【高屋と辰己】

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智鶴視点


 すぐにふたりは帰ってきて、三人で食事をした。どれを食べてもおいしくて、でも、アキの寒い言葉に疲れを覚えつつ、わたしたちは食事を終えた。
 アキに抱きかかえられるように部屋まで戻り、無理やり入ってこようとしたアキを追い出し、わたしは部屋についたお風呂にのんびり浸かっていた。
 かちゃ、とお風呂場のドアが開く音がした。
「え……」
「ちぃ、一緒にはいろ」
 後ろに確実に音符マークがついている声音でアキが入ってきた。
「ちょ! 変態! 出ていけ!」
 わたしは手に持っていた桶をアキめがけて投げつけた。
「おーっと、乱暴だなぁ。照れなくていいじゃないか」
「パパとでもさすがにお風呂一緒に入ってなかったのに! 出ていけ!」
 石鹸を投げつけた。アキは簡単によける。
「そんなに嫌がらなくてもいいじゃないか。スキンシップをはかろうとしてだな」
 今度はシャンプーを投げつけた。
「なんだよ……。そんなに嫌がらなくても」
 アキはようやくあきらめて、出て行ってくれた。
 ほんっと、油断も隙もあったもんじゃない!
 今度からお風呂に入るときは入口に鍵をかけないと危険だな、と思った。
 お風呂から上がり、髪を乾かして寝る準備をしていたら、急に後ろから抱きすくめられた。
「ちぃ」
「アキ! ちょっといい加減にしてよ!」
「なんで? 俺のこと、そんなに嫌い?」
 傷ついた響きをわたしは無視して、
「嫌い。強引すぎて、嫌い」
 それでも、アキはわたしから離れようとしない。
「好きすぎて……どうすればいいのかわからないんだ」
 びっくりしてアキに身体を向けて、見上げた。アキもお風呂上がりのようで、石鹸のいいにおいがする。
「ちぃのことを考えたら……苦しいんだ。側にいないことがこんなに苦しいなんて……。俺、どうかしてる」
 耳元で囁くような小さな声。どうすればいいのかわからなくて、アキの顔を見る。
「深町に笑われたよ」
「え?」
「二十六年生きてきて、こんな気持ちになるの……初めてだ」
「アキって……二十六歳?」
 びっくりしてアキの顔を見つめた。
「だってわたし、十六になったばかりだよ?」
「だからなに? 年齢なんて関係ないだろ」
 え……いや。かなり関係あると思う。
「ちぃ。好きだ。だから結婚しろ」
 いや、なんでそこは命令口調になる?
「だって、十歳も違うし、それにアキはTAKAYAグループの総帥になるんでしょ? だったらもっとふさわしい人が」
「ちぃしかいないんだ! 親父もちぃならって許してくれた」
 え……。ちょっと待って。
「お父さんって……」
「ろくでもないじじぃだけどな」
 TAKAYAグループ現総帥をそんなこと言えるなんて、さ、さすが息子!? って関心してる場合じゃなくって!
「え、あ、だって!」
「なに、ちぃは俺が次期総帥候補ってのが嫌なら、俺は総帥にならなくていいよ」
「ち、違う! そうじゃなくて」
 あまりにも昨日と次元が違いすぎて、わたしは混乱する。
「摂理だっておまえ、いいとこのボンボンなんだぜ? 深町は俺の秘書なんて好き好んでやってるけど、あいつも家業があるんだからな」
「家業?」
「タツミホールディングスくらい、名前聞いたことあるだろう」
「タツミ……あっ!」
 言われて驚いた。
「勉強はぼちぼちしてる、ってことか。ふむ」
 タツミホールディングスって、TAKAYAグループと並ぶぐらいすごい会社じゃないの。
 高屋と辰己って聞いて、どうしてわたしはそこにたどりつかなかったんだろう。
「まあ、そんな企業の名前を聞いても態度を変えないちぃに俺はますます惚れてしまったわけなんだが、どう責任取ってくれる?」
