【撮影当日】

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智鶴視点


 撮影は順調に進んでいた。奈津美さんと蓮さんも現場に来てくれて、見守ってくれていた。
 純白のウエディングドレスは美しくて、きちんと施されたメイクに自分自身が一番びっくりした。ちょっとだけ「オトナなオンナ」の気分を味わえた。
 白無垢姿を見た深町はなぜか少し瞳に涙をためていて、花嫁の父の気分でいるんだろうか。
「ちぃちゃんのテレビCMのイメージ曲に葵さんの演奏したものを使用しようと思ってるんだけど」
 休憩中に奈津美さんが来てくれて、そんな話をしてくれた。
「うわ……! うれしいです! わたし、葵さんのファンなんです!」
 わたしの言葉に蓮さんが、
「今度、コンサートチケット送るよ。秋孝と聞きに来てね」
「はい、ありがとうございます!」
 慣れない撮影に疲れていたけど、蓮さんの言葉に少し、元気になった。深町とアキは仕事があるからと名残惜しそうに仕事に戻っていた。奈津美さんと蓮さんがずっと立ちあってくれていた。
 残りの撮影も終わり、予定していた今日のスケジュールは無事に終了間近になった。
「智鶴ちゃん、疲れてない?」
 蓮さんがそう気遣ってくれて、わたしは微笑む。
「大丈夫です」
 少し疲れていたけど、疲れよりも達成感の方が大きかった。もうちょっとで撮影も終了する。
「明日また来てもらって残りを撮るより、今日がんばった方がいいような気がするんだけど、ちぃちゃん、もうちょっと頑張れる?」
「あとどれくらいですか?」
「うーん、あと一カットくらい?」
 ちらり、と壁にかかった時計を見た。
「わかりました、大丈夫です」
 思ったよりも早い時間だったので、そうしてもらうことにした。蓮さんはすぐに周りにそう伝え始める。
「ちぃちゃん、すっごくきれい。かなり話題になると思うよ」
 奈津美さんはうれしそうにわたしを見ている。
「では、ラストいきましょう!」
 現場にそう声が響き、わたしは大きく息を吸い、立ちあがる。奈津美さんがそっとわたしの後ろをついてきてくれた。
 普段は宴会場になっているこの部屋は、結婚式のときにはセットが組まれて式場になる。神前式編は最初の頃に撮られ、今は教会式編。準備されたセットに立ち、台本に書かれていたことを思い出す。バージンロードに立つわたしは正面を向いていて、名前を呼ばれてにこやかに幸せそうな笑顔で振り返る、というシーン。なんだかベタと言えばベタだけど、それがいいのよ! と奈津美さんが力説していた。
「撮影入りまーす」
 カチン、という音がして、カメラが回り始めたのがわかる。まっすぐに正面を向き、ゆっくりと振り返り笑顔を向ける。その先に、アキがいると想像しながら。そうしたら、自然と笑みがこぼれる。しばらく笑顔でいたけど、いつまでたってもカットの声がかからない。そ、そろそろわたし、顔の筋肉がひきつってきたんですけど。と思っていたら、ようやく
「カット!」
 と声がかけられた。
 力を抜こうと思ったけど、今日はいつも以上に顔の筋肉を酷使したようで、すぐにいつもの表情にもどせない。自分の頬に手を当て、ようやく笑顔から普通の表情にもどすことができた。ひぃ、女優さんってこれ以上に大変なんだよね? ママってそれを思ったらすごかったんだ。
「いやぁ、あまりにもいい笑顔で、声をかけるのを忘れちゃったよ」
 と監督さんが言ってくれた。うれしくてにっこりほほ笑んだ。
「そうだね、星川なな子の再来だな」
 その名前を聞いて、どきん、と心臓がはねた。ま、ママの名前をここで聞くとは思ってもいなかった。
「いい女優さんだったんだけどなぁ。今頃、どうしてるんだろう」
 監督の声を遠くで聞きながら、悲しくなった。
「ちぃちゃん、お疲れさま!」
 奈津美さんがにこにことやってきてくれた。
「着替えて帰ろうか」
「あ、はい」
