【試写会前日】

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智鶴視点


 撮影からかなり経ったある日。
「ちぃ、明日出かけるからそのつもりでいてな」
 アキの言葉に驚いた。
「出かける? どこに?」
「この間の撮影したものが完成したらしい。試写会するからこの間撮影したホテルに行く」
 いつもならわたしを外に出すより外から持ってくるのに、今回は外出して見る、という。珍しいこともあるな、と思っていた。
「明日は彼方も連れて行くから」
 彼方とお出かけ、と思ったらちょっと嬉しくなった。遠足前の子どものようにわくわくしすぎてなかなか眠れなかった。その気配を察したのか、アキが隣の部屋からやってきて、するりと布団に入り込んできた。
「ちょっと! アキ」
「やっぱり起きてたか」
 アキが布団から出ようとしたので、わたしは腕を引っ張って止めた。
「ちぃ?」
 自分でもどうしてアキの腕を引っ張ったのかわからなかった。アキはそんなわたしに苦笑して、親が子どもに添い寝するように腕で頭を支えて反対の手で身体をとんとん、と優しく叩いてくれた。またわたし、わがまま言ってる。葵さんに言われたのに。
「アキ、ごめんね」
「なにが?」
 アキの低い声が耳に心地よかった。
「葵さんにわがままをやめろって言われたのに、またわたし、わがままなことしてる」
「ああ。蓮の兄……姉と言った方がいいのか? とだけあって最初、腹が立ったけど、あいつは怖いな。敵に回したくない」
 アキでも怖いと思ったんだ。意外な言葉にアキの顔をまっすぐ見た。そこにはいつくしむような優しい表情をしたアキがいた。
「ちぃのわがままなら何でも聞くよ。だけど、葵はそれがちぃのことを駄目にすると言った。正直、俺はちぃのことになるとそのあたりの判断基準がおかしくなる」
 アキはずっとわたしを優しくなでている。その手が気持ちよくて、そしてアキの声が気持ちよくて、うっとりとして聞き入った。
「ちぃ、大好きだよ」
 久しぶりに聞くアキのその言葉に、わたしの頬が熱くなる。
「俺、ちぃのことは対等に見ていたつもりだけど、どうやらそうじゃなかったらしい。葵に言われてわかったよ。ちぃをカゴの中に閉じ込めてかわいがるだけじゃダメなんだ。それにもう、ちぃには一番心配していたまりちゃんの手は伸びてこない。だからちぃ、外に出て俺や深町以外も見て来い。もちろん、浮気は許さないけどな」
「浮気なんてしないよ」
 アキ以上の人がいるとは思えない。……という言葉は胸にしまっておく。
「ちぃ、かわいいからなぁ。浮気というのは男だけとも限らないんだぜ? 奈津美みたいなのもいるからな」
「奈津美さん、そういうのじゃないと思うけど」
「……わかってるよ」
 アキは苦虫をつぶしたような顔をしている。奈津美さんにわたしのファーストキスを奪われたのが相当悔しいらしい。
「しかしあいつ、気に食わないけど仕事はできるからなぁ」
 この間の撮影現場も蓮さんと奈津美さん、初めてだからいろいろ迷惑をかけるけどごめんね、と言っていた割には予定より早く終わらせていたし、本当にできる人なんだろう。
「蓮のやつ、あんなのどこから見つけてきたんだか」
 アキ、かなり奈津美さんに興味を持っているらしい。わたしもアキのその気持ちがわかったから、嫉妬とかという気持ちはまったく持たなかった。
「なあ、ちぃ」
 わたしは布団の中からアキを見た。
「今回のCM、うまく行ったら……ちょっとやりたいことができたんだけど、ちぃも協力してくれるか?」
「なに? わたしでできることなら」
 わたしの答えにアキは満足そうな表情を浮かべて、
「よし。ちぃ、とりあえず来週から学校に登校しろ。授業の後に彼方から今まで通り、勉強を教われ」
 アキの言葉にわたしは驚いた。
「送り迎えはじいにさせる」
「お、送り迎え!?」
「ここから歩いて学校に行けると思ってたのか?」
 言われて初めて、ここがどこか知らないことに気がついた。
「ここがどこかそう言えば、知らない」
 アキは苦笑する。
「ちぃはたまにそういうところが抜けてるよな」
 さっきまで少し上にあったアキの顔が真正面にあることに気がついた。寝るつもりで布団に入っていたので、部屋は暗い。だけどその暗い中でもアキの顔ははっきりと見えた。彫刻のように彫の深い整った顔。いつもは目に力があって少し怖い感じがするけど、今のアキは相当眠たいのか、とろんとした瞳でわたしを見ている。その表情が十も年上の人に言うのも失礼だと思うけどかわいくて、布団の中に入れていた手を出して、思わず頬に触れていた。
「ちぃ?」
 わたしからアキに触れるのは、初めてのような気がする。
「アキ、好きだよ」
 わたしの言葉に眠そうな瞳をしていたアキは少し目を見開いて、次の瞬間には幸せそうに微笑んで……すぅ、と眠りについた。
 え、ええええ!? な、なにこのものすごい寝付きの良さは? わたしはあまりのことに驚いた。だけど起こす理由もないし、このまま寝てもいいか、と思ってわたしはアキの寝顔を確認して、瞳を閉じた。






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