったんだ!」
「パパのこと、嫌わないでよ!」
「ほら、そうやってちぃのことを奪っていくじゃないか! 俺は嫌いだ!」
 傷ついた瞳にわたしは言葉を失った。
 でも……パパのことを悪く言うなんて、わたしには耐えられなかった。
「深町……アキがひどいよ。大切なパパのこと、悪く言うなんて」
 わたしは深町の胸に顔をうずめた。深町は優しくそんなわたしの髪をすいてくれる。
「秋孝も智鶴のことが大好きでたまらないんだよ。な、許してあげろよ」
 深町はそういうけど。
 アキの傷ついた瞳を思いだして、わたしはちらりとアキを見た。相変わらず傷ついた瞳でわたしを見ている。
「パパのこと、悪く言わない?」
「それは無理だな。ちぃが俺のことを好きになったら考えなおすけど」
 それは……無理な話だ。
「わたし、絶対の絶対にアキのことなんて好きにならない! だって、わたしの大切なパパのことを悪く言うんだもん!」
「重度のファザコンだな……」
 アキは困ったように頭をかいていた。

『智鶴はほんと、ファザコンね』
 ママの言葉が頭をよぎる。
『いいの! わたし、パパと結婚するもん!』
 いつだったか、ずいぶん昔のこと。ママにそう言われて、わたしはパパと結婚するんだっていった日。ママは困ったようにわたしを見つめて、
『そうね。パパは素敵よね。でもね、パパは智鶴のパパだから……結婚することはできないのよ』
『どうして? パパに言ったら大きくなったらお嫁さんにしてくれるって言ったよ!』
 わたしの言葉にさらに困ったようにママは微笑んで、
『あなたがパパのことが大好きなのはよくわかっているわ。でもね、あなたはいつか……パパより素敵な人を見つけて、その人と結婚しないといけないの』
 パパより素敵な人なんて、いるわけないじゃない……!
 わたしはパパとアキを比べていた。
 顔は……やっぱりパパの方がいいな。
 声は……アキの声、好きかも。
 パパとは違った大きな手。
 広い背中。
 がっしりとした胸板に男らしい匂い。
 でも……やっぱりパパがいい。
「パパより好きになるなんて、ありえないよ」
 わたしのつぶやきにアキはさらに傷ついた瞳をしていた。
「さて」
 アキは気を取り直すかのようにそう言い、
「さすがに俺たち、仕事に戻らないとまずくてな。ああ、そうだ」
 アキはそう言って胸元からなにかを取り出した。
「これ、もっておけ」
 渡されたのは赤い携帯電話。
「これ、俺と深町直通電話。なにかあったらこれで俺たちにかけろ。いいか、遠慮するなよ。夜中に目が覚めてさみしいとか、なんか困ったことがあったらいつでもいいからかけてこい」
 そう言ってわたしの手にぐいっと携帯電話を押しつける。
「あとは……今日はじいに身の回りのことはやってもらおう。わからないことがあったらさっき玄関前であったあのじいに言え。今日は仕事を早く切り上げて夕食までには帰ってくるから」
 そう言ってアキはわたしの頭をふんわりなでて、深町を連れて部屋を出て行った。
 なんで……去り際のあの頭のなで方、反則だよ。あんなにパパそっくりななで方……していかないでよ。
 急に心細くてさみしくなった。
 パパ……ママ……。どうして死んじゃったの? わたしは泣きそうになった。






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