 奈津美さんに少し肩を支えられるようにして、用意された部屋に戻る。ビジネスホテルの一室が着替え用に用意されていた。ドレスを脱ぎ、ほっとする。服を着替えたら、奈津美さんがやってきて
「頭、どうする?」
 わたしの髪の毛を指差して聞いてくる。
 セットされた頭はぎりぎりと締め付けられて、少し頭が痛いのも事実。
「とります」
 その言葉に奈津美さんはわたしの髪につけられたさまざまなものを丁寧にはずしてくれた。自分の手でできるところは外した。
「深町さんと秋孝さん、そろそろ迎えに来てくれるって」
 奈津美さんがそういった瞬間、わたしの携帯電話が鳴った。
「秋孝さんじゃない?」
 奈津美さんの言葉にわたしは携帯電話を取り出した。『アキ』の文字にわたしは安心して電話に出た。さすがに『アキ♪』は恥ずかしかったから修正した。アキはわたしにねぎらいの言葉をかけてくれ、ロビーで待っていると伝えて切れた。
 髪の毛から大量のピンを外してすっきりして、慣れないメイクも落として部屋を片付けられる範囲で片付けた。
「下まで見送るね」
 奈津美さんにエスコートされて、部屋を出た。部屋を出たところで蓮さんが待っていて、驚いた。
「蓮さん、すみません」
「うん?」
 蓮さんは当たり前のように奈津美さんの手をつかみ、歩き始めた。
「ちぃちゃん」
 奈津美さんに腕を引っ張られて、びっくりしてついていく。
「智鶴ちゃん、疲れたでしょ」
 蓮さんの言葉に微笑む。わたしなんかよりきっと周りの人の方がずっと疲れているはずだ。それなのにみんな、そうやって気遣ってくれる。
「わたしは大丈夫です。それよりみなさんの方が疲れてるでしょ?」
「疲れてないよ。今日はなかなか楽しくて貴重な体験ができて、私、うれしかったの」
 奈津美さんはにこにことしている。えくぼがいつもより深い。
「出来上がりが楽しみだなぁ」
 奈津美さんはうれしそうに笑っている。

 ロビーにつくと、アキと深町が待っていてくれた。
「ちぃ、お疲れさま」
 アキが満面の笑みでわたしを迎えてくれた。深町もにこにことわたしを見ている。
「あれ、ねーさん」
 蓮さんがロビーの端を見て、びっくりしている。ねーさん?
 蓮さんの視線の先を見ると、CDジャケットで見た蓮さんそっくりな人が立っていた。
「はーい、蓮」
「なんでここにいるの?」
 蓮さんの疑問はもっともだ。
「うん、ごあいさつ」
 にこにこしながら近寄ってきたけど、わたしの姿を目にして急に立ち止まり、すーっと目を細めた。その表情の変化に、ぞくり、とする。
「ねーさん?」
 蓮さんの声にその人ははっとして、そのままの表情でわたしたちのもとへ歩いてきた。
「佳山葵です。今回、わたしの演奏をCMに起用してくれるっていうから、挨拶にきたんだけど」
 そこで葵さんは言葉を切った。なんとなく緊張感が走る。
「あなた、少しわがままが過ぎるんじゃないの?」
 そう言って葵さんはわたしに視線を向ける。
「葵!?」
 蓮さんが焦ったように葵さんを見ている。
「蓮に久しぶりに名前を呼ばれた」
 場違いな発言にさらに空気が凍る。
「ちぃちゃんは全然わがままじゃないよ?」
 奈津美さんがそうフォローしてくれる。
「奈津美ちゃん、お久しぶり」
 葵さんはにっこりとほほ笑んで奈津美さんを見ている。なんとなく葵さんの表情が奈津美さんを想っているような視線で……わたしはふと、葵さんに違和感を覚えた。この人……?
「忠告しておくわ。あなたの大切な人を傷つけたくないのなら、そのわがまま、直しなさい」
 その表情は氷よりも冷たくて。葵さんの言っている意味がわたしにはものすごくわかってしまい、すとん、と心が凍った。葵さんは今度はアキに向かって
「あなたもこの子のわがままを聞きすぎよ。そんなに関係を駄目にしたいの?」
「俺? ちぃのわがままなら俺、なんでも聞くけど」
 アキがかみつきもしないで素直に答えていることにわたしは少しびっくりしていた。葵さんの雰囲気にのまれてるのかな?