 せ、責任って……。
「わ、わたし……。だって、なんにもないよ」
「あるよ。ちぃがいるってだけで充分なんだよ」
 だからなの、パパ?
『ちぃ、将来のためにいっぱい勉強してオレに教えてくれ』
 と言っていたのは。
 あまりのことに、わたしはくらくらした。
「高校休学させちまったからなぁ……。明日から家庭教師を頼むか」
「う……な、なに?」
「勉強、したいだろう? とっておきの家庭教師を呼ぶから」
 にっこり微笑むアキの顔がすごく素敵で。どきん、とわたしの心臓が高鳴る。やだ、わたしの心臓。勝手にドキドキしないでよ。
「なにか他にやりたいことあるか?」
「あの……このままただでお世話になるのは嫌だから。わたしも働かせて」
「働く……? うん、さすが俺の嫁。なかなかいい心がけだ。が……仕事ねぇ」
 俺の嫁、はともかく、ほめられているってことでいいのかな?
「あー、うん。ひとつ思いついたけど……ちょっと親父と相談させてくれ」
 だけどなー、かわいいちぃを世間の目にさらすのもなぁ、とかわけのわからないことをぶつぶつ呟いている。なんとなく嫌な予感がしたけど。
「あ、あと。アキ、部屋に勝手に入ってこないでよ!」
「なんで? 俺の嫁だろ。まったくじい、別々の部屋にしなくていいって言ったのに」
 い、いや。じい、感謝だわ!こんなけだものと同じ部屋にされたら、わたしの貞操はないも同然だったわ。今も正直、危険な状態ではあるんだけど。
「はぁ、ちぃはかわいいなぁ。食べちゃいたい」
 身の危険を感じた。
「あ、いや。わたし食べてもおいしくないですから!」
 わたしにお構いなく、アキはわたしに抱きついて髪の毛に顔をうずめてくる。
「はあ、いい香り……。きれいな髪だし。俺の理性が飛んじゃいそう」
「い、いやっ! やめて」
 うるんだ瞳でアキに見つめられ、わたしはドキドキする。あ、いや。なんでここでわたしがアキにドキドキしないといけないのよ!?
「あ、アキ? あ、あのね」
「なに?」
「わ、わたし今、生理中だし」
「俺は全然構わないよ?」
 ち、違う! そんなことが言いたかったわけじゃない。しかも、いいとか言うし!
「それともなに? 生理じゃなかったらよかったの?」
「いえ。丁重にお断りいたします」
「なんだよ、気を持たせるような言い方して。もう、ちぃの照れ屋さん」
 こいつ、とおでこをぴん、とつついてきた。だから……なんだこのベタな行動は。わたしは頭が痛くなった。
「……疲れた。わたし寝るから」
 そう言って立ち上がろうとしたら、アキはわたしを抱きかかえてさっきわたしが敷いた布団にわたしを横たえ、のしかかってきた。
「ちぃ、好きだよ」
 そう耳元に囁き、あろうことかキスしてこようとしていた。
「ちょっと! この変態!」
 わたしは必死になってアキの顔に手のひらをべし、と突き付けた。
「痛いなぁ。でも、この痛みもちぃからもらった愛の痛み。俺、うれしいよ」
 なんだ……この変態な言動は。
「ひとりで寝かせてよ!」
 わたしは暴れられる限りばたばたと布団の上で暴れた。
「なんだ。添い寝しようと思ったのに」
 アキはがっかりといった声音でわたしから身体を離し、
「わかった。おやすみ」
 わたしの髪をくしゃっとして、しょんぼりとして隣の部屋に続くドアを開けて戻って行った。ほっとして、部屋の電気を消した。
 もぞもぞと布団にもぐり、目を閉じた。
 今日は……疲れた。とにかくいろんな意味で、疲れた。
 アキが次期総帥ってのがいまだに信じられなかった。あんなに変態なのに……。TAKAYAグループ、大丈夫かな。
 わたしはそんなことを考えながら、気がついたら眠りについていた。







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