『挨拶』

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深町視点


 智鶴の撮影日の次の日。この日はもともと撮影予備日として取ってあったので、急にフリーの身となってしまった。仕事も落ち着いてしまい、秋孝に
「彼方のところにいけ」
 と命令され、僕は彼方の家に車を走らせた。
 会えなくてもいいやと思っていたので彼方には特に連絡を取っていなかった。なのに、彼方はなぜか僕を待っていた。
「深町さん」
 僕の顔を見たら、おとといあんなにひどいことをしたにも関わらず、いつもと変わらない笑顔を向けてくれた。
「なんで」
 僕はようやくそれだけ言った。
「秋孝が深町さんが来るから待っていろって」
 秋孝……いらないことをしやがって。
 昨日は秋孝と葵さんに大丈夫、と太鼓判を押されていたけれど、やっぱり自信がなかった。
 彼方、なんでそんな眩しい笑顔を僕にくれるの。
 彼方は当たり前のように助手席に座りこみ、
「アタシをどこかに連れて行ってよ。深町さんの家でもいいよ」
 そう言って昨日はなかった色気を含んだ瞳でにっこりほほ笑む。女は化けると言うけれど、これは変わりすぎだろう。
「アタシ、自分がマゾなのを自覚していたんです」
 そんな告白、聞きたくない。だけどそんな僕の気持ちなんかおかまいなく、彼方はあっけらかんと話す。
「深町さん、マゾっぽいから駄目かなと思ってたんだけど、昨日のでわかりました。深町さんがものすごいサドだってことが」
 嬉々として話す彼方に、めまいを覚えた。
「深町さん、アタシのこと、もっとイジメてください」
 思いっきり誘われているということでいいんだよな、と勝手に理解して、僕は自分の家に車を走らせた。僕はもう、いろんな意味で彼方を手離せそうになかった。彼方のことを知れば知るほど、僕は彼方におぼれていく。もともと、執着心が強いという自覚はあった。
 彼方はしばらくアメリカにいたということもあり、こちらに帰ってきてからもひとり暮らしをしていた。もうめんどくさかったからとっとと借りているところを引き払って、僕のところに連れてきた。彼方の両親はそのことを知らない。僕はそういうところは無頓着だったので、彼方の両親に知れたらどうなるかなんてわかっていたけど、言わないでいた。めんどくさいことになるのは目に見えていたし、将来のことをきちんと考え、彼方のことを考えたら筋を通すのが一番なのはしっかりわかっていた。わかっていながら放置していた。
 僕と秋孝は仲がいいけど、高屋と辰己は実はあまり仲がよくない。秋孝の父……TAKAYAグループの現総帥は僕のことを実の息子のようにかわいがってくれていたけど、それが逆に高屋の親族の反感を買ったみたいで、特に僕に対しては高屋の親戚からの風当たりは相当冷たい。それもあって彼方になかなか想いを告げることができなかったのだ。
「彼方、僕は結構いろんなことに無頓着で秋孝によく怒られるんですが、さすがに僕たちの将来を思ったら、彼方のご両親にきちんと挨拶をするべきだと思うんですが、いかがでしょうか」
 僕の気持ちを知っている彼方は、僕に抱かれながらなにも言わない。
「僕はもう、彼方のことを手離すことができないみたいなんです。このままでいいとは僕も思っていません。それに、早ければ早いほど、話はこじれないと思っているのですが、どうでしょう」
 僕の言葉に彼方はうなずく。
「それならよかった」
 僕はあっさり彼方を手離し、服を着る。
「深町?」
「早く服を着てください。今から挨拶に出向きます」
「今から?」
 ことの重大さを知り、彼方は焦る。秋孝の思い立ったら吉日がうつったな、と少しげんなりする。だけど嫌なことはとっとと済ませておくに限る。
 僕はいつも着るスーツよりワンランク上のものを出し、身なりをきちんと整える。できるだけ誠実そうに。
 そう思って僕は笑う。にが誠実なんだ、こんだけ手を出しておいて。僕は彼方の首筋に残る自分がつけたキスマークを見て、目を細める。
「彼方、それで行くの?」
 僕の言葉に彼方はかわいらしく首をかしげる。
「僕はそれでもいいんだけど?」
 そう言って僕は彼方の首筋に顔をうずめる。同じ場所をきつく吸い、さっきより赤い色を濃くつける。
「うん、いいよ」
 予想外の言葉に、僕の方が困る。
「なんならもっとつけてよ」
 たまに彼方は本当にマゾなんだろうか、と思うことがある。これでは立場が逆じゃないか。
「彼方がいいのなら、いこうか」
 彼方は首筋に盛大にキスマークをつけたまま、隠しもしないで彼方の実家へ赴く。
 とりあえず僕は拒否されることなく家に招き入れられ、将来を考えてまじめに交際をさせてくださいとまじめで誠実さをアピールしてみた。キスマークを付けた娘と一緒に来ておきながら僕はなにを言ってるんだろう、と苦笑した。
 辰己と名乗ったら戸惑われたけど、思ったよりかなりあっさりと許可をもらうことができた。
 秋孝と彼方は従兄弟だけど、秋孝の母と彼方の母が姉妹なのだそうだ。だから辰己だとか高屋と言われても、全く関係がないらしい。
 なんだ。こんなに簡単だったらさっさと済ませておけばよかった。逆に
「うちの娘なんかでいいんですか? あなたなら他にいくらでもいいお嬢さんがいるでしょう」
 と心配された。彼方だから、彼方じゃないと僕は駄目なんだ。
 僕のその本音を聞いて、彼方の父は「お願いします」とつぶやいた。






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