「それがあの子を駄目にするのよ」
 葵さんの視線がわたしに移る。
「俺が? そうか……」
 アキはなにか思い当たる節があるのか、葵さんの言葉に目を伏せた。
「あなたはそう、幸せなのね。その子を大切にね」
 葵さんは深町にそう言った。深町はびっくりしたように目を見開き、次には微笑んでいた。
 なんだろう、この人。アキとは違うなにかを持ってるっぽいんだけど。そのすべてを見透かすような瞳が怖くなった。アキもなんでも見透かすような瞳をすることがあったけど、怖いと思わなかった。だけど……葵さんは心の奥底まで覗くような目をしている。人が怖い、とこのとき初めて思った。
「葵、もういい加減にしろ」
 蓮さんが止めに入らなければ、まだなにか言われそうだった。もうこれ以上言われたら、わたしは自分を保っていられなかったと思う。かろうじて自力で立っていたけど、アキにすぐにでも抱きしめてほしかった。
「あー、これのことを言ってたんだ」
 奈津美さんはけろっとした顔で一連のやりとりを見ていた。
「葵さん、すごいねー」
 奈津美さんは葵さんの横に立ってにこにこと見ている。
「奈津美ちゃん、会いたかったわ」
 そう言って葵さんは奈津美さんに抱きついている。奈津美さんは少し引き気味なんだけど……。わたしの中にあった違和感の正体に気がつき、わたしは蓮さんと葵さんを見比べる。姫顔なのはそっくりで……でも見た目は男と女なんだけど。
「蓮さん……?」
 わたしの表情に蓮さんは困ったような顔で、
「ごめんな、ねーさんが変なこと言って」
「あの」
 わたしは蓮さんの腕をつかみ、耳元に囁いた。
「葵さんって、もしかしてその」
 はっきり言うのが怖くて、わたしは言葉尻を濁した。
「あー、うん。わかった?」
 間近で見る蓮さんのきれいな顔に少しドキッとしたけど、それよりも言われた言葉の方がもっとびっくりした。
「なんでわかったのかなぁ。珍しいなぁ」
 とぶつぶつ言っている。うん、わたしもなんで気がついたのか聞かれても、答えられない。それだけ葵さんは……完璧なんだもん。逆にその完璧さが……違和感を覚えたのかもしれない。
 蓮さんは奈津美さんに抱きついている葵さんをはがして、耳打ちしている。そして驚いた表情でわたしを見て、やっぱりさっきの品定めするような瞳でわたしを見ている。急にふっと優しい瞳になり、わたしに近寄ってきた。わたしは葵さんが怖くて、びくり、と身体を震わせた。
「怖がらせちゃったか。あはは、ごめんね」
 さっきまでの作ったような声と表情が葵さんから消えていた。
「正直、今回の仕事、乗り気じゃなかったのよね。顔見て気に食わなかったら断ろうと思ってたの。そうじゃなくても自分が今まで出したCDの中から適当に合いそうなのを選んでもらおうって思っていたのよね」
 それもそうだろう。世界を飛び回っているらしいし、知名度も上がってきたらしく、葵さんの演奏した曲はあちこちに使われているらしかった。
「一目で見破られたの、初めて」
 葵さんはくすくすと楽しそうに笑っている。
「いいわ。今回のこの仕事、オリジナル曲を作ってあげる」
 葵さんの言葉に蓮さんと奈津美さんは驚いている。
「ねーさん! 予算そんなにないよ!」
「いらないわよ。提示されている金額で受けるわよ。別に蓮からの頼みだからってわけじゃないよ」
「葵さん、だめよ! 安いお金で受けないで!」
 蓮さんと奈津美さんは相当焦っている。
「いいの! わたしがいいって言ってるんだから! それにね、今、いい曲を思いついたのよ。うふふ、売れるわよ」
 ぬう、といきなりアキが現れた。
「お、蓮と同じ姫顔だ」
 さっき顔を見ていたはずなのに、アキは今初めて見たかのような発言をして、いきなり葵さんに抱きついた。この抱きつき方は……蓮さんにしたのと一緒。ということは、アキも気が付いている?
「ちょ! なにこの破廉恥な男は!」
「いいのか? 大声で叫ぶぞ」
 アキは葵さんの耳元でなにか囁いた。葵さんはびっくりしたように目を見開いた。
「なんなの、あんたたち!?」
「俺か? 俺は高屋秋孝だが」
 いや、名前を聞いているわけではないと思うんだけど。
「びっくりしたけど、おまえの忠告、ありがたく受け取っておく。これは礼だ」
 そういってアキは葵さんの頭をぐしゃぐしゃ、となでた。葵さんはぽかん、とした表情でアキにされるがままになっていた。アキは満足したようで目を細め、葵さんから離れた。葵さんはアキが離れたことでふぅ、とため息をつき、
「わたしの人生で今までばれたこと、なかったのに……。なんで今日に限ってふたりにもばれちゃうんだろ」
「たぶん、わたしが気がついたのは、葵さんが完璧すぎたからだと思います」
 破たんのない完璧さが不自然さを醸し出していた。それは緻密に作られ、計算しつくされていて……。自然ではないのに気が付いてしまった。
「あなた、すごいわ。こんな変態な彼氏さえいなければいいのに」
 葵さんはアキを見ながらそうつぶやく。
「おまえ……変態とは!?」
「そうでしょ? いきなりわたしに抱きつくし」
 葵さんはアキにぐちゃぐちゃにされた美しい黒髪を整えつつ、アキをにらむ。
「あと三人にばれたら、カミングアウトすることにするわ」
 葵さんの言葉に蓮さんは目を丸く見開く。
「ねーさん、本気?」
「うん、本気。絶対にばれない自信があるもの」
 そう言った葵さんはさっきまでの不自然さがまったくなくて……わたしは驚いた。すごい。この人、日常生活でここまで演じきれるんだ。わたしは今日の自分を振り返り、恥ずかしくなった。初めてだったとはいえ、うまくできていた自信があまりない。受けたからにはきちんとするつもりだったけど……できたらもう一度撮り直したいと思った。
「うん、もうばれませんね」
 わたしの言葉に葵さんは
「でしょー?」
 とにこやかに笑う姿はどこからどう見ても女の人、だった。






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