『Battle, バトル』

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深町視点


 毎日通る緑のトンネルに入った。街路樹が緑のトンネルのようになっていて、ここを通り抜けるのが好きだ。
「もう少ししたらお屋敷につきますので」
 そして視界がぱっと開けて、純和風の見慣れた建物が目に入ってきた。玄関まで車を走らせて、ブレーキを踏む。運転席から降りて、奥さんがいる側の後部座席を開けると、中からあわてて降りてきた。そんなに焦らなくてもいいのに。蓮さんは自分でドアを開けて降りてきた。
「相変わらずすごいな、ここの建物は」
 蓮さんは目を細めて建物を見上げている。学生時代に何度か一緒に秋孝の部屋で過ごしたことを思い出した。
「そうですね。僕は見慣れているからそうは思いませんけど」
 車のエンジン音を聞きつけたらしく、秋孝は玄関の扉を大きく開き、
「れーんー! 会いたかったよ!」
 と叫びながらすごい勢いで蓮さんに駆け寄っている。
「げ!」
 蓮さんは秋孝のこの行動を思い出したらしく、回れ右をして走り逃げようとしていたけど、秋孝の方がタッチの差で早く、抱きつかれていた。
「蓮、久しぶりだなー。やっぱりその姫な顔は相変わらずかわいいなぁ」
「秋孝! やめろ! 久しぶりで忘れてた!」
 これは忘れていた蓮さんが悪いな、と思って助けないことにした。
 さっきまで僕の横に立っていた奥さんは蓮さんと秋孝に近寄り、秋孝をむしり取り、蓮さんを背後に隠している。
「私の蓮になにすんのよ!?」
「おや、このかわいい人は?」
 秋孝はうらみがましい表情で奥さんを見ている。
「なにって、挨拶?」
「だめ! 蓮は私のものなんだから!」
 僕が止める前に、奥さんは口を開いていた。案の定、秋孝は目を細めてたまに見せる獰猛な表情をしていた。
「ほう。俺に挑むとはいい根性だ」
「蓮に触らないで!」
 ふたりの間に火花が散った。
「おまえはなんだ?」
「蓮のだんな」
「だんな?」
 秋孝はきょとんとしている。
「蓮は私の嫁なの! だから、駄目なの!」
 あの秋孝が、その一言で黙ってしまった。これは……珍しいものが見れた。それにしても、秋孝と蓮さんの奥さん、気のせいかベクトルが一緒のような気がする。
 ふと玄関を見ると、恐る恐るといった表情で智鶴がこちらを見ていた。
「あの、智鶴が待ってるみたいなんだけど」
 話の流れが変わるかな、と思って言ったのはいいけど、失敗だったかもしれない。
「な、なな子さまだ!」
 奥さんはそう叫び、智鶴の元へ走り寄った。なにか話をして、ぎゅっと智鶴を抱きしめて、あまつさえキス……。キス? 秋孝と蓮さんは焦って駆け寄る。これは……秋孝だ。見てはいけないものを見た気分になった。ぎゃいのぎゃいのとなにか言い合っている。少しくらくらしながら玄関に向かった。
 蓮さんが僕を見て、
「深町……オレ、間違ってたかな」
 蓮さんが泣き言を言うのは珍しいと思いつつ、
「さぁ……。でも、秋孝と奈津美さんの方向性が一緒なのは……ご愁傷様としか」
「慰めになってない……」
「諦めが肝心ですね」
 僕はそうとしか言えなかった。消沈している秋孝をなだめて、屋敷の中に入った。
 ようやく落ち着きを取り戻した秋孝は、
「今日、蓮を呼んだのはだな」
 奥さんをにらみながら話を切り出す。これは、明らかに秋孝の負けだな。
「おまえの部署、ブライダル課だよな」
「うん。奈津美が課長」
「こいつがか?」
 秋孝はわかっていてわざとそうやって言っている。
「人に指を向けるのはよくないって教わらなかった?」
 僕はその言葉に笑った。
「課長を務めさせていただいております」
 そう言って名刺を渡された。ホテル事業部ブライダル課 小林奈津美、と名刺に書かれていた。
「仕事では小林姓でやってます」
 蓮さんの名刺も渡され、奈津美さんと同じ部署名だった。僕と秋孝もふたりに名刺を渡した。奈津美さんは秋孝の名刺をじっと見て、
「専務ねぇ」
 冷たい視線で秋孝をにらんでいる。
「おまえを首にするなんて簡単なんだからな」
「へー。職権乱用もいいところね。首にしたければすれば?」
 秋孝はぐっと口を閉じた。どうあっても秋孝の負け。秋孝がここまでなにも言えないというのも僕が知る限りでは初めてで、さすが蓮さんの奥さんだ、と思う。
「こう見えても俺、忙しいからさくっと本題に入るな」
 秋孝は奈津美さんと張り合うのはあきらめたらしい。秋孝はお茶を飲み干し、
「ちぃにモデルの仕事をさせたいんだ」
「モデル?」
 蓮さんと奈津美さんはきょとん、としている。秋孝、やっぱりなにも話さないで呼びつけたのか。
「まあ、ビジネスホテルで挙式するなんてめでたいやつがそうそういるわけないのはわかっているんだが」
「悪かったわね」
 かなりムッとした声音だった。
「そのめでたい場所で式をしましたよ、私」
「そうか」
 少し悪かったな、という表情で秋孝は奈津美さんを見て、
「でまあ、世間の目はそうなのはおまえたちが一番よくわかっていると思う」
「そうですね。おっしゃる通りです」
「そこで、そのイメージを払しょくさせたくてだな。ちぃをモデルにして広告を打ってほしいんだが」
 奈津美さんは秋孝を見て、次に智鶴を見た。
「えっと……。ちぃちゃんはどうなの?」
「わたしですか? あの……わたし、このままここでなにもしないでお世話になるのが嫌で……。アキにお仕事をなにかってお願いしたんです」
 秋孝の予想通り、智鶴は断らなかった。智鶴の言葉に奈津美さんはふぅ、と息を吐き、
「秋孝さんは気に食わないけど、その申し出、大変ありがたいわ」
「おまっ……!」
 奈津美さんは秋孝のを手で制して、
「ちょうど売り出し方を悩んでたところだし。その提案、受けた!」
 にやり、と不敵に笑う奈津美さんは……やっぱり秋孝とかぶるところがあった。
「で、さっそくだけど」
 すぐに話を切り替えて次に持って行くところなんかもさすがだ。蓮さんが結婚しようとしたわけが、よくわかった。
 長時間打ち合わせをして、さらに夕食も一緒に食べた。奈津美さんは秋孝の目を盗んで、智鶴に何度かキスをしていた。この奔放さに、びっくりしてしまった。なんだろう、この人。秋孝とベクトルは一緒だけど、やっぱりなにか違う。ちょっとゆがんだ人だな、と思った。
 そして僕は今、蓮さんと奈津美さんを車に乗せて、家に送る途中。後部座席のふたりをバックミラー越しに見ると、奈津美さんはにこにこしていて、蓮さんは眉間にしわを寄せてムッとした表情で座っている。あれは、確かにこういう顔になっても仕方がないかもしれない。
「蓮さん、眉間にしわが寄ってますよ」
 蓮さんの眉間のしわはますます深くなる。
「おまえの妹が原因だからな」
 ああ、そちらなのか。後ろで蓮さんがお酒臭いと言っているのを聞いて、やっぱりまだ駄目なのか、と僕は気づく。食事の時に出されたお酒を飲んでいたからもう大丈夫だと思っていたのに。やはり根は深いのか。
「冷蔵庫の中にお水が入ってますよ」
 奈津美さんは瞳をキラキラさせて、
「車に冷蔵庫!?」
 うれしそうに探索を始めていた。蓮さんと奈津美さんの会話を聞くとなく聞いていた。蓮さんは奈津美さんの持っていたペットボトルを奪ってお水を飲んでいた。
「おふたり、仲がいいんですね」
 仲のいいふたりを見ていたら、うらやましかった。
「うらやましかったらおまえも彼女作ればいいだろう」
「そうですね……」
 僕は彼方を想った。ふたりのようにいつか、こうやってじゃれあって笑いあえればいいんだけど。
「深町さん、いい男過ぎて女の人が困っちゃうんだよねー」
 過去に言われた言葉を思い出した。向こうから付き合ってほしいといわれ、付き合っても……。
『あなたはいい男過ぎて困る』
 という理由で振られたことが何度かある。意味がわからなかった。
「ちぃちゃんを見る目が、お兄ちゃんという感じじゃないしー」
 いきなり言われて、ドキッとする。なんで奈津美さん、そんなことに気がついたんだ?
「ちぃちゃん、あんなに嫌がってはいるけど、あれはもう秋孝さんしか見てないよ」
 バックミラー越しの奈津美さんは、真顔だった。この人は、あの短時間で僕たちの関係を見破った、ということか? 秋孝が智鶴しか見ていないのはだれの目から見ても明白だ。智鶴も最近、秋孝しか見てないのは、僕も気が付いている。最近の智鶴の視線は、僕を通して父を見ていない。きちんと僕のことを見てくれている。僕もそろそろ智鶴へのこの気持ちと正式にお別れする時だな、と思っていた。
「さーてと今日のあれで進展あるかなー」
 あれは……わざとだったのか?ちらりとバックミラーに見えた奈津美さんの顔は、にやにやしていて……そこまで考えてやったとは到底思えなかった。
「秋孝さんをあれだけあおってなにもなかったら……深町さんがちぃちゃんをさらってみる?」
「な、奈津美?」
 蓮さんが焦っている。これには……困った。僕はなんと答えていいのか迷った。気のせいですよ、というのもなんだかうそくさい。
「あはは。さすがにそれはしないのはわかってるよ。ねぇ、深町さん?」
 この人は……僕の気持ちを分かっている。僕はあきらめて、本心を告げることにした。
「あなたは……面白い人ですね。僕のことがよくわかっている」
 蓮さんはびっくりしていた。
「僕は……そうですね。智鶴を妹だと思っていますが……それ以上の感情を持っているのも……また事実です。これは、本人にも秋孝にも言うつもりはありません」
 また、蓮さんに僕の告白を聞かせることになるとは思わなかった。奈津美さんは微笑んで聞いている。
「それに……秋孝だから、僕の大切な妹を任せられると思って」
「うん。バカで変態だけど、あいつはしっかりしてるよ」
 奈津美さんの言葉に、本当に驚いた。
「ちぃちゃん取られるのはかなり悔しいけど、あのバカなら大丈夫」
「バカバカって仮にも次期総帥だろ?」
 蓮さんの言葉に奈津美さんは笑う。
「尊敬の念のこもったバカだよ」
 僕もまったくそうだ、と思った。
「あなたたちふたりを引き抜きたいですね」
 このふたりなら、秋孝の右腕になってくれるような気がした。特にこの奈津美さん。蓮さんはどうやってこんなすごい人を見つけてきたんだろう。そして、秋孝が蓮さんを気に入っている理由が、よくわかった。
「えー、やだ。私、今の部署が気に入ってるんだもん」
「そうですか、残念です」
 奈津美さんは気に入っているとは言っているものの、すでに物足りなさを感じているのがなんとなくわかった。
「深町……?」
「蓮さん、安心してください。僕はなにもしませんよ。嫌でもあなたたちからきたくなるようにしますから」